第三十三話 下校
「先生さようならー!」
子供たちが手を挙げて、門の向こうへ駆けて行く。
エルトールも手を振り返し、「また明日ね」と言った。ガチャンと扉が閉じられ振り向くと、そこにはイルフリーデが立っている。
「それで、一日見てみてどうだった?」
イルフリーデはこめかみに手を当て、そしてじろっと金色の瞳をこちらに向けてくる。
授業としては、まあまあだったはずだ。魔力操作に、魔力の形態操作。それから魔法の属性についての講義、種類、階級分け、魔物について、おまけに歴史の授業を行った。
こちらは帝国産まれなので、帝国寄りの講義になってしまったが。合計して六時間。
子供には少し重たいかと不安に思っていたが、子供たちはこちらの予想以上に熱心に、勉強に取り組んでくれた。
まだ単純な魔力制御とは言えど、自分自身の力で魔力を操っているという感覚は、彼らのやる気を引き起こすには十分すぎたらしい。
イルフリーデはため息をついて、
「これからの身の振り方を考えさせられる日だったわ」
「……? どういうこと?」首を傾げるエルトール。
「こんなものを見せられて悠々としてられるほど、私も馬鹿では無いって事よ」
イルフリーデはそのまま、扉の方へ歩いていった。ガチャリと開く。
「あれ、帰るのかい?」
「ええ。色々準備しなければいけないし」
イルフリーデはニヤッと笑って、「じゃあね」と手を振って校舎から出て行った。
エルトールには何のことだか分からなかったが、取り合えず手を振り返しておいた。
殆どの生徒たちは帰宅したが、まだ全員が帰ったわけではない。
エルトールはそのまま二階へ上がって、図書室の方へ向かった。扉を開けると、真っ先にブレンダとパトラが一緒にノートを開いているのが見えた。
その向かい側にはアリサも居る。パトラがこちらに気づいて、
「あ、先生……」と小さく手を挙げた。
図書室は二階の奥。その大きなスペースを丸ごと使って図書室に当てている。
大量の本棚がぎっしり詰められて、壁も見えなければかなりスペースとしても手狭だ。
その原因は、エルトールの持ち込んだ大量の本にあった。これらの蔵書は全て、エルトールが帝国に居た頃に購入したか、貰ったものである。
その中でも特に役に立つ内容のものを選別して置いたので、利用してくれるのは素直にうれしかった。
「や。何やってるんだい?」
「歴史の所、ちょっと分からないところがあって。パトラに教えてもらっていたんです。すごいんですよ。パトラってば、私の聞いたところ全部すぐに答えちゃうんですから」
ブレンダが誇らしげに言う。パトラは恥ずかしがって、
「お、教えてたなんて……そんな、ちょっと知ってただけで……」
「ほんとほんと。あたし手伝おうと思ってここに来たのに、出る幕無いんだもん」
アリサがやれやれと言った感じで言った。
パトラは、恥ずかしそうに身体をもじもじさせた。
この少女は、ブレンダと一緒に来てくれた女の子である。どうやら元から魔法に興味があったらしく、ブレンダが誘ったのだとか。
背はブレンダより一回り小さく、印象も反して、年齢よりも小さく見える女の子だった。
赤の髪をツインテールで結んでいて、顔つきにもあどけなさが強く見える。すこし臆病なのか、いつもブレンダの後ろに隠れる癖があった。
しかしながら、実技では少し苦戦しつつも座学での成績はぴか一。他の生徒に圧倒的な差をつける知識があった。
エルトールはみんなの傍の椅子に座って、
「それじゃ、僕もここで聞いていいかい?」
「え、ええ!? は、恥ずかしいです……」カッと顔を赤くするパトラ。
「パトラ、先生に良い所見せるチャンスだよ! がんばろ!」
ブレンダがむんと気合を入れて、本を開いた。
「えーっと、……あ、早速わかんない。ここ、ここ」
ブレンダが文面を指さす。
「ここ、こう書いてるじゃない? 一体どういう意味なのかなぁって」
「あ……う……」
だがしかし、パトラは顔を真っ赤にして、あわあわし始めてしまった。
「あわ……あわわ……」
「パ、パトラ? 大丈夫?」
そして煙を上げ始めた(ように見えた)かと思うと、
「ご、ごめんなひゃいっ!」と叫び、突如立ち上がって図書室から逃げ出してしまった。
「あ、ああ……」
残された三人は、なんだか嵐が一瞬で通り過ぎてしまったかのような心持である。しかし、別に驚きは無かった。
「やっぱりだめかぁ……」ブレンダはがっくりと席にうなだれた。
「大分無理やりだったわよ、ブレンダ」
アリサが飽きれたように言う。
「そ、そうでしたか……? 悪いことしちゃったかも」
――そう。パトラが逃げ出してしまうのは、これが初めてでは無かった。
授業中に当てられた時も、同じ感じで逃げ出してしまう。どうやら一定以上の人数の前で堂々と話すことが出来ないらしかった。
「こう言ったことは、本人にとってもきっかけが必要だからね。他人がどうこうするものでも無いのさ」
そう言った時、図書室に合った時計がボーン、ボーンと鳴った。気づけば、窓からは赤い夕陽が差し込んできている。
「あ、私そろそろ帰らないと」ブレンダが慌てて立ち上がった。「家の手伝いがあるので」
「じゃああたしが送ってくわ」
アリサも一緒に立ち上がった。
「ついでに、夕飯の材料を買ってきますね。師匠」
エルトールは二人に手を振った。
「ありがとう。僕はもう少しここにいるよ。二人とも気を付けてね」
扉の外へ出て、遠ざかる二人の声。
「アリサさん、送ってくれるんですか!?」
「せっかくだしね。……って、何でそんなに嬉しそうなのよ?」
「私、ずっとお姉ちゃんだったから、年上の女性って憧れてて――」
「え、年上の女性!? あ、あたし、そんなに大人の魅力に満ち溢れてる!?」
「あ、いえ。それよりかはどっちかっていうと元気な可愛い先輩って感じ――」
「がーん!」
……楽しそうだな。
そんな感じで一人になったエルトールは、椅子に寄りかかって天井を見上げた。
学校を始めてから、約二週間。ようやく授業のやり方が何となくつかめて来たし、生徒たちの性格や得意な事、それから細かい事情などを理解できるようになってきていた。
例えばパトラは大勢の前で話せないとか、ブレンダは面倒見が良くてみんなに好かれているとか、テディは不思議くんでかなりマイペースだとか。
しかしまあ、教師というのはこんな感じなのか。と改めて認識する。帝国に居た頃も一応教師のようなことはしていたが、あそこの学生は、ここの子たちのように素直に講義を聞いてくれる子は少なかった。
皆凝り固まった魔法教育を幼少期から受けていて、エルトールの考え方を異端だとしてまるで受け付けなかったのだ。
手柄を他の賢者に奪われていたことも相まって、教師としての信用はほとんどゼロだった。(こちらを信用してくれる生徒も数名ばかり居たが)
実に不思議な気分だった。自分が信用されていて、周囲から慕われているという感覚。
学校が終わっても、アリサがほとんど常に一緒に居る。
――もしかしたら僕、結構寂しがり屋なのかもな。
帝国の頃はずっと独りだった。だというのに、そのころに戻るのが今は怖い。
そんな感傷に浸っていた時、エルトールは背後に人の気配を感じた。その気配が、そのままずるっとエルトールの座っていた椅子を引いたのである。
しかし、事前に予期していたエルトールはそのまま宙に浮かび上がり、その背後に回り込んで、背中を引っ掴んだ。
「ひえっ!?」
掴んだのは、透明な空間である。
だがそこには確実に何かがあった。魔力を流し込み、『透明化』を解除させる。
ゆっくりと姿を現したのは、だぼだぼの服を着た少年だった。
「……テディ。何をやっているのかな?」
「げっ……」テディはしまったと言った表情をした。
「な、なんでわかったんすかぁ?」
「気配を消し切れていない。僕の不意を突きたいなら、まず完全に魔力を隠すところから始めなきゃな」
当然これだけ生徒も居れば、問題児も出てくる。今のところテディはその先端を突っ走っていた。
いつの間にか習得した透明化を使って、最近いたずらを繰り返しているとの事である。
「まったく……。いつの間に中級魔法なんて覚えたんだ? まだ教えていないはずだけど」というか、十歳前後で扱える代物ではないはずだが。
「本を読んで勉強したんですよぉ。僕、えらいでしょ?」
胸を張るテディ。びしっとその頭にチョップを喰らわせてやった。
「阿保。僕だから良かったものの、他の人にやって床に落ちてたら、怪我させていたところだったぞ。いたずらもいいが、限度という物を知りなさい」
「はぁい……」
エルトールはそのままテディをつまんで、校舎から出た。そしてゲートをくぐって現実世界に戻り、扉を閉めてから、ゲートを閉じた。
「じゃあねー、せんせい」
ぶんぶん手を振って去って行くテディ。
エルトールはそれを見送った。
……中級魔法、透明化。
あれを扱うには相応の訓練が必要なハズ。訓練しても発動しない者だって多い。それを容易く扱ってしまうとは。
子供の吸収力と言うものは恐ろしい。ここ二週間で、その事がはっきりと分かった。
これなら、いけるかもしれない。二か月後の競技大会。そこへの道筋が最近、何となく見えてきた様な気がした。




