第二十五話 庶民街の宿屋
一先ず物資を建物の一階に移動させた二人は、戸締りをしてから、今晩の宿へ向かった。
居住予定にする二階より上だが、生憎まだ住める環境ではない。
掃除は済んだが、家具が無いのだ。よって明日にでも家具を買いに行かなければならない。
そんなことを考えながら入ったのは、庶民街の奥地、下町風情のある区画の、とある宿屋だ。
中へ入ると一階は居酒屋のようになっていて、「いらっしゃいませ!」と元気な声が二人を出迎えてくれた。
出迎えてくれたのは、小さな女の子だった。女の子は二人を見上げ、それから、
「お姉ちゃん!! 魔法使いが来た!!」と大声で叫んだ。
と、奥からバタバタと音が聞こえてきて、店内にもう一人女の子が出てきた。
「こらユイ! お客様でしょ!」年齢は大体十二、三歳くらい。
だが、エプロン姿に、茶色い髪を横で縛った髪形も相まって、より大人っぽく見える。彼女は二人の方へ視線を移して、
「あ、お客様……申し訳ございません。大声を出してしまって」
「いや、全然かまわないよ。こんなに小さいのに仕事を手伝って、偉いじゃないか」
見ると、アリサがしゃがみこんで女の子と喋っていた。
「ユイちゃんっていうの。何才?」
「うーん、えーっと、よんさい!」
「四才! ちゃんと言えてえらいわ!」
「えへへ……」アリサに褒められて嬉しそうだ。
ホッとしたような女の子はハッとして、「あ、えーっと、ご宿泊ですか?」
「うん。二部屋あるかな?」
こくりと頷いたので、じゃあよろしくと頼む。
提示された金額は、今まで泊って来た宿屋よりも数段安い金額だった。
相場を分かったつもりだったが、まだまだ穴場というものがあるらしい。
一旦ユイちゃんと別れ、女の子に連れられて奥の階段を上る。
ぎしぎしと木製の階段を登る途中、「そういえば、君はなんて言うんだい?」と聞いてみた。
どうやら緊張した様子の女の子は、「ブレンダと言います」と答えた。
ブレンダはそのまま二人を、二階にある奥の部屋へと連れて行った。
向かい合った扉の、左手がエルトールの部屋。アリサが右手の部屋。
扉を開けると、ベッドに机があるだけの簡単な部屋が見える。シンプルだが、いい感じの部屋だ。
こういうのでいいんだよ、とエルトールは満足気。
部屋に入ると早速ローブを脱ぎ捨てて、ベッドに倒れ込んだ。
「今日は大変だったな……」
買い物がこんなに大変だとは思わなかった。筋力的な問題ではなく、あちこちの店を回って値段の確認をしたり、品質の確認をしたりするのが大変だった。
まあ頑張った買いもあり、安値でまあまあの杖や箒を手に入れられたのだが。
しかし、まだまだやる事がある。そもそもこれは準備段階だ。
全部終えたら、今度は生徒集めが始まる。
それからは、大会へ向けて魔法の授業……。あれもやって、これもやって……。
薄れゆく意識の中で、エルトールは帝国学園時代の、自分の受け持った生徒たちを思い出した。
(……みんな。学校を始めるって、結構大変だよ……)
しかし、学園の中で唯一、自分を信じると言ってくれた彼らだ。
そんな彼らに、僕は大丈夫だと胸を張って言ってやりたい。
僕は負けて、帝都を逃げ出したわけじゃない。新しくスタートを切ったんだ、と――。
そんなことを考えているうちに、エルトールは眠りについていた。そして、
「……にい、にいちゃん……」
誰かに身体を揺さぶられる。おかしいな、僕に兄弟は居ないはずだけど、と考え、瞼を開く。
そこに居たのは、ユイちゃんだった。




