第十八話 王国の賢者と帝国の元賢者
そして、旅が始まってから、おおよそ八日後。
途中悪天候に見舞われたせいで少し旅が長引いてしまったが、やっと目的地が眼下に見えてくるのだった。
「着いたわよ」
イルフリーデがあくびをしながら言う。空には朝日が昇り始め、紫色の陽光が夜空を明るくし始めていた。その光が馬車の中に差し込んできていて、彼女の白い髪が光を受けてキラキラしている。
エルトールも目を擦りながら起きる。横ではアリサが肩にもたれかかって、寝息を立てていた。起こさないように、窓から外を覗く。
そこには、広大な、美しい街並みが広がっていた。思わず息を呑む。
帝都は重々しい装飾の建物が並ぶ街並みだったが、ここは違う。余計なものをそぎ落とした機能的な造りになっている様に見えた。
色は全体的に白い。……その印象は建物に白い壁が多いというのもあるだろうが、一番の原因は街の奥に見えている巨大なお城だった。
街から海に飛び出した山の上に建設された、巨大な城壁に囲まれた美しい建造物群。
「ここが王都ユリシス。ユリシア王国じゃ、間違いなく最大の都市よ」
「……綺麗な街だな」
「お気に召したかしら?」
頷く。少なくとも、景観が帝都と似ても似つかないのは有難い。
しかし……、
「これだけ大きい街だ。きっと、金や権力のしがらみも大きいだろうね」
人が増えればそれだけ、そういったものが増える。そしてそれは、自分たちのルールに従わない者を徹底的に排除しようとしてくるのだ。
「まあ、貴方の心配も理解できるけれど」とイルフリーデが口を挟む。
「そればかりはどこへ行っても同じよ。だから、貴方が自分にとっての理想郷を作ろうというのなら、遅かれ早かれ直接戦わなければならないわ」
「……学校を作りたいというのは、僕のエゴだと?」
エルトールは振り向いた。イルフリーデは頬杖を付いてこっちを見つめていた。
「エゴでしょう? 純粋に魔法だけを研究できる場所としての学校……。それはつまり、他の何者にも干渉されない、いわば聖地を作る事ってよね。そんな場所は、未だかつて存在していない。魔法学校というものは、国家が国家のためになる魔法使いを育成するための場所だから」
エルトールは黙って話を聞いていた。……彼女の言葉が、全て正しかったからだ。
「理想論だと思うかい?」問いかけてみる。
「さぁね。でも、面白そうだとは思うわよ」イルフリーデはクスっと微笑んだ。
「さっきは貴方にとっての理想郷と言ったけれど、もし実現出来たら、きっと色々な人が救われるでしょうね。だから個人的に応援させてもらうわ」
「……ありがとう」
ふいっと顔を逸らすエルトール。理想論者だとからかわれたようで、ちょっと微妙な気分だった。
「あら、本当に応援してるんだけど」イルフリーデが首を傾げる。
「……僕は帝国で結構な仕打ちを受けた。こんな思いをする人を、もう生み出したくない。成果がきちんと成果として認められる場所を作りたい。ただそれだけだ。別に、理想郷を作ろうだなんて大層なことは、思っていないよ」
それを聞いてイルフリーデは、ニヤッと笑った。
「もしかして、今自分が馬鹿にされたと思ったのかしら?」
エルトールはむっとして、
「からかわないでくれ。同年代の女の子と話すのに慣れていないんだ」
「ふふふ、中身が見えない男と思ってたけれど、意外に可愛いところあるじゃない」
イルフリーデはにやにやと笑みを浮かべている。
それから、ローブの下からこちらに手を差し出してきた。
「……何?」
「一応、今のうちに保険をかけておくわ。もし貴方が大失敗して途方に暮れても、私が友人として手を貸してあげる。そういう契約よ」
……随分回りくどい言い方だが、要は友達になろうと言ってくれているらしい。
しかし、
「何故そこまで良くしてくれるんだい? 君とした約束は、王都へ送り届けてくれるというところまでだったはずだけど」
イルフリーデはため息をついて、
「……分かってないわね。私は確かに、貴方に敗北したわ。実力差も理解した。でも、このままにしておくつもりはない。いつか勝利を収めるためには、貴方に取り入るのが一番いいのは明白よ」
イルフリーデは余裕のある笑みを浮かべて、「それで、私と再戦する気はあるのかしら?」
エルトールはふっと笑って、
「面倒な言い方をするな、君は」
「嫌なら辞めてもいいわよ」
ひっこめようとしたイルフリーデの手を、慌てて握った。
……考えてみれば、エルトールに友達と言える人間は居なかった。直ぐに飛び級で進級してしまったし、そもそも彼は友人として見られることは無く、みんなから嫉妬や憧憬、そして恨みの対象として位置付けられていた。
「……よろしく。イルフリーデ」
「ええ、よろしく」
そして握手を交わした二人だったが、エルトールは背筋に悪寒が走るのを感じた。
イルフリーデの後ろ側のガラス……。前方の方から、メイドのマヤさんがギンギンに目を見開いてこっちを覗き見ていたのである。
そしてハアッと窓に息を吹きかけ、指で『コロス』と書いた。
……ヤバい。ガタガタと震えるエルトールに対し、イルフリーデは首を傾げた。
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