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第三十二話 授業見学

 そうして、エルトールたちの魔法学校に、急遽王国の賢者が授業参観に来ることになった。

エルトール、アリサ、そしてイルフリーデの三名は一階で、次々と登校してくる生徒たちを出迎えた。と言っても、イルフリーデは隅っこの椅子に座って、登校してきては奥の扉へ消えて行く生徒を見送って行くだけである。


そんな彼女に対し、

「ねえ先生―、あの人だれ?」「先生! 変なのが居る!」「変な服だー」「白い髪!」


 子供たちから、様々な言葉が投げかけられた。

ちょっと居心地の悪そうな彼女である。アリサはというと、扉がノックされれば真っ先に生徒たちを出迎えに言った。


「こんにちはー」

「お、おはようございます……」


 その時登校してきたのは、ブレンダとパトラの二人である。


「おはよ、二人とも」


アリサが二人を出迎える。エルトールも「おはよう」と返した。

二人は挨拶をしながら、そのままイルフリーデに視線を移した。


「誰?」と言った感じのブレンダ。

それと、ばっとその背中に隠れて、イルフリーデを覗き見るパトラ。


「あ……あ、あの人……」

パトラはイルフリーデを見て、ガタガタと震え始めた。

「ああ、その人は僕の友人なんだ。今日は学校の事を見学したいらしくてね」


イルフリーデは手をひらひらさせて、「私の事は気にしなくていいわよ」とうんざりしたように言った。


「そうだったんですね。じゃあ、今日はよろしくお願いします」


ブレンダはパトラを連れて、扉の向こうに消えて行った。

 そして、時間がやって来た。


「そろそろ僕らも行こうか」エルトールが立ち上がる。

イルフリーデは待ちわびたように、「やっとなの?」と言った。


あの扉の向こうがどうなっているかが一番気になっていた彼女にしては、ずっと生殺しにされていたような気分だった。

 そうして三人は、生徒たちと同じように扉へ向かい、その向こうの暗闇を潜り抜けた。


「…………」


 イルフリーデはその先に広がっていた光景を見て、すぐさまここが現実世界では無い事を理解した。


「これは……!?」


二人はそのまま、道の奥にある洋館へ進んでゆく。イルフリーデもその後に続いた。


周囲に広がっているのは、森。空は青く、高く広がっている。だがそこには、生き物の気配は無かった。

風も一応吹いているが、生き物の気配がまるでない。

現実でないなら、作られた空間か。それとも幻覚か。


「ん? どうしたんだい?」


立ち止まっているイルフリーデに、エルトールが振り向いた。

イルフリーデはため息をついて、「あなたねぇ……」と呟く。わざとやっているのだろうか。こんなの、分かる人が見たら気絶ものなのだが。


「はいじゃあみんな、席について―」


 教室に入ると、とても賑やかな光景が広がっていた。

十歳前後の子供たちが、各々走り回ったりして遊んでいる。よくこれほど集めたものだと感心していると、アリサがむすっとした顔で、「ほら、あそこがあんたの席よ」と言ってきた。


指さされたのは教室の隅っこの席である。

「どうも」イルフリーデは特に文句を言う事も無く、そこに座った。


 そしてエルトールが教壇に立ち、授業が始まった。


最初の授業は、例の水球を造るものだった。ああ、例のあれかと馬車でのことを思い出す。杖も何も使わずに、純粋な魔力だけで水の球を造る技術。

子供たちは真剣にコップに入った水に手をかざし始めた。全体の様子を見ていると、予想に反して、殆どの生徒が水球の制御に成功していた。


「……え?」


首を傾げるイルフリーデ。あれは、そんなに簡単な技術だっただろうか?

 子供たちは笑顔を浮かべて、「先生見て見てー!」と言ってエルトールを呼んでいる。


呼ばれたエルトールがそこへ向かうと、その生徒は三つのコップに手をかざし、なんと同時に三つの水球を創り出して見せた。


 あんぐりと口を開けるイルフリーデ。どうやらその生徒が特別というわけではないらしく、他の生徒たちも普通に二個同時に浮かべ始めた。それも、悠々と。


 ――何がどうなっているの?


 見たところ、彼らから大きな魔力を感じたりはしない。ごくそこら辺に居る一般人並みの魔力しかもっていないはずだ。

彼らの年齢的には、王都学園の一年生と同じくらい。選び抜かれた才能を持つ王都学園の子供たちでも、最初は低級魔法を暴発させずに唱えるので精いっぱいだ。

それなのに、何倍も難しい杖無し、呪文無しの魔力制御をこうも容易く成功させている……。


「はい、じゃあ今度は形態を変化させるやつ、やってみようか」


 だが、これはまだ前段階でしか無かったのである。突如エルトールがそう言いだしたのを皮切りに、子供たちは今度は、水球をぐにゃぐにゃと変化させて、それぞれ様々な形を創り始めたのだ。


「先生! できました!」


茶髪の少女が手を挙げる。彼女の手のひらには、水で形成された兎の彫刻が浮かんでいた。


「お、上手上手。ブレンダは呑み込みが早いね」

「えへへ……」


 アリサも歩き回って、子供たちの彫刻を見回っている。


「アリサお姉ちゃん、手伝ってー!」

「駄目よ、自分の力でやらなきゃ。ほら、お手本見せてあげる」


アリサがコップに手をかざすと、水球が浮かび上がり、それが瞬く間に翼を広げた鳥へ形を変えて行った。


「いい? 創りたいものを鮮明に、隅から隅まで頭の中で思い浮かべるの。それを水の球からくりぬくのよ」

「うん、やってみるー!」

「ちょっと待ちなさい」


 ガタリと立ち上がったイルフリーデに、教室内の生徒たちがぎょっとした。

イルフリーデはそのままカツカツとエルトールの元へ行き、腕を掴み、「お、おおお? え、何?」「いいから来なさい」と言って、引っ張って行ってしまった。


 残された生徒たちは、

「なんだろうね?」「あの人、先生の恋人らしいよ……」「嘘! 私狙ってたのに!」「あんな綺麗な人じゃ勝てそうにないね……」「な! 覗きに行こうぜ!」「お、いいねぇ。思い立ったが吉日、さあ、直ぐに覗きに行こう!」「あの女……師匠に気安く触れやがって……」


 そして、廊下。イルフリーデはエルトールに詰め寄っていた。


「で、一体どんな魔法を使ったの? 人体改造でもした?」

「や、やってないよ。何でそんなに切羽詰まってるんだい?」


 イルフリーデがぐっとエルトールの胸元を掴んだ。


「言っちゃ悪いけど、あの子たちに大した魔力は無いわ。それなのに、どうしてあんな高度な魔力操作が出来るのよ」

 エルトールは、こちらの疑問を悟ったらしい。じっと見返して、

「それはね、呪文を知る前に魔力の感覚を教えたからだよ」と、説明し始めた。


「これは僕自身も驚いたことなんだけど――」と前置き。それからの彼の話は、驚くべきものだった。


どうやらあの子供たちは、魔力の感覚を教えてからたった数日で水球をマスターしたらしい。エルトールの認識でも、イルフリーデの認識でも、これは想定外の事だった。普通魔法学校での教育は、杖で呪文を発動させる練習から始まる。

杖無しの魔法なんて、魔法学校では上級生にならないと習わないのだ。理由は単純で、難しすぎるからである。


 だがそれを、生徒たちは何の苦労も無く成功させてしまった。

ちょっと最初、魔力を流して感覚を教えてやっただけで。だが、想定外であっても、全く理解できなかったわけではない。

むしろエルトールとしては、納得できる部分の方が多かった。


「そもそも魔力操作というのは、魔法使いとしては初歩中の初歩だ。呪文が普及して軽視されるようになってしまったけどね。なら子供たちに最初に教える初歩中の初歩として、出来て当然の事なのかもしれない」

「馬鹿言わないで頂戴。あんな複雑な魔力操作、王都学園の最上級生だって出来るかどうか……。いや、出来ないでしょうね。それが初歩中の初歩?」


「これは仮説だけど、もしかしたら教え方が悪いんじゃないかな」

エルトールは顎に手を当てて、「普通の魔法学校では、最初から呪文を教えるだろう。呪文に頼りすぎると、魔力の感覚を感じることなく魔法を扱えてしまう。その結果――、杖や呪文に頼らないと魔法の扱えない魔法使いが生まれてしまった、とは考えられないかな?」


 イルフリーデは、腰にある自分の杖を触った。

彼女もまた、その教育の中で育った魔法使いの一人である。もし、それが正しかったら――。


「……邪魔して悪かったわね。教室、戻りましょう」

「あ、ああ。いいの?」


 二人はそして、教室に戻った。イルフリーデは大きく深呼吸して、これからの身の振り方を考え始めた。



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