第六話 情報収集
チュン、チュンと鳥の鳴き声。
翌日の早朝。朝日が木洩れ日となって差し込んでくる森を、エルトールとアリサの二人は村へ向かって歩き出していた。具体的には、歩くエルトールにアリサが着いてきているという状況。
「ねぇねぇ、ねぇってば! 悪い話じゃないでしょ? ね?」
隣を付いてくるアリサが、しきりに話しかけてくる。エルトールはふぅ、とため息をついて、
「アリサ。悪いけど僕は、誰かの弟子になる気はないんだ」
むしろ、その逆だ。学校を作って、そこで魔法を教えるために、わざわざ王国まで渡ってきたのだ。誰かの下に着くなんてもってのほかだった。
「うう……そう言わずにー」
しかし食い下がってくるアリサ。エルトールは立ち止まって、振り向いた。
「どうしてそんなに弟子を取ろうとするんだ? 君も見習いなんだろ?」
アリサはうう、とちょっと涙をにじませ、
「……一人旅って、最初は楽しいけど、だんだん寂しくなってくるじゃない?」
つまり、旅のお供が欲しいと。
「勢い余って王都を飛び出したまでは良かったんだけど……あたし、時々魔法を暴発させちゃうしで、お金も稼げないし……」
ずーん、とどんどん雰囲気が暗くなってゆく様子を見ていると、ちょっと可哀そうになってきた。
しかし一秒後にはぱあっと明るくなって、
「あ、でもでも、あたし、すごい才能があったのよ! 雷魔法ってあんまり練習してこなくて、昨日咄嗟に使ったんだけど……すごいことになっちゃって!」
見ててねー、と言ってから、杖を誰も居ない方向へ向けるアリサ。じっと目を閉じ、そして、
「雷ッ!!」と叫んだ。直後、杖の先から雷が迸り――、パチパチとちょっとスパークして、魔法は終わった。
「……あ、ありぇ?」
そこで弟子どうこうの話は終わるかと思ったが、なんとまだ続いた。
「今日はちょっと調子が悪いみたいね」と納得するアリサ。
そしてその脳内で何が起こったのか、エルトールの前に進み出たかと思うと、
「まあとにかく、あたしの実力を見せてあげるから! エルはあたしの助手として、この村の異変の解決に当たる事! さあ、行くわよ!」
と言って先導し始めたのである。ひょこひょこと栗色の頭が前を歩いて行く。
……なんだか、新鮮だ。向こうでは疎まれるか、天才だと崇められるかのどちらかだった。
こうして人と接する事は無かった。エルトールはアリサが度々振り向いて話しかけてくるのを聞きながら、そんなことを考えた。
「……まあ、いいか」
別に急ぐような理由もない。この村を見捨てて行くというのも居心地が悪いし、そのついで、ちょっとこの子に付き合うのもいいだろう。
「じゃあ是非とも、君の力を見せてもらおうか」
アリサはニッと笑って「任せなさい!」と言った。
そうして訪れたのは、昨夜も尋ねた例の民家。
アリサがノックするも、反応は無い。
そんな二人に対し、
「あ、魔女のお姉ちゃん」
と後ろから声がかかった。振り向くと、例の娘さんが居た。
どうやらちゃんと食べれてないようで、陽の光の下に居てもやつれて見える。
それからエルトールを見て、
「それと……旅の魔法使いさん」
「おはよう、お嬢ちゃん」
アリサが前に進み出て、
「この男はあたしの助手、エルよ。この村の事件を解決するため、あたしの下で働くことになったわ」
と自信満々に言った。間違ってはいないが、何か間違っている気がする。しかしお嬢ちゃんは目を輝かせて、
「じょしゅ? お姉ちゃん、すごーい!」
「ふふん、でしょでしょ?」と胸を張るアリサ。
しかし突然、
「じゃあお姉ちゃん、事件を解決してくれたの?」と聞かれ、うぐっと動きを止めた。
「いや……それはまだ……」
「え? でもお姉ちゃん、あたしにかかれば一晩よって昨日言ってたよ?」
「……」
「……あ、そうだ。これ、良かったら」
何やらピンチに陥っているらしいので、助け舟を出してやることにした。
ローブの下のポーチから木の実の入った巾着を取り出し、お嬢ちゃんに渡した。手に取りだした彼女はぱっと明るくなって、
「わあ! ありがとう、じょしゅさん!」と言って、木の実を口に入れた。
「ナイスよ、助手!」グッドポーズをしてくるアリサ。
先が思いやられるなぁと、三人は近くの芝に座り込んで、お嬢ちゃんが木の実を食べ終えるのを待った。
ちなみにお嬢ちゃんの名前はマリアちゃんというらしかった。よほどお腹が空いていたのか、必死になって木の実を齧っている。
「それでね、もうちょっと情報を手に入れるためにも、村の人たちに話を聞いてみることにしたの」
アリサはいつ決めたのか、今後の方針を話した。
まあ、エルトールとしてももともとそのつもりだったので、異論はない。土地の養分がどこへ行ってしまったのか……、それは必ずしも魔物や魔法が原因とは限らない。取り合えず村の状況を確認して、考えられる可能性を絞って行くべきだ。
木の実を食べ終わったマリアちゃんは、「えーっとね……」と、作物が育たなくなった経緯を話し始めた。
始まりは三か月前だという。山脈に囲まれた盆地に位置するこの村は、東西に長く広がっている。
三か月前、東側の村の作物が枯れてしまう事件が発生した。
村は総出で原因の探究に乗り出したが、結局分からずじまい。山へ入って魔物と出くわすと命は無いし、村の人々は西側へ移り住むしかなくなった。
だが……じわじわと枯れる範囲が広がって行き、とうとう西側にあったマリアちゃんの家も、一か月前程から全く作物が育たなくなってしまったのだという。
「なるほどね」と、頷くアリサは、こっちに視線を寄こしてきた。
「エル、どう思う?」
「今の話を聞く限りだと、東側に原因がありそうだね」
「ふむふむ、なるほどね。ま、あたしも丁度そう思ってたけどね」
本当かよ、という言葉は呑み込んで。
二人はマリアちゃんと別れ、また違う民家を訪ねた。
出てきたのはかなり歳を食ったお祖母ちゃん。話してくれた内容は、大体マリアちゃんの話と同じだった。
その後も何件か家を点々として、十件目程のところで、とうとう村長さんの家に行き当たった。
髭をたっぷり生やしたおじいちゃんで、二人の格好を見て魔法使いだと理解したらしく、そのまま家に上げてくれた。がらがらと木製の椅子を差し出され、そこに腰かける。
「いやはや、魔法使いの方がいらっしゃってるなんて思いませんでしたや」
しわがれ声で、そのまま棚を漁る村長。そして何かのツボを取り出し、
「確か、旅商人から買ったお茶があったはず……」
その後、二人の前にコップが二個置かれた。中には酸っぱい匂いのする液体が入っている。
大丈夫かこれ……と腕を止めていると、アリサはためらわずに口を付けた。そしてコクコクと喉を鳴らしながら飲み干してしまった。
「ご、ごちそうさま!」ドンっとコップを置く。その目には涙が滲んでいた。
「おお、素晴らしい飲みっぷり。ではもう一杯……」
「あ、ああっ! もう大丈夫よ! 大丈夫だから!」
そして、エルトールの方をちらっと見て、どや顔をしてきた。
「これがあたしの力よ!」とでも言いたげである。一体何の力を見せてんだと。ちなみにエルトールはというと、しれっと気づかれないように魔法で気化させておいた。
そして二人は村長に話を聞いたわけだが、どうやら事態は思ったよりも深刻のようだった。
例の作物の枯れる現象は、今や村の殆どを覆いつくしている。
聞けば、苗を植えて一時間もしてみれば、茶色になって萎れているとのこと。一応村全体で貯蓄しておいた保存食があるので、今はギリギリ持っているが、どれだけ節約しても一か月程度しか持たない。
「魔法使い様、どうぞお願いです。我々の村を救ってください。対した御礼は出来ませんが……村人全員からお金も集めましょう。ですから、どうかお願いします」
「お金なんて必要ないわ。あたしたちにかかれば、こんな事件ちょちょいのちょいなんだから!」
アリサは威勢よく言った。「でしょ?」とこちらの肩に手を乗せてくる。エルトールはちょっと考えてから頷き、
「そうですね。礼は必要ありません。直ぐに解決して見せますので」
「おお、なんとありがたい……!」
村長は感激して、ぶおっと涙を流して見せた。
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