第二十四話 嫌がらせ
校舎は完成した。しかし、校舎だけでは学校は開けない。
建物全体の掃除を終えた二人は、翌日、授業に使う備品を購入するため、王都の中心街に繰り出していた。
主な目的物は、生徒に使わせる魔法の杖、及び箒、それからノートの類である。
ちなみに教科書になりそうなものを本屋に行って探してみたが、あまり大した本は売っていなかった。
これならば自分が書いた方がマシだと判断。
そもそもエルトールの私物倉庫の中に、そんじょそこらでは手に入らない様な魔導書が大量に保管されているのだから、改めて買う必要も無かった。
後店に行ったついでに、アリサに新しい箒を買ってあげた。彼女は森で箒を失くして以来、ずっとそのままだった。最初こそ遠慮していたアリサだったが、これも師匠の役目だと言って押し切ると、大喜びで受け取ってくれた。
そのまましばらく、新品の箒を頬ずりしていた。
そんな感じで、大量の箒やら杖を積んだ馬車を連れて、二人は街でショッピングしていた。
ちなみに馬車は貸し出している場所があったので借りた。手綱はエルトールが魔法で操っている。
アリサはというと、箒を抱きしめながら、横でずっと水球の練習をしている。
水球はかなり形になってきていた。アリサ自身の魔力も、かなり粗が無くなってきている。
そんな時のこと。
「もし、そこのお方。少しよろしいですかな?」
上から声が聞こえて、エルトールは顔を上げた。
すると箒に乗った男がゆっくり降りてきて、馬車と並行するように位置取った。
黒縁の丸い眼鏡に、べっとりとオールバックに撫でつけた髪。眼は細く、線のようになっているが、その薄い隙間から小さな瞳が覗いているのが印象的だ。
服は魔法使いらしいローブを着ていて、その胸には杖と本が交差したようなマークのバッジが誇らしげに付けられている。
「どちら様ですか?」と聞くと、男は「おっと失礼」と言って、
「私の名はサイモン。王都魔法学園で教師をやっております。今度の競技大会での、代表チームを率いる事になりましてね」
ハッとして横目でアリサを見る。
アリサは顔を青ざめさせて、エルトールの陰に隠れようとしていた。
「早速生徒を一人捕まえたようですな」
サイモンはその様子を嘲笑う様に言った。
「いや、お似合いですよ。都落ちの賢者紛いに、成績不振なうえ学校から逃げ出した落第生……。なるほどなるほど。いや、実に強敵だ!」
エルトールはニコリと微笑み、
「どうも、ご丁寧に。そういうあなたは、あまり大したこと無さそうですね」と言ってやった。
「な、何ですと?」
面食らった様子のサイモン。数秒遅れて言葉の意味を理解すると、ゆでだこのように顔を真っ赤にした。
「随分と大きな口を効きなさいますな、この私に」
「貴方がどの程度の魔法使いかは、見れば分かりますので」
エルトールの目には、洗練されたとは到底言い難いサイモンの魔力が見えている。サイモンはギリ、と歯を食いしばって、今度はアリサの方へ視線を向けた。
「やぁ、アリサ君。久しぶりだねぇ。とうとう逃げ出したかと思っていたのに、よもやまたこの街に戻って来るとは。君は一体、どれだけ恥知らずで居られるのかね?」
アリサは黙って俯いた。その手はプルプル震えている。サイモンはそれを面白がった様で、
「思い出すねぇ……君は在学中から見ていて痛々しかった。落第ぎりぎりのくせして、成績トップのナターリアに纏わりついたり、無駄だというのに魔法の練習を繰り返したり、無能が努力する様と言うのがどれだけ見苦しいか、君からは存分に教えてもらったよ」
「いい加減そこまでにしたらどうですか? 見苦しいのは貴方の方ですよ」
エルトールが口を挟む。だがサイモンは止まらずに、
「それに比べて、ナターリアは素晴らしい。あれは稀代の天才だよ。君はそれなのに身をわきまえずに彼女にちょっかいをかけて……。本当にあれには、学内中の人間がいらいらしていたよ。無能が天才の邪魔をしているというのだから――」
その時、サイモンは目をぱちぱちさせた。たった今の瞬間まで腰を下ろしていたエルトールが、次の瞬間には立ち上がって、サイモンを見下ろしていたのだ。
「戦いは三か月後のはずですが、ここで決着を付けたいというのなら、受けて立ちましょう」
サイモンはおどけたように、「おお、怖い怖い」と肩をすくめた。
「しかし貴方、周りを見てごらんなさい。こんなに人が要る中で、一体どう決着を付けるというのですか? これだから馬鹿は……」
エルトールは決して視線を逸らさなかった。
「では、一体何をしに来たのですか?」
その質問にサイモンはニヤッと笑って、
「身の程知らずにちょっとした、いたずらをしに、ね……」
そうして、ぱちんと指を鳴らした。そして、エルトールたちの荷台の方へ視線を移す。
「さあ、燃え上がれ! 荷台の荷物を、全部消し炭にしてしまえッ!!」
「そんなっ!?」アリアが慌てて立ち上がった。そして、荷台を振り返る。
そこには、大量の箒と杖が入った箱が積まれている。そこでは……何も起こっていなかった。
「……ん? んん?」
サイモンがもう一度指を鳴らす。しかし、何も起こらない。
「どうかしましたか?」エルトールは笑顔で質問した。
アリサは何が起こっているのか理解できなかったが、ほんの微かに、微量の魔力がエルトールの指先に宿っているのに気づいた。
その指から魔力が糸のように荷台に伸びている。
(まさか……魔法を、妨害した?)
ハッと、エルトールが何をしたのか理解するアリサ。エルトールが横目でこっちを見て、それからウインクした。
「くっ……運が良かったようですね……! まあ、今日は見逃してあげましょう!」
サイモンはそう言って、上昇していった。
エルトールはそんなサイモンへ指を向ける。アリサはまた、魔力の糸がサイモンへ伸びて行くのを感じた。
「解除」
今度は、ちゃんと呪文を言葉にした。途端に、空を飛んでいたサイモンはバランスを崩し、どんどん下へ降りて来た。
「あれ、あれれれ」そしてそのまま自由落下し、二人の乗っている馬車の横に、受け身も取らずに落下した。
「うぎゃっ!!」
情けない声を上げて、地面でうずくまるサイモン。
そんな彼を通り過ぎて、
「あらら、飛ぶこともまともにできないんですか。王都学園というのも大したこと無さそうだ。どうぞ、お大事に」
二人の乗った馬車は、道を進んで行った。
後ろから「覚えていろよぉぉぉ……!」と苦し気な遠吠えが聞こえて来た。
それを身を乗り出して見送り、ベーっと舌を出したアリサ。
そんな彼女の頭に手を置き、「アリサ、良くやった」と楽しそうに言った。
アリサは不思議に思って、「あたし、何にもしてませんよ?」
「いや、やったよ。君は僕の魔法に気が付いたじゃないか。あれはね、魔力をある程度洗練させた者にしか感じ取れないように隠していたんだよ。あのサイモンとかいう男は気が付かなかったが、君は気付いた」
アリサは撫でられながら、自分の両手を見つめた。その手の奥に、自分自身の魔力をはっきりと感じ取ることが出来る。
以前には、絶対にできなかったことだ。魔力と言う存在を何となく概念として知っているだけで、実感したことは無かった。そして、する必要も無いと教わっていた。
「あたし……成長してる!?」
「ああ。ちゃんと前に進んでいるよ」
アリサはふるふると喜びに身体を震わせ、そして思いっきり師匠に抱き着いた。
「し、師匠おおおおおおおおお!!」「どわっ!? こらこら、危ないって!」
馬車から落ちそうになった二人だった。




