第二十三話 天地創造
翌朝。ベッドで熟睡していたアリサは、誰かに肩を揺すられてゆっくり目を覚ました。
ぼうっと目を開くと、エルトールが外に出る準備を済ませてこちらを覗き込んでいる。
「あ……おはようございます、師匠」
「うん。おはようアリサ。ぐっすり眠れたみたいだね」
二人が泊ったのは、都内の通りにあるホテルである。かなり良い高めの部屋で、ベランダからは大通りが一望できるようになっていた。
「こんなに良いベッドで寝たの、初めてです……」
目をごしごししながら身体を起こすアリサ。
こんなに開放的に寝られるのは久しぶりだった。特に前日は馬車の中で睡眠を摂っていたので。
エルトールは微笑み、
「昨日買った物件を見に行こう。今日は忙しくなるぞ」
それから二人は簡単な朝食を摂り、ホテルから出た。
空には朝日が昇っていて、街はどんどん活気にあふれて行く。
これは一晩過ごして気づいたことだが、どうやら空気の質感も帝都とは大違いだった。こちらは、いつもどこかひんやりしたような心地いい感じがする。
きっと北にあると言う事もあって、そもそもの気温が帝都よりも低いのだろう。
大通りを抜け、どんどん下町の方へ歩いて行く。王都の中心近くに海へ流れ込む川があって、そこを渡ると一気に町が庶民風になっていった。
密集した集団住宅に、商店街など。実に雑多な印象だ。武器屋や魔法用具店、洋服店など、そういった類の店も数多く見られた。
そんな庶民街の通りに、レンガ造りの四階建ての建物がある。白く塗られた壁に、木製の扉。
上を見上げると、各階層に窓が付いている。まあ取り立てて豪華というわけでもない。
王都に無数に存在する建造物の一つ、と言った感じの場所だった。
エルトールは一階の扉に鍵を差し込み、開いた。
ガチャリと戸を開くと、中に表の光が差し込んでゆく。中は石畳の敷かれた一室。
元は何かのお店だったのだろう。空っぽの棚などが無造作に放置されている。
「本当にこんな場所で大丈夫なんですか?」
アリサが不安そうに聞いて来た。
「まあ、外見はどうだっていいんだよ。問題は中身だ」
大方一階を見終わった二人はいったん外に出て、脇の階段から上の階層へ登っていった。
外から見た通り、階層は全部で四階。上は居住スペースだったらしく、ベッドを置いてあった痕だったり、鉢に入れられた枯れた植物が放置されたりしていた。
そうして、がらんとした廃墟のような建物を大体見回った末、「なかなかいい感じじゃないか」とエルトールは総評した。
アリサも中を見ればなかなか気に入ったご様子。ガチャリと窓を開いて、表の通りを見下ろしている。
エルトールもそろって覗くと、下には賑やかな商店街が見えた。
「いい場所ですけど、学校にしてはちょっと狭めですね」
アリサの言葉に、エルトールは笑った。
「まさか、ここをそのまま使うつもりはないよ」
アリサが首を傾げる。「ほかに建物を買うんですか?」「いいや、違う」
エルトールはそう言って、「門」をその場で開いた。
バキバキと空間がひび割れて行く。
「おいで」
戸惑っているアリサを連れて、中へ入った。中へ入ると、そこには真っ暗な何もない空間が果てしなく広がっている。
「あれ? 何も無い……」
「ああ、ここはたった今新しく作った場所だ」
エルトールはそう言ってから、ばっと両手を空間に翳した。そして、すうと深呼吸する。
ここから先はかなり難易度の高い作業になるが……、
(僕ならやれる)。失敗したら、何度でも繰り返すだけだ。
「アリサ、下がっていなさい」
アリサがエルトールの後ろに下がる。それを確認し、「創造」と唱えた。
途端に、暗黒ばかりだった空間に、空が現れた。
ばっと上の方に青色が広がって行く。
「わっ!?」
アリサが驚いてこちらに抱き着いてくる。
次に、立っている場所に変化があった。地面がまるで鏡のように変化してゆき、空の色を反射して青くなっていった。
そして暗闇ばかりだった空間が、一瞬にして青の世界へ生まれ変わった。
エルトールが手を握ると、空に太陽が現れた。手を振ると太陽が沈んでゆき、空が暗くなってゆく。
そして、さらにエルトールが指を振ると、空に月と星が現れた。
アリサはエルトールにしがみつきながら、複雑に交差してゆく魔力の波動を感じていた。
びりびりと空間が震え、世界の構造そのものが構築されてゆく。二人の周囲には魔力がびりびりと光っていた。そんな光景を目の当たりにしてアリサは、
「きれい……」
思わずそう呟いていた。こんな圧倒的な力を目にして、普通ならば恐怖を感じるところかもしれない。
だが今起こっていることは、そんな次元をとっくに超えていた。
「……やっぱり、ちょっときついな」
エルトールは汗をぬぐいながら呟いて、今度は指を上から下になぞる。その動きに沿って、鏡の地面からゴゴゴゴゴと島のようなものが浮かび上がって来た。
島はそのまま二人の元まで上昇してきて、さらにどんどん島に木々や草が生えてきた。
二人はそのまま森の中に呑まれる。森の中には、一本の長い道が出来た。道はずっと上り坂になって丘の上まで続いてゆく。
「最後の仕上げだ」
エルトールがパンと手を合わせると、その丘の上に石の土台が現れ、建物がどこからともなく生えてきた。
そのままひとりでに構成されてゆく。
そして暫くすると、何も無かった丘の上には真新しいレンガ造りの洋館が出来上がっていたのである。
二人はそうして、完成した洋館を見上げ、
「ここを、僕たちの学校の本校舎とする。表はただの入り口さ」
エルトールは得意げに呟いた。
つまりはこういう事だ。
現実世界で買った物件は、ただの入り口兼住宅。
本当の学校は、エルトールの創り出した異空間に存在している。十分なスペースが無いのなら創ってしまえばいいと言う発想から生まれたものだった。
一階の奥に新しく扉を設置して、エルトールがその扉に合わせるように扉を開く。
「あの空間なら、僕の魔力が続く限り拡張可能だ。だから飛行訓練でも、危険な攻撃魔法の練習でも何でもできる。どうだい? いいアイデアだろう?」
外のレストランで昼食を摂りながら、自信満々に説明した。
アリサはじとーっとした目を向けて、
「そんなの、師匠にしかできませんよ。なんか、でたらめすぎませんか?」
「そんなことは無い。ただ正しい順序を踏んだだけだよ」
そう言ってから、「アリサにもいずれ教えてあげるよ」
アリサは肩を落とし、
「……あたし、何か自信無くなってきました。あたしなんかが一番弟子だなんて、身の程知らずですよね……」
「そんな言葉は使わない方がいいよ」
エルトールは厳しく返した。「それは自分の可能性を殺す言葉だ」
「師匠は、あたしがふさわしいと思ってくれるんですか?」
どんよりした様子で顔を上げるアリサ。
「未だに水球もまともに作れないのに……」
「僕はアリサの事を、すごい子だと思っているよ」
エルトールはカラッと言った。
「君は勇気を持っている。学校をたった一人で抜け出し、そして旅に出て自分なりに魔法を鍛えようと思ったんだろう? アリサの年齢でそんな決断を出来るなんて、凄いじゃないか」
「そ、そうですか?」ちょっと顔を赤らめるアリサ。エルトールは頷く。
彼女はその言葉に、少しだけ自信を取り戻したようだった。出されたさらにもう一度手を伸ばし、もぐもぐと食べ始める。そして、
「……そうですよね! あたしはやれる。師匠と並んでも恥ずかしくない様な、立派な魔法使いになってやるっ!」
がっと立ち上がって、声高らかに宣言するアリサ。店内の客が、一斉にこっちに注目した。
「やってやりますよっ! 師匠が認めてくれるんだから、それに絶対答えなきゃ! ううううう、なんかやる気出てきたぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
どうやら、ヒートアップしてしまったらしい。骨付き肉をがぶりと齧る彼女の全身から、魔力がみなぎっているのを感じた。
「なら、まずはアレを頑張らないとね」
エルトールの言葉に、アリサが前のめりになる。
「何でもやりますよっ! 師匠、あたしに何でも言ってくださいっ!」
言質を取ったエルトールは、それから建物へ戻り、事前に購入してあった雑巾や箒(掃除用)、たわしなどのお掃除セットを亜里沙に手渡した。
「取り合えずアリサは、最上階からお願い。僕は一階からやってくよ」
アリサはげんなりして、「はぁい……」と言って、階段を上っていった。うんうん、素直でよろしい。
面白いと思った方、高評価とかブクマとか感想とかしてくれると滅茶苦茶嬉しいです!!!




