第三十四話 過去
「あ、じゃあ私、もうすぐそこなので」
宿屋の近くまでやって来たブレンダとアリサ。アリサは頷いて、「じゃあ、あたし買い物行くわね」と身を翻した。
ローブがバサッとなるのを見て、かっこいいなぁと思うブレンダ。いつか、学校の制服としてローブを採用してほしい。そんなほのかな期待を抱いている彼女である。
そのままアリサと別れ、自宅へ向かおうとしたところ。
「よう」
ばったりと、またリックたちと鉢合わせてしまった。
「よ」片手を上げて挨拶を返すブレンダ。
リックはそれに、舌打ちで返した。そのまま通り過ぎようとするリック達だったが、
「ねえ、もう一度、考え直してみない?」ブレンダは振り返って、もう一度彼らに聞いた。
「しつけぇぞ。俺達はおめぇみたいな馬鹿とはちげぇんだよ。あんな詐欺師に騙されるわけねぇだろ?」
「先生は、詐欺師なんかじゃないよ。先生が教えてくれたおかげで、私も少しずつ魔法が使えるようになってきたんだ」
「は! 馬鹿言うな。俺達には才能が無いって、そう言われただろうが。それがどうして、あんな胡散臭い男が教えれば出来るって事になるんだ?」
そう言いながらも、取り巻きたちはその話に興味津々だった。「な、なぁ。本当に魔法、使えるのか?」ブレンダは頷き、「使えるよ」
「じゃあ見せてもらおうじゃねえか」
完全に腹を立てたリックは、そう言いだした。
「ほら、使ってみろ。魔法でも何でもかけて見ろよ」
ブレンダは少し迷ってから、それを承諾した。
一行は通りから移動し、それから河川敷の方へ移動した。
皆が見守る中、ブレンダは川へ手をかざす。そして、目を閉じて魔力を操り始めた。――数秒後、
「あ、あれなんだ!?」
取り巻きの一人が叫んだ。指さした先には、川の水の中に蠢く何かがある。
それはどんどん岸へ近づき、陸に上がって来た。そのまま、ブレンダを迂回して取り巻きたちの方へ向かってゆく。
「うわ、うわうわうわ!」驚いて跳ねるリック達。
「大丈夫だよ。ただの水だから」
ブレンダがそう言ったので、じっとそれを見てみると、謎の物体は……水で形成された兎だった。
まるでガラス細工のようなそれは、じっと立ち止まって、リックを見上げていた。
「……なんだ、これ……」
ブレンダがひゅっと指をさすと、ウサギがどんどん形を変えて行き、今度は小鳥となって飛んだ。
そのまま彼女の手のひらに収まり、そこでただの液体になって、手を濡らしていった。
「どう? すごいでしょ?」ニコッと微笑むブレンダ。取り巻きたちがどっと沸いて、
「す、すげえええ!」「ど、どうやったんだ!?」「俺達も、俺達にもできるのか!?」とブレンダを囲む。
「出来るよ。先生の学校に真面目に通ったら、だけど」
だが、そんな中。
「はしゃぐなッ! 馬鹿どもッ!!」リックだけは違った。
鋭い目つきで全員を睨みつける。取り巻きたちは怯んで、ブレンダから離れた。
「お前ら……忘れたわけじゃねえだろうな。試験場で受けたあの屈辱……。魔法使い共はみんな、俺達を能無しのドブネズミだと罵って見せた。試験に受かった奴らが俺達にどう接するようになったか、覚えてるだろ!?
試験前は仲間だった奴らも、受かってしまえば俺達を見下すようになった。魔法使いっていうのは、結局はそういう奴らなんだよ」
みんな、目を伏せた。ブレンダも同じだった。数か月前に開かれた、王都学園の入学試験。リック、ブレンダ、及び当時仲の良かった子供たちは、みんなでその試験を受けに行った。
誰が受かっても恨みっこなし。そういう約束で、実際リックもブレンダも、そのほかほとんどの子たちが落第してしまったが、合格した数名の子たちを恨むようなことはしなかった。
だが、学校が始まって数週間後。久しぶりにその子たちが学園から帰ってくると言うので、みんなで出迎えてパーティーをしようと計画したときの事だった。
『悪いけど、能無しとは関わりたくないんだ。もう俺達に関わらないでくれるか? 馬鹿が移る』
出迎えたリック達に、彼らは冷ややかな態度で接した。そこにはかつての友情は無く、徹底した差別意識が存在していた。
それからだ。皆のリーダーだったリックの様子がおかしくなったのは……。
リックはブレンダを睨み、
「それで、嬉しいかよ? ちょっと水で小細工が出来るようになって、それで、どうなった? 何が変わった? それをあいつらに見せて見ろ。きっと、『能無しの魔法なんてこんなものか』って笑われるに決まってるぜ」
ブレンダは静かに首を振って、
「……私、別にあの子たちを見返したいから魔法を習ったわけじゃないよ。魔法使いに憧れていたから、先生に付いて行くことにした。だから、別に見下されたままでもいい」
ギリ、と奥歯を噛みしめるリック。ブレンダは続けて、
「リックも、同じじゃないの?」と聞いた。
「――ざけんな」リックはしばらくして、
「ざけんなざけんなざけんな!! 今更ッ、納得できるかッ! 俺は魔法使いなんて認めねぇッ!!」
そう叫びだし、走り出してしまった。
「お、おい!?」「待てよリック!!」取り巻きたちがそれを追いかけて行く。
取り残されたブレンダは、少し落ち込んだ気分を感じながら、家の方へ歩き出した。
リックの気持ちも、十分理解できた。特に、合格した彼らと仲が良かったのはリックだ。こちらよりもずっとショックは大きかったに違いない。
だが――、きっとそこに踏みとどまっていても、何も変わらないのだ。それを乗り越えなければ、新たな世界は切り開けないのだ。
学校が始まって、色々と勉強を始めて、ブレンダは世界がずっと広い事を知った。宿屋の娘をやっているだけでは、一生知る事の無かったであろうことばかりだった。
『あたしたちには、チャンスが与えられた! 師匠と共に困難と戦って、自分の夢を掴み取るチャンスが!! そのチャンスを「無理」とハナから断じて投げ捨てるような奴は……一生地べたに這いつくばって、夢を諦め続けて生きるのよっ!!』
アリサの言葉を思い返す。――そうだ。これは一生に一度あるか無いかの、人生を変えるチャンスなのだ。
庶民街で、その他大勢として埋もれるか、エルトールやアリサと共に、魔法の世界に踏み出すか。
「リック……頑張って」
ブレンダは小さく、呟いた。




