第十四話 突然の来訪
当初の予定は変更せざるを得なくなった。
本当は祭りの翌日に発つつもりだったが、逃げたら殺すと言われてしまったので、そうもいかない。戦っても負けるつもりはないが、こちらの目的はこの国で学校を作る事なのだ。
まさか賢者なんかと敵対する気はない。
そんなわけで、大人しく家で一晩を明かしたのだが。
早朝、エルトールが起きてお湯を沸かしていると、扉がノックされた。
開くと、そこには昨晩の白い女、イルフリーデが平然と立っていた。
なにやら眠そうな顔で、
「おはよう。お邪魔するわよ」
「え、ちょ」
そのまま家に入って来た。茫然とその後ろ姿を見送るエルトール。
真っ白な髪は、紐で一本に纏められている。
そしてそのまま、エルトールのベッドに腰を下ろした。その向かい側では、アリサが静かに寝息を立てている。
「……いったいどういうおつもりですか?」
エルトールも部屋に戻った。
マジで一体どういうつもりだろう。確かに明日話を聞きに来るとは言っていたが、まさか一人で家に入って来るとは思わなかった。
イルフリーデはぐぐと背筋を伸ばして、そのままベッドに寝転がった。
豊満な胸の形がローブ越しにはっきりと見えて、エルトールは目を逸らす。
「どういうつもりもなにも、昨日全部説明したのだけれど」目線だけこっちに寄こすイルフリーデ。「私の目的は、あんな馬鹿げた魔法を使った犯人を捜し出す事よ」
どうやら、例の大穴はちゃんと見つかったらしい。
イルフリーデは身体を起こして、
「昨日から徹夜で、あの大穴を調べたの。まあ結論から言って、私には何も分からなかったわ。一体何の魔法を使えばこんなことになるのか、全然わからなかった」
「そうですか。それは残念でしたね」
そう言うと、ばっと突然手を掴まれ、エルトールはベッドに引きずり込まれた。
そして、イルフリーデにのしかかられたのである。
こちらを見下ろして、「……一体、どうやったの?」と聞いてくる。
ぐぐ、と白い手がエルトールの手首を掴んでいる。そこには身体強化の魔法がかかっていた。エルトールは、
「僕は知りませんよ。何かの勘違いではありませんか?」
「言い逃れは出来ないわよ。あの畑……私が気づかないとでも思った? 一体何の魔法を使えばあんなことになるの?」ぐぐ、と顔を近づけてくる。
「さっさと言いなさい。貴方は何者で、一体何の目的で――」
とまで言ったところで、ガン! と音がした。
イルフリーデは動きを止め、そしてそのまま、こっちへ倒れてきた。
「うおっ!?」
慌てて顔を逸らすエルトール。イルフリーデはそのまま、エルトールに重なるようにして意識を失ってしまった。
その後ろでは、
「ハァ、ハァ……師匠! 仕留めましたっ!」
アリサが椅子を両手に持って、息を切らしていた。
……やっちゃったかー。エルトールは内心、頭を抱えた。
さてどうしよう。
村の片隅の民家。そのベッドに、イルフリーデが横になって寝息を立てている。
それを見下ろしているのは、エルトールとアリサの両名。二人ともローブを着込んで、すでに逃げる準備万端である。
「……師匠、あたし……」
「いや、もう仕方がない」エルトールは少し考え、ポン、と手を叩いた。
「よし、この際、全てなかったことにしてしまおう」
「はい!?」アリサが目を丸くする。
「どうやって!?」
「取り合えずこの子の記憶を消そう。この家に来た辺りから全部」袖をまくるエルトール。
「それって、き、記憶の上書き? でもそれって、失敗したら廃人になるやつじゃ……」
「ああ、大丈夫大丈夫。やったこと無いけど、多分うまくいくよ」
「あわわわわ……ほ、本当に大丈夫なんですかっ!?」
そう言ってイルフリーデの頭に指を置こうとした時。カッと目が開いて、こちらの指にがじりと噛みついて来た。
「いだだだだだだだっ!!」「ふぁにひようほひへんほよ」
そのままがしっと手も掴まれる。
「し、師匠ぉぉぉぉぉぉぉ!?」
再び椅子を振り上げるアリサ。
「待て待て待て! アリサ、落ち着け!」
「で、でもっ!?」
しかし今度は、先ほどと同じことにはならなかった。
アリサの持った椅子は忽ち宙に浮かび上がり、バラバラと解体されてしまったのだ。ふっとエルトールの指を離すイルフリーデ。
「あー、油断したわ。私としたことが、まさか背後から物理攻撃を喰らうなんて」
サスサスと後頭部をさするイルフリーデ。
エルトールは瞬時に、
「……自動治癒?」と口にした。
無意識下での魔法発動……。エルトールがあまり研究してこなかった分野だ。
イルフリーデはさっと髪をかき上げて、
「そうよ。まあ、ちょっとした傷なら何もしなくても治るようになってるわ」
そして、こっちにジトっとした視線を向けてくる。
「……まさか記憶の書き換えをしようとするなんてね」
「いやぁ、あはは。……すみません」
それから後ろでガタガタ震えているアリサに視線を向け、それから、ふぅ、とため息を吐いた。
「まあ、いいわ。今の事は不問にしてあげる。でもその代わり……正直に話しなさい。貴方は誰? 目的は?」
もう言い逃れできないだろう。一か八か、スパイ扱いされないことを祈るしかない。
「……分かりました。僕の名はエルトール。帝国の元賢者であり、わけあってこちらへ渡って来た者です」
イルフリーデは目を見開き、「帝国の……賢者?」
そして、同様にアリサが、
「え、ええええええええええええええ!? け、賢者!? 師匠、賢者様だったんですかっ!?」
……そういえば言ってなかった。
「何故、そんな大物が王国に?」
イルフリーデは少し動揺した様子で聞いてくる。
……仕方がない。あまり話したくはないが、ある程度は話そう。
「僕は……国で賢者の身を追われたんです」
エルトールは、今までの事を大まかに話し始めた。
功績を奪われたこと、裁判で追い出されたこと、そして、単純に魔法を探求できる場としての魔法学校を作るために、こちらの国に渡ってきたこと。
アリサは話を聞いて、怒り始めた。
「ひどいっ! そんなのあんまりよ! 師匠はみんなのために頑張っていたんでしょ!?」
その場にイルフリーデが居る事も忘れたかのような怒りっぷりである。
「それなのにそんな仕打ち……。もう許せない。あたし、帝国に言って賢者共をぶっ飛ばしてくる!」
「いやいや、待ちなさい」慌ててアリサを止める。
怒ってくれるのは正直とても嬉しいが、このままでは本当に行きかねない。
そんな二人の様子を眺めていたイルフリーデは、いつの間にか紅茶を手にしていた。使われているのは、こちらが湧かしておいたお湯である。
彼女はふうと息をついて、
「それで、貴方の話が真実であるという証拠は?」と聞いて来た。
「ありません」
まさか記憶を見せるわけにもいかない。記憶関連の魔法は都合よく行かないのだ。一部だけを見せる事は出来ない。それはもう、余計な部分まで見られてしまう可能性が大なのである。
「ちょ、ちょっと! 師匠が嘘なんかつくわけ無いでしょ!」
食って掛かるアリサ。しかし金色の瞳で見られると、サッとエルトールの陰に隠れた。
「いつもなら魔法で無理やり確認するところだけど……防がれるというのなら、私にはその話の真偽を確認する術がない。貴方が魔法の実力者だという事は理解した。だからと言って手放しにその話を信じるわけにはいかない」
当然である。
エルトールは頷き、
「それはそうだろうけど、じゃあ、どうするつもりですか?」と聞いた。
イルフリーデは、
「ただ、その話が本当なのだとすれば、貴方は王国に凄まじい恩恵をもたらすことになる。魔法技術で遅れている王国が、帝国に追いつくこともできるかもしれない。しかし嘘だとすれば、何が起こるのか想像がつかない。帝国から送り込まれた兵器という説も捨てきれない。
……つまりどちらにせよあなたを放っておく選択肢は存在しない。よって、貴方の話が本当かどうか、決める事にしましょう」
エルトールは首を傾げたが、アリサははっと何かに気づいた。「それってもしかして――」
イルフリーデは頷き、
「……そう。決闘よ」
……決闘!?
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