第十七話 王都へ
丁度昼を過ぎたあたり。村の中心部に、大きな人だかりが出来ていた。
そこには村人たちと、昨日現れた魔法使いたちが勢ぞろいしている。村人の人だかりの中心に居るのは、エルトールとアリサの二人。
村人たちは心配そうな表情で、
「二人とも、本当に行ってしまうのか?」「ひどい事されるんじゃないの?」と聞いてくる。
エルトールは笑顔を浮かべて、
「大丈夫です。ちゃんと話して、利害が一致した結果の判断ですから」
話す(決闘)ではあるが。
「……本当にあの女と一緒に行くんですか?」しかしアリサは不満気である。
「嫌かい?」
「嫌です」きっぱり。
「嫌なら来なくてもいいのよ」とそこで、イルフリーデが現れた。
お付きのメイドさんにお姫様抱っこされてのご登場である。どうやら魔力はまだ回復していないらしい。
メイドさんはというと、どことなく幸せそうな表情をしているのは気のせいだろうか。
イルフリーデは続けて、「私が欲しいのはエルだけだから」
「き、気安く師匠の名前を……!」がるるると噛みつきそうなアリサ。
しかしそれを完全に無視して、
「全員、安心しなさい。賢者イルフリーデの名において、絶対に王都に送り届けることを約束するわ」
村人たちは、その言葉を聞いて渋々と道を開いた。二人はその間を通って、例の謎の魔物に引かれている馬車へ向けて進みだす。
そんな二人の背中に、
「お兄ちゃん! お姉ちゃん! また、この村に遊びに来てくれる?」
マリアちゃんが呼びかけてくれた。二人で振り向くと、マリアちゃんが泣きそうな表情でこちらを見上げている。
エルトールとアリサは顔を見合わせ、そして「勿論!」「当然でしょっ!」と声を合わせた。
馬車がぐんぐん加速し、高度を上げて行く。
しかし馬車の中は全く揺れず、いたって静かである。アリサは窓越しに、小さくなってゆく村をじっと見つめていた。村ではまだ村人たちがこちらに手を振っている。
「王都までは大体一週間くらいよ」
向かい側の席に寝転がったイルフリーデが呟く。
「結構かかるんだね」
金色の瞳がこっちを向く。
「ここは王国の端っこよ? 徒歩だと軽く見積もっても半年くらいはかかる距離なんだから、感謝してほしいわね」
下を見ると、今度は広大な森林地帯に差し掛かっていた。なるほど、これを徒歩で突き進むのはなかなか厳しそうだ。
さて、ここから彼らの、王都への旅が始まった。
大体一週間の道のりと言えば、馬車で数時間のフライトを過ごし、一日に数回街や村に降りて物資を補給、および休憩、さらに数時間の飛行に移るといった感じ。
夜はほとんどの場合、宿に泊まった。部屋はイルフリーデたちが用意してくれたので、金は必要無かった。食事も同様で、実に好待遇である。
エルトールは旅の途中、この国を観察する事に専念した。
停泊する街に限らず、フライト中は千里眼を駆使して下の地形や街を観察した。
イルフリーデがじっとこっちを見つめて、「何かやってるわよね?」と疑惑の目を向けてきたが、シラを切った。
魔力は隠していたつもりだったのに、まさか感づかれるとは。やはりこの女、優秀である。
……話を戻すと、やはりこの国は、帝国とは色々な面で違っている。食べているもの、衣服、建物の造り、等々。帝国も帝国で多様な文化を内包した国だったが、そこには画一化された一個の基盤のようなものがあった。
しかしこちらの王国では、街ごとに大きく景色が変わる。人々の様子も、単純な景観も、何もかもが変わるのだ。エルトールは途中から、完全に楽しむために千里眼を使っていた。
アリサはというと、エルトールに言われた通り、ずっと魔力の制御の練習をしていた。
具体的には、水筒の中に入れた水を魔法で取り出し、完全な球体にするという技術である。
これは、水の低級魔法「水球」と同じものだが、決定的に違うことがある。それは、水球ならば細かい制御は必要とせず、呪文に設定された法則に従って自動的に魔法が発動するが、今アリサにやらせているのはその補助を全く受けずに魔法を完成させるというもの。
これはほとんど、魔法を自ら創り出すという動作に等しく、エルトールの知る限り、魔力の制御を習得するのに一番いいやり方なのだ。
アリサは魔力の制御が未熟だ。しかしそれを乗り越えれば、大きく成長できる素質を持っている、というのがエルトールの見立てだった。
「一体何をやらせているの?」
これに興味を持ったのはイルフリーデだった。向かい側の席で本を広げてごろごろしていた彼女だったが、どうやらすっかり暇らしく、度々こちらに話しかけてきた。
アリサが答えないで居るので、
「魔力制御の練習だよ」と答える。
「そうは見えないけれど」
ふわりと水筒から出た水が、ぐにゃぐにゃと空中で形を変えている。
「魔力制御なら、それこそ呪文をきちんと発動させる練習の方が重要じゃないかしら。呪文に頼らない魔法なんて、複雑すぎて効率が悪いじゃない」
「まあ、一般的にはそう考えられているね」
こちらの意味深な言い方に、イルフリーデの視線がこちらへ向いた。
「そういえば貴方、杖も呪文にも頼っていないようだったけれど、まさかそれを教えようとしているの?」
「勿論」
エルトールからすれば、当然だった。
そもそも呪文というものは、あらゆる過程をすっとばして事前に設定された魔法を発動するというものである。
そればかりに頼って、魔法の内部構造を理解しないというのは、昔から疑問だった。そもそもエルトールは子供の頃から魔法が使えたが、呪文など知らなかった。呪文の存在を知ったのは帝都に出てきてからだ。
イルフリーデはむっとした様子で、外から水筒を持ってこさせた。そして自分もアリサと同じ訓練をやり始めたのである。
「ぐぎぎぎぎぎ」
アリサは対抗心丸出しでさらに魔力制御に熱中し始めた。そんな感じで、途中から二人はずっと水球のコントロールに時間を費やしていた。最終的には、
「……出来たわ」イルフリーデが先に完成させた。彼女の手の上に、綺麗な形の水の球が浮かんでいる。
「うう、ししょー……」レースに敗北したアリサの手のひらには、ぐにゃぐにゃとした塊が浮かんでいる。
「随分上達してるじゃないか。その調子その調子」
それを聞いて、嬉しそうに目を輝かせるアリサ。
そこに、
「そうよ。そもそも私に張り合おうだなんて身の程知らずにもほどがあるんだから、反省なさい」
と、同時に二つ水球を完成させたイルフリーデが茶々を入れた。
その後取っ組み合いになりそうになるのを、エルトールが慌てて仲裁するというイベントが、何度も発生した。どうやらアリサとイルフリーデはあまり相性が良くない様子。
それともう一つ。この遠征の護衛に付いている魔法使いたちは、必要な時以外ほとんどしゃべりかけたりはしてこなかったが、一人印象的な人物が居た。
それが、イルフリーデに付いているメイド、マヤである。
背の高いクールな感じの女性で、馬車に居る時以外は常にイルフリーデの傍にいた。杖も持っているので、恐らく護衛も兼ねての事だろう。
……隕石を召喚するような魔法使いに、果たして護衛が必要なのかは別として。
マヤさんは馬車の前方で、翼を持った魔物の操縦を行っており、飛行中に姿を見せる事は無かった。しかし時折街に降りた時に顔を合わせると、
「イルフリーデ様に一回でも触れてみろ。お前の首を斬りとって、海に沈めてやるからな……」
と囁いて来た。おかげで、こちらは彼女に触れないよう気を付けなければならなかった。
面白いと思った方、高評価とかブクマとか感想とかしてくれると滅茶苦茶嬉しいです!!!




