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第五十六話 第一競技『岩転がし』

 開会式終了後、テントに戻って来たエルトールはふぅと息を吐いた。


「緊張した……」その背中をアリサがさすってくれる。

「師匠、かっこよかったですよ」

「そうかな? 顔に出てなかった?」


 そんな中、エルトールの前にやってきたのは、ブレンダと岩転がしの選抜選手たちである。


「先生!」エルトールはアリサに頷いて、それから彼女たちの方へ行った。

「みんな、大丈夫かい? 予想以上の人だったね」


「はい、私は大丈夫です」ブレンダはにこりと笑った。その表情に嘘は無さそうだ。やはり、肝が据わっている子である。

 だからこそ、一番手の代表者を任せたというのもあるが。

 エルトールは笑い返し、


「練習通りにやれば、絶対に大丈夫だ。一番手を任せてしまったけど、その後からみんな続く。だから、気楽に行ってきなさい」


 元気よく返事をするブレンダたちと拳を突き合わせた。そして彼女たちは、次々とテントから出て行く。

 エルトールも応援するために、他の生徒たちの居る外の観客席へと向かった。外へ出て競技場を見下ろすと、沢山の魔法使いたちが総出で、岩転がしの準備を行っていた。

 

 直径五メートルほどもある巨大な丸い石が、ごろごろと転がされてゆき、コースへ運ばれてゆく。コースは競技場の床から高さ数メートルの所に作られていて、長さは競技場を一周。コースには坂があったり、くねくね曲がる場所があったりした。


 それを見下ろすのは、国王とイルフリーデ。並んだ座に腰かけて、何かを話していた。イルフリーデがふとこっちに気づき、頷いて来た。こっちも頷き返す。そして応援席につき、少しして。


『ではこれより、第一競技を始めます。競技は岩転がし。先に岩をゴールへ届けた方が勝利となります』と、拡声魔法が競技場へ響いた。


 ブレンダは深呼吸をしてから、仲間たちと手を重ねた。


「みんな、落ち着いて。絶対に勝てるよ」頷き合う。すぐそこへ行けば、競技場の中へ入る。魔法使いたちは横に作られた脇道を走りながら、岩を魔法で転がしてゆくのだ。そして当然そこには、


「ガキがなんか言ってらぁ」王都学園の選手たちも居る。彼らは欠伸をして、こちらをケラケラ笑っていた。

「学園にも入れないやつが、上級生のあたしらに勝つッて?」

「動かす事すらできないんじゃねーの?」


ぎゃははは! と笑い声が響く。ブレンダは睨み、


「……王都学園に受からなくてよかった。あなた達みたいには、絶対なりたくないから」と、呟いた。


「生意気なガキだね……」と向こうの女子生徒とにらみ合った時、ファンファーレが鳴り響いた。

 役員の生徒が、「そろそろ入場です」と声をかけてくる。その場にいた全員は並び直し、それから光指す方へ歩き始めた。


 競技場に出たとたん、それまではくぐもって聞こえて来ていた歓声が、より鮮明になった。ブレンダたちはハッと周りを見回す。観客席から見た時では、景色が全く違った。


 たくさんの観客の中、エルトールたちがこっちへ手を振っている。リックが身を乗り出して、「やっちまえーっ!! ブレンダーっ!」と叫んでいた。アハハと笑って手を振り返す。それに気づいたリックは、観客席の一角を指さした。そちらに視線を移すと――、


「お姉ちゃーん!!」ぶんぶんと手を振るユイの姿があった。さらにその横には弟と、両親の姿。家族総出で応援である。ブレンダはちょっと恥ずかしくなって顔を赤らめたが、直ぐに気を取り直した。


 ――みんなが見てくれている。そう思うと、勇気が湧いてくる。


 ブレンダたちは、右のレーンに案内された。コースは左周りなので、一応スタートが王都学園よりも前めに設置されている。岩の傍に立ち、杖を構えた。もう一度、安心させる意図も込めてチームメイトと頷き合う。


 ――そして。


『位置について』と、声がかかった。呼吸を整え、ひざを折る。魔力を岩へ投げかけ、そして。

『スタート!!』と、号令がかかった。

「「せーのっ!!」」


 ブレンダたちは息を合わせて、思いっきり岩を転がした。少し重たいが、ごろりと転がってくれる。


「なっ!?」それを見た王都学園側が、驚きに口を開けた。その間にも、ブレンダたちはどんどん岩を転がして行っている。


 観客たちが、どっと沸いた。しかし王都学園の生徒たちは、困惑している。なぜ岩が動いているのか、彼らには分からなかった。普通こういう物を動かすには、風魔法を集中して当てるのだが。


「い、急げ! ウインドっ!!」


 慌てて呪文を発動し、岩を少しづつ転がし始める。しかしブレンダたちはすでに最初のカーブに差し掛かっていた。


 「集中して! 魔力をぶらさないように!!」杖で岩を差しながら、彼女たちもカーブに沿って回る。


 そう。彼女たちは呪文を使ってなどいなかった。水球や、水で物体を形取ったのと同様に、単純な魔力操作だけで岩を回転させていたのである。


 「行けるよっ、みんなっ!!」掛け声をかけながら、また走る。岩はすっかりブレンダたちの思うがままに動いていた。


「行けるっ!!」観客席でも、誰かが叫んだ。


 距離的にも完全にブレンダたちがリード。二回目のカーブをクリアし、今度はグネグネ曲がるスネークゾーンに突入している。それでも彼女たちは焦らずに、ゆっくりと岩を転がして難関を突破した。


 王都学園側は、未だ二回目のカーブに差し掛かったばかりである。その後は上り坂が始まる。魔力で劣るブレンダたちにとっては、ここが難関となる場所だった。単純に魔力だけで転がすには、すこし厳しい。


 そこでブレンダは、策を用意していた。

 「みんな、お願いねっ!」そう言って、岩の制御を他の班員に任せる。そして彼女自身は岩の後ろ側に杖を構えた。何をする気かと観客たちが見守る中、ブレンダは――、


爆破エクスプロージョン!!」と、呪文を唱えた。


 ドォォォォォン!! と爆発が起こり、岩が吹っ飛ばされる。他の班員たちが全力で魔力を行使し、その行方を制御しようとした。岩は勢いよく坂を上り、そしてコースぎりぎりを縁取りながら、下り坂まで差し掛かった。自然とエルトールはこぶしを握る。……成功だ。


 集団にブレンダが追いつき、さらに岩の制御を固める。そのまま速度を落としながら、下り坂を降り始めた。後残すは直線のみである。王都学園ははるか後方。万が一にも、負ける事はあり得ない。


 観客たちはその様子を見て盛り上がり、王都学園の生徒たちは唖然としていた。自分たちのチームにではない。あちら側の方が普通なのだ。風魔法で岩を転がし、少しづつ進んでいる。自分たちの知っている岩転がしの姿がそこにはあった。


 しかし――、


「そもそも、なんであんな子供が爆破エクスプロージョンなんか使えんだよ……」誰かが呟き、ブレンダに視線が集中する。

 爆破エクスプロージョンは中級魔法に属する。つまり、一人前の魔法使いになってやっと扱えるようになる魔法だと言う事。それを十歳前半の子供が使えるなんて、考えられなかった。


 シーンとなる王都学園側。そんな中、一人冷や汗を流してこぶしを握る男が居た。サイモンである。


「何故、何故ですか……? どうなって……?」サイモンの視線は、自然と貴賓席に居る、学長ワドルドの方へ吸い寄せられた。ワドルドは目を見開いて、こちらを見つめてきていた。


『何をしている?』と視線で訴えかけてきている。


 ――まずい。鼓動が早鐘を撃ち始める。もう手段を選んでは居られない。こんな無様に負けるわけには行かないのだ。サイモンはすぐさま、自分の後ろに座っている男に声をかけた。


「……やってください。はい、絶対にバレないように……」


 ブレンダたちは、直線を一気に駆け抜けていた。もうゴールが目前に迫っている。後ろに敵の姿は見えない。「……勝った!!」ブレンダは叫んだ。班員たちも笑顔を浮かべている。


 ――勝った。私、勝ったよ……みんな!


 そしてその直後、バキッと岩に亀裂が走った。


「――――え?」そのまま、バキバキと岩は割れてゆく。ブレンダたちには、見ていることしかできなかった。目の前の光景が信じられなかったのだ。そのまま数秒もしないうちに、岩はばらばらになって、壊れてしまった。歓声が遠く聞こえる。


「……嘘」足の力が抜けるのを感じた。


「失格! 失格! 失格!」と王都学園側の生徒たちが合唱する。ブレンダは転がって来た岩の欠片を手に、茫然としていた。そうしている間に、王都学園の方が追いついてくる。


 追い越す瞬間彼らは、「バーカ」と捨て台詞を吐いて、そのままゴールインした。


『王都学園、勝利! 1ポイント獲得!!』アナウンスが流れる。ブレンダは動くことが出来ず、暫くしてチームメイトに肩を貸されながら退場していった。


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― 新着の感想 ―
[一言] うわぁ・・・せこいなぁ・・・。 というか、イルフリーデやエルトールは、ここで異議を唱える事はしないだろうね。 勿論、最後の最後、三勝二敗で相手が異議を唱えたりしたら、一気に大攻勢をかける…
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