第二十六話 宿屋の看板娘
こちらが起きたことに気づくとニコーと笑って、
「お、起きた! 兄ちゃん、飯食うか?」
身体を起こすと、外が真っ暗なことに気づいた。どうやら夜まで眠ってしまったらしい。
エルトールは「頂こうかな」と返した。
廊下に出て、アリサの部屋をノックしようとするも、「おねーちゃん、全然起きんかったよ?」……どうやら爆睡中らしい。
邪魔するのも悪いな。
二人で一階に降りると、まずいい匂いが鼻腔に着いた。
そして直ぐに、
「あらお客さん! すみませんねぇ、昼間はあたしたち、買い出しに行ってて」
カウンターの向こうでなにやら作業をしていた女性が、こちらに話しかけてきた。
ブレンダとユイちゃんと同じ、茶色い髪の女性である。
エルトールは笑って、「いえ、とてもよくしてもらいましたよ。良くできた娘さんですね」
「本当!? ユイ、良くできてる?」
女性は困った笑みを浮かべて、
「こら、調子に乗るんじゃありません。ほら、お姉ちゃんたちを手伝って来な」と、ユイを奥へ促した。
その後、案内されるままにエルトールは席に着いた。聞いたところ、宿泊客には無料で夕食をふるまっているとの事らしい。
しかしそんなことで経営が成り立つのだろうか、と勝手に心配に思っていたが、少し席で待っていると、次から次へとお客さんが中へ入って来た。
「はーい! いらっしゃい!」
お客さんは宿泊目的だったり、酒盛り目的だったり、色々だ。とにかく、一階のフロアはすぐに人で賑やかになった。
エルトールは隅っこの席で、本に授業の概略を書くことにした。
何はともあれ、競技大会をまともに戦えるように育てなければならない。基本的に魔法の才能があるとされている者は王都学園へ入学する様なので、こちらのターゲットは全くの初心者だ。
それならばやはり、水球で魔力の感覚を叩き込み、そこから本格的に実技を教え込むのが正攻法だろう。
そんな感じで、細かい内容を数ページ書いたところで、「お待たせしました~」
ブレンダが現れ、エルトールのテーブルにスープやパンを置いた。
「ありがとう」と返すエルトール。
しかしブレンダはお盆を持ったまま横に立ち、エルトールの書いていた本をじっと覗き込んだ。
「何しているんですか?」
「ああ、これはね、授業の内容を考えているんだ」
ブレンダはそれを聞いて、目を輝かせた。
「やっぱり! じゃあもしかしてエルトールさんって、魔法学校の先生!?」
まあ、そうなる予定なので頷く。
その時奥から、「ブレンダ! ちょっと来て頂戴!」とお母さんの声が聞こえて、
彼女はこちらとカウンターの方を交互に見た。どうやらこちらの本に興味があるらしい。
エルトールは笑って、
「行っておいで。興味があるなら、後で見せてあげるから」
ブレンダは嬉しそうに頷いて、仕事に戻っていった。
ちなみに夕食はとても美味しかった。豪華ではないが、庶民の味って感じだ。
食事を終え、暫くしたところ。
どうやら仕事をひと段落させたらしいブレンダが、恐る恐るこちらにやって来た。
ちなみに店内は酒盛りに来た客たちでいっぱいになっている。奥で料理をしていたらしい旦那さんまで出てきて、夫婦二人が忙しそうにしていた。
「ここ、家族で経営してるの?」
「あ、はい。お母さんとお父さんと、それと私とユイ、それからもう一人弟が居ます」
三人兄弟とは、なかなかの大所帯だ。
歳のわりにしっかりした子だと感じていたが、やはり兄弟が二人も居るとそのように育つのかもしれない。
エルトールはブレンダちゃんに、書きかけの教育要領(?)を渡してあげた。喜んでそれを開き、熱心に読み始める。
「魔法に興味があるのかい?」
ブレンダは頷いた。その視線は文字を追っている。
「魔力の洗練って、何ですか?」
「魔力というものはね、とても曖昧な力なんだ。だからこそ色々な現象を引き起こせるんだけど、曖昧のままでは力が弱い。魔力を洗練と言うのは、そう言った曖昧さに意味を与えてあげることを言ってるんだ」
その話を聞いて、目を丸くするブレンダ。
「私、そんな話始めて聞きました! やっぱり、そこらへんで売ってる本には、大したこと書いてないのかなぁ……」
それからブレンダちゃんはしばらく本を眺めていたが、閉じて、こちらに返してきた。
「ありがとうございます。なんだか、とっても貴重な事を知れた気がします」
「いいえ、君の役に立てたなら嬉しいよ」
それからエルトールはブレンダの目を見つめて、「君は魔法を使うのかい?」と聞いた。
ブレンダはその質問に、一気に顔色を暗くした。
「いえ……私は興味があるだけで、魔法の才能は無いんです」
エルトールはほう、と息を吐いた。
「才能が無いって、誰に言われたんだ?」
「この前、王都学園の入学試験を受けたんです。そこで魔力量を図られて、才能無しと……」
魔力量=才能? ……とんでもない入学試験もあったもんだ。
「あ、エルトールさんも王都学園の先生ですよね。ご、ごめんなさい。私みたいなのに、時間を取らせてしまって……」
立ち上がろうとしたブレンダに向けて、
「違うよ。僕をあの学校の連中と一緒にしないで欲しいな」と言った。それに首を傾げるブレンダ。
「僕はね、この街に新しく魔法学校を作るために来たんだ」
「新しい……魔法学校?」ブレンダが首を傾げる。
……生徒をどう集めるか、丁度悩んでいたところだった。だが、もしかしたら、そんなに難しい事では無いのかもしれない。
目の前のこの少女のように、ただ魔力量を量られただけで才能の有無を決定された子供たちが沢山いるのなら……。
「ブレンダちゃん。突然すぎるかもしれないけれど、僕の魔法学校に入学してみる気は無いかい?」
エルトールは、単刀直入に切り込んだ。




