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第四十二話 魔法使いになりたい

 そんな戦勝モードの中、リックが怒りを込めて声を上げた。


「まだ、俺は負けてねぇッ!!」


 みんなが振り返る。ボロボロになった地面の中にリックが無傷で居るのは、偶然ではない。

 皆、リックにだけは当たらないように魔法を撃っていたのだ。そしてそのことを、彼自身も気づいていた。


「ふざけんじゃねぇ……」


 屈辱だった。自分の存在が酷くみじめで、痛々しい。こいつらは結局、魔法使いになってしまった。なれるわけ無いといじけて、諦めていた自分を置き去りにして。


 そんな彼らは、こちらへ戸惑ったような視線を向けてきていた。どうすればいいのか分かっていない様な視線だ。


 ――やれよ。その魔法で、俺も吹き飛ばしちまえよ。と、心の中で叫ぶ。


 いっそ、そうしてくれればどれほど楽か。その、憐れむような視線が一番気に食わない。

 学園に行ったあいつらのように、俺を見下せ。見下して、能無しと罵れ!


「うおおおおおぉおおおおお!!」


 いつの間にかリックは走り出していた。こぶしを振り上げて、一番戦闘に立っているパトラに向かって走る。

 一瞬杖を構えようとしたが、パトラは辞めて、自らを手で庇った。


「舐めんなぁぁぁぁぁぁっ!!」


 逆上したリックが、とうとう肉薄したその時。 


「もうやめてっ!!」


 その場に、そんな声が響いた。ぴたりと動きを止めて、振り向く。そこには、ブレンダが立っていた。

 髪を乱して、肩で息をして、それでも視線だけはリックの方に向けられている。そこに込められているのは、明確な怒りである。


 ――そうだ。それだ。怒れ。俺に対して、憎しみをぶつけろ!


「……リック。あの人たちをけしかけたのは、貴方なの?」

「あぁ、そうだ。お前たちをぶちのめすためにあいつらを呼んだんだが……とんだ腰抜けだったぜ」


 ブレンダはそれを聞いて、走り出した。さあ、お前はどんな魔法を使うんだ? 

 せせら笑うリック。思い出す。王都学園の試験に落ちて、泣いていたブレンダの姿を。いつもみたいに落ち着いた雰囲気は全くなくて、子供みたいに泣いていた。

 

 良かったな、魔法使いに成れて。

 リックはそう思って、目を閉じた。しかし彼を襲ったのは、魔法では無かった。 


「ぐはっ!?」


 頬に熱い感触がやって来て、そのままよろめく。

 何だ!? と眼を開くと、ブレンダが泣きながらもう一度拳を振り上げているところだった。


 ――殴った? あのブレンダが?


「――ッ!!」


 そのまま、リックの顔面に拳が振り下ろされる。鼻血を出しながら、仰向けに倒れた。ブレンダはそのまま馬乗りになり、


「……どうして、そうやって頑固になるのっ!?」

 拳を振り下ろす。

「みんな、貴方の事を頼りに思っているのに!!」

 もう一度。

「友達だと思っているのに!」

 もう一度。


「一緒に……魔法使いに成りたいって、思ってるのに……」


 何度も振り下ろされた拳は、いつの間にか止まっていた。代わりにブレンダは、リックの胸倉をつかんだまま、涙をボロボロ流していた。温かい液体が頬に当たり、リックはハッとする。


 ――一緒に、魔法使いに……?


 それは、みんなと交わした約束。理想だった。


「それなのに、貴方はそうやって意固地になって……一人になって……。もっと、素直になってよ。私たちと一緒に居たいって、……魔法使いに成りたいって、素直になってよッ!! 素直になるまで、殴るからっ!!」


 叫ぶブレンダに、周囲は慌てて駆け寄った。


「ぶ、ブレンダちゃん! その辺で!」

「離してっ!! まだ、話しは終わってないっ!!」


 引き剥がされるブレンダ。そして、倒れたリックを、子供たちがのぞき込んだ。 


「リック……大丈夫?」「お、俺達気にしてないぞ。あんなやつら、へっちゃらだしな」

 そこにテディが加わり、「ねえリック。一応言っておくけどぉ、誰も君を嫌ってないよ」それだけ言って、去って行った。


 ――なんで、こんなに優しくするんだよ。

「俺は……あいつらを、けしかけたんだぞ……?」


「本当、怖かったんだから!」「まあ、全然弱かったけどな!」「うそー! 足がくがく震わせてたくせにー!」


 そんな事を言って、笑いあう子供たち。リックは訳が分からずに、空を見つめていた。しかし暫くそうしているうちに、涙が溢れ出て来た。


 俺はなぜ、この場所を壊そうとしていたのだろう。分からなくなってくる。なぜこんなに、憎しみに囚われていたんだろう。


 ぼうっとした意識の中、リックはたった一つ、思い出した。


「……俺は、魔法使いになりたかった……」


 子供たちはみんな笑って、「「「知ってる!」」」と答えた。


 そうか。みんな知っていたのか。……そりゃ、あんな目をするはずだ。一番憧れていた奴が、たった一人で置き去りにされてるんだから。みんなに囲まれたまま、リックは泣き続けた。そして泣きつかれたころ。


「みんなと一緒に……魔法使いに成りたい……」


 そう、呟いたのである。


 夕方ごろ、エルトールとアリサを待っていたのは、座り込み、頭を地面に擦り付けたリックだった。二人は顔を見合わせ、 


「「……どういう状況?」」


 後方で見守っている生徒諸君も含め、疑問を口にした。


 その後、事情聴取も兼ね、リックは生徒たちと共に外の一階へ移動した。全員で居るとなるとかなり狭くなってしまうが、あちらは広すぎるので逆に話を聞き辛い。

 椅子に座ったエルトールとアリサは、ぽつぽつと話し出したリックの話を聞いた。


 話の途中、なんどかアリサは顔をしかめたものの、何とか収めてくれた。こちらに判断を任せてくれると言う事だろう。


 ――そして、全て聞き終え。その後はブレンダが口を挟んできた。


「先生。私たちも、みんなで話し合いました。だからお願いです。どうか、リックの事を許してはいただけないでしょうか?」

 頭を下げるブレンダ。他の生徒たちも、次々と頭を下げてきた。


 エルトールは微笑み、「人望があるんだな、君は」と声をかける。リックは首を振って、「いえ。俺は……最低です」と答える。


「それを自覚したというのは、大きな進歩だ」


 エルトールは全員を見回し、

「確かに、リックのやったことは許容範囲を超えている様に思う。だが、これだけの者たちが君を信じると言っているのを、無視することもできまい」

「先生……!」ブレンダが顔を上げる。エルトールは頷いた。

「……リックの入学を認めよう」


 エルトールの言葉を最後に、今回の騒動は幕を閉じた。リックは皆に囲まれて入学を盛大に祝われ、翌日から授業に参加するようになった。


 授業に現れた彼は、頭を丸刈りにしていた。何故丸刈りにしたのか聞いてみたが、「そうしなければならないような気がした」と生真面目な様子で答えたので、教室中が笑いに包まれた。


 そして、そんな彼らへ。


「ところで君たち、昨日僕たちがなぜ留守だったのか忘れてない?」


 エルトールが切り出したので、彼らは魔法競技大会の事を思い出した。アリサは傍で、暗い表情を浮かべている。 


 アリサの様子は、昨日家を発つ前よりもかなりひどくなっていた。それもこれも全て、昨日行われた謁見に原因がある。 


 王座の間にて。エルトールとアリサを待っていたのは、王都学園の代表、つまりサイモンと、一人の女子生徒だった。


 もっと高学年の生徒が来るかと思いきや、王都学園代表は恐らく低学年。アリサと同じくらいの年齢である。綺麗な金髪を上品に背中で切り揃えた少女で、宝石のような碧眼を持っていた。


 人形のように整った顔をこちらに向けた時、傍らのアリサは後ずさった。


 そして少女は、

「……アリサ。久しぶり」

 そう言って、心の底から嬉しそうに微笑んだのである。


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