第四十五話 旅路
アトラ山と王都ユリシスは、直線距離にして約八十キロメートル。徒歩ならまあまあ労力のかかる道のりだが、空を飛べる魔法使いからしてみれば、そこまで気を張る様な距離でもない。
なんせ下に広がっている川も、荒い道も、森も山も、全て飛び越えて行けるのだから。
気がかりだった天気も、幸いなことに良好。これで天候操作をする必要もなくなった。
一応大規模な魔法行使の準備をしていたのだが、イルフリーデに「馬鹿じゃないの?」と言われたので、辞めておいた。
もう一つ問題だったのは、魔物である。帝都や王都などの大都市に居れば感じる事は無いが、外に行けば人を襲う魔物は常に存在している。
その中には当然、空を飛んで襲って来る種類のものも存在している。当然、エルトールたちに襲い掛かってくる魔物も存在していたが、
「師匠、左翼の魔物を倒してきます」
「ああ、任せた」
アリサがぐいっと舵を切り、集団を離脱。そこから暫くして、空中で爆発音がした。
――暫くして、何事も無かったかのようにアリサは戻って来た。
次、右翼。
「……あー、私側ね」
箒の上で寝ころんでいたイルフリーデは、指をくい、と動かした。そのとたん空中に風の槍が大量に形成されてゆき、
「……風槍」。
それが、右側の空へ発射された。槍は空へ呑まれてゆき……、イルフリーデはふたたびフードを被って眠り始めた。多分倒したのだろう。
……器用なものだ。ちなみにイルフリーデは、いつの間にか水球の創造をクリアしており、普段も杖無しで魔法を行使するようになっていた。やはり天才の名に偽りは無いらしい。
そして正面。それを迎え撃つのは、当然エルトールである。しかし、エルトールの方に魔物が現れる事は無かった。
「なんか、残念です。先生が魔物を倒すところ、ちょっと見たかったなー……」
ブレンダが残念そうに呟いた。エルトールはニヤッと笑う。
「もうちょっと成長したら、見れるかもね」
はてなマークを浮かべるブレンダ。彼女はその言葉の意味するところを理解できなかったが――、その意味は、彼らの遥か前方で起こっていた。
そこに飛び交っているのは、山々から飛び出してきた魔物の鳥の群れである。その様子を千里眼で確認しながら、エルトールは遠隔で魔法を発動し、魔物たちを焼き払っていた。
獣のように炎が暴れ出し、魔物たちを喰い殺してゆく。当然、気づく者は居ない。イルフリーデさえも、ピクリと顔を上げてきょろきょろと周りを見るだけで、その出来事に気づいてはいなかった。
そんなこんなで、休憩を挟みながら飛ぶこと約二時間。夏の空を飛んだので、すっかりみんな汗だくになってしまい、もう王都の姿かたちも見えなくなったころ、前方に一際大きな山が見えてきた。
雲を貫くほどの、高さである。「あれよ」と、イルフリーデが指さして言う。こうして、一行は昼前にはアトラ山の麓に到着した。ゆっくりと高度を落とし、木々の少な目な草原に降りた。
そこはキャンプをするのにはとても好都合な、見晴らしのいい場所だった。周囲は木々に囲まれているが、広さとしては申し分ない。
着地すると、直ぐに森中からミンミンとセミのやかましい鳴き声が聞こえてくるのに気づいた。ちょっとうるさいんじゃないかと心配したが、
「ああ、大丈夫っすよ。このセミは夜鳴かないんで」
とリックが教えてくれたので、ここにテントを張る事に決定した。
そこで、「みんな、教えた通りにやってみなさい!」と言って、異空間に保管してあったテントを格班に手渡した。生徒たちは元気よく返事をして、草原に各々テントを張り始めた。
まだ子供だが、皆魔法でテントを浮かべながらやっているので、助けは必要なさそうだ。
エルトールも自分用の小さなテントを全体の一角に張る。ちなみに生徒たちのテントはエルトール、イルフリーデ、アリサの三人のテントで三角を結ぶように囲まれており、万が一魔物に襲撃された場合でも、対応できるようになっている。
勿論夜には結界を張るつもりなので、滅多なことは無いだろうが。
自分のテントを張り終えたエルトールは、アリサのいる方向へ歩いていった。暫くして見えてきたのは、まだテントを張れていない子供たちの傍に立って、何かを教えている彼女の姿である。
顔には笑顔を浮かべていて、元気よく話しかけていた。
……大丈夫かな。
その表情を見て、ちょっとホッとする。アリサには、あの村で出会ってから、ずっと自分に付き合わせてしまっている。
それ彼女の望んだ事だとしても、それのせいで重荷を感じたり、苦しんだりしては欲しくなかった。最初の時みたいに、元気に笑っていてほしい。
テントを張り終えた一行は、一先ず休憩も兼ねて自由行動を行う事となった。キャップで待機組はイルフリーデの管轄、他、ちょっと山の方へ入ってみる遠征グループを、エルトールとアリサで管轄する事となった。
人数的には遠征に参加する生徒が圧倒的に多く、エルトールはぞろぞろと子供たちを引き連れて、山道らしき道を登り始めた。




