第三十五話 突然の来訪(三度目)
夜。一階にて、アリサと共に夕食のシチューを食べていたところ、扉が突然ノックされた。開いてみると、そこに居たのは――、イルフリーデとお付きのメイドさんだった。
「邪魔するわよ」
突如来訪した白い魔女に、ガタガタッと立ち上がるアリサ。そして猫のように警戒を強める。
「忘れ物でもあったかい?」ガチャンと扉を閉めて聞いてみる。
「イルフリーデ様が失態を犯すわけなかろう。このクズが」
メイドさんが低い声で言ってきた。かなりドスの効いている。「す、すみません……」ついつい謝ってしまった。
イルフリーデはこちらに振り向いて、
「突然だけれど、ここの四階、まだ空室よね?」と聞いて来た。「あ、ああ。そうだけど」「なら良かったわ」
彼女はそう言って、テーブルにドンっと何かの袋を置いた。恐る恐るそれを開けると、そこには王国金貨が大量に入っていて、触るとじゃらりと音を立てた。
覗き込んだアリサが、「も、ものすごい大金……」と息を呑む。
「どういうつもりなんだ?」
聞くと、イルフリーデはすでに椅子にゆったりと腰を下ろしていた。欠伸をしながらこちらに視線を向け、
「それ、当分の家賃よ。私とマヤでここの四階に住むから」
とか、言い出した。
………………。エルトールとアリサは、その場でフリーズして言葉の意味を理解しようとする。そして、
「「え、ええええええええええええええええええええ!?」」
二人の声が、夜の王都に響き渡った。
それから約一時間後。空き部屋だったはずの四階には、いつの間にかベッドや机、及び大量の書物や魔法の実験器具などが大量に搬入されていた。
物で溢れそうになった四階の有様を見てアリサが、
「いいんですか師匠!? こんな横暴を許してしまって!!」
扉の外から覗いているエルトールとアリサである。中ではイルフリーデが杖を振って、大量の物を浮遊させて配置決めをしていた。
そのため立ち入ることもままならない状況である。
「まあでも、どのみち四階は空き部屋だったし」
それに、あの大金はかなり魅力的だ。この建物一軒の値段よりも大きい金額なので、部屋代としては余裕でお釣りがくる。
「住みたいというなら、別に構わないと思うけど」
「いいえ。師匠は分かってません。あの女はきっと師匠を狙っているんです。もし油断したら……」
アリサは頭を抱え始めた。そして、
「師匠! 今日からあたし、師匠と一緒に寝ます!」
「いや、何でそうなる!?」
「だって、そうしていないと夜、あの女が忍び込んでくるかもしれないじゃないですか!」
「あなた達、声全部聞こえているのよ」
ひそひそと話している二人に、イルフリーデが割って入って来た。その向こうの部屋は、すでに大分整頓されている。
と言ってもやはり物量が多く、圧迫感があるのは否めない。
イルフリーデは扉に寄りかかって、ジトっとこちらを見ていた。
「あ、ああ。終わったのかい?」
「いいえ? まだマヤが追加の荷物を運んでくるわ」
まだあるのかよ、と。
ちょっと床が抜けないか心配になって来た。真っ先に犠牲になるのは三階に住んでいるアリサだ。
魔法で建物を強化しておく必要があるかもしれない。
「で、なんでアンタがウチに住むのよ!」
アリサは頬を膨らませて聞いた。
イルフリーデは余裕のある笑みを浮かべ、「それはもちろん、エルの傍にいる為よ」
「なっ……」
アリサは口をパクパクとさせ、それから「み、認めないわっ! そんなのっ!」
「認めてくれなくて結構よ。エルは分かってくれているから」
そう言って、エルトールの腕を引っ張り、こちらの腰に素早く手を回してきた。
「ちょ、ちょっと」
「!!!!!!!」
アリサは言葉にならない叫びを浮かべ、そして、「もう、知らないんだからっ!!」
ばっと階段を走り降りて行ってしまった。
残されたエルトールとイルフリーデ。
「……君、アリサをからかいすぎだ」
「だってあの子、反応が大げさで面白いんだもの」
イルフリーデはくすくす笑いながら、部屋へ戻っていった。
それに続き、「で、何故僕の近くに居ようとするんだ?」
安部屋には不釣り合いな豪華なじゅうたんに、奥には純白のベッドが置いてある。
イルフリーデは、そのままおもむろにローブを脱ぎ捨てた。びっくりして目を逸らそうとしたが、中にはちゃんと普段着っぽい短めのドレスを着ていた。
彼女はワインを手に取って、
「単純な話よ。ここには、私の学ぶべきものが沢山あると思った」
そして、こちらにグラスを渡してくる。受け取り、二人でグラスを合わせる。
それを一口舐めて、「まあ手っ取り早いのは、私も生徒として入学することかもしれないけれど」
「それは勘弁してくれ。何を言われるか分かったもんじゃない」
魔法競技大会にもしイルフリーデが参加したら……まあ、大問題になるだろう。
「冗談よ。生徒って柄でもないから。だから提案だけれど、私を講師として雇ってみるのはどう?」
「講師?」
思わず顔を上げる。イルフリーデが講師……。一体どんな感じなのだろう。ちょっと見てみたい気もする。
「しかし君は、この国の賢者だろう? そんなの許されるのか?」
「勿論、ばれないようにするわ。怪しまれない程度には王宮に帰るし、こっちにいるときは変装もするつもり。今そのための服をマヤに運ばせてるのよ」
どうやら、準備は万端らしい。しかし考えてみても、別に断る理由も無い。
「……じゃあ、お願いしようかな」
「話が早くて助かるわ」
そして、とんとん拍子でウチにイルフリーデがやって来ることが決まってしまった。
そのまま翌日となり……、
「えー、では今日はみんなに、新しい先生を紹介します」
「イルフリーデよ。よろしく」
茫然としている生徒たちの前で、イルフリーデを紹介する事となった。
どうなる事やら、と思ったが「あ! 変な人だ!」と子供たちが騒ぎ始めた。
「誰が変な人よ」
「喋った!」ワイワイと子供たちが集まって行く。
特に女の子たちは目を輝かせて、「あの、どうやったらそんなにきれいになれるんですか!?」「髪、白くてきれい!」と、中々人気を博していた。どうやら、馴染めないといった心配は杞憂に終わりそうである。
――そんな中、アリサだけは遠巻きにその光景をじっと見つめていた。
「……アリサ? 大丈夫?」
ちょっと心配になって、声をかけてみる。昨日の事、まだ気にしてるだろうか。
アリサは驚いて、「あ、いえ! 大丈夫です! 全然!」と言って見せた。
その後はいつも通りの様子に戻ったので、特に心配は要らなかったらしい。
イルフリーデが講師として入った授業は、いつもよりも進みが早く、特に座学に関しては圧倒的だった。
おかげでアリサがこちらの助っ人に入る必要も少なくなり、授業に集中させてあげられそうである。




