第十話 師弟の契約
アリサが次に目を覚ました時、空は紅色の夕陽に染まっていた。
ぱちぱちと瞬きするアリサ。カア、カアとカラスの鳴き声が聞こえてくる。
「夢……?」
アリサは瞬時に理解した。ああ、全部夢だったんだ、と。
まあ、それにしてもとびっきりおかしな夢だ。
ミノタウロスに襲われて、そして魔法を撃ったらとんでもない雷が落ちてきて、あとエルとかいう青年と出会って……そしてその男が、Aランクの魔物であるラフレシアを、圧倒的な力で消し去ってしまった。
「はは……あたし、疲れてるのかも……」
ぐぐっと身体を起こす。そしてちょっと尿意を感じ、木陰まで行こうと歩き出した。
「待て待て、危ないよ」
といきなり声をかけられ、ハッとして気づいた。
あれ……この先、地面がないっ!?
「って、えええええええええええええええええええええええええ!?」
どさっと後ろに尻餅をつくアリサ。
その先には、地面が無かった。正確に言うと、そこが見えない程の巨大な穴が開いていたのだ。
夕陽が差し込み、穴の壁面を弱弱しく照らしている。
アリサは恐る恐る振り向いた。そこには燃え上がる焚火と、その傍にはエルトールが座っていた。それはもう平然と、何事も無かったかのように。
「な、何よこれっ!? エル、エルがやったの!?」
「ああ、ちょっとやりすぎた」
パクパクと口を開くアリサ。そんな彼女に、
「食べる?」とエルトールな何かの肉を差し出してきた。
くう、とお腹が鳴ったのに気づいて、ちょっと赤くなって頷く。とその前に、尿意の事を思い出した。
「ちょ、ちょっと待ってて!」木陰に走って行くアリサ。
暫くして戻って来た彼女は、そのままエルトールの向かい側に座った。
てっきり何か問い詰められるかと思いきや、ちらちらと火の向こうからこちらの様子を伺っている。ジュウジュウと肉の焼ける音と風の吹き抜ける音だけが周囲に響く。暫くして、
「エルって、一体何者?」やっとアリサが口を開いた。
「もしかして、すごい人なの?」
「旅の魔法使い。魔法の学校を作るために、あの山を渡ってこの国に来た」
エルトールが指さしたのは、王国と帝国の境界線であるノーザン山脈である。アリサははぁ、と息を吐いて、
「昨日言ってたこと、本当だったんだ……」
アリサはそうして、色々な事を思い出し始めた。
「もしかして、あの雷もエルの仕業?」
ニヤッと笑うエルトール。アリサは顔を真っ赤にした。
「な、何で言わないのよ!? あたし、これじゃあバカみたいじゃない!」
「ごめんごめん、自信満々な様子が可愛かったから」
「なっ……かわっ……か、からかわないでよっ!」
からかっているつもりは無かったが、確かにちょっと面白がっていたのは事実である。アリサはそのままそっぽを向いてしまった。
しかし、何か思うところがあったのか、
「……でも、助けてくれてありがと」と呟いた。
「どういたしまして」
「あ、騙したことを許したわけじゃないからね!」
びしっと指を差さしてくる。エルトールは肩をすくめて、
「じゃあどうしたら許してくれる?」と聞いた。
アリサは「そんなの決まってるじゃない」と立ち上がって、エルの横へ移動し、
それから……その場に座って、額を思いっきり地面にこすりつけた!
「あたしを、貴方の弟子にしてくださぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあい!!」
……そう来たか。
「君、さっきまで僕を弟子にしようとしてたじゃないか」
「申し訳ございませんでした! あたし、調子に乗っておりましたっ! この通りっ!」
凄まじい態度の変わりっぷりだ。枯れ木だらけの森の中、巨大な大穴の傍で焚火をしながら、魔法使い見習いの少女に土下座されている。なかなか意味不明な状況である。
エルトールが返事をしないので、アリサは顔を上げ、ぐわっとこちらに迫って来た。
「お願い! あたし、ここまで旅をしてきたけど、もう八方ふさがりで……。王都を飛び出してきてから、ずっと自分で練習してたけど、これっぽっちも上たちしないし……暴発はするし、威力は弱いし、もう、どうしようもないの! さっき師匠が力を貸してくれた時、初めてまともに魔法を使えたのよっ!」
すでに師匠扱いである。エルトールは頬を掻いて、
「弟子か……。それはちょっと」
将来的には学校を作って生徒を呼び込むつもりだが、現時点では全く見通しが立っていない。そんな状況で弟子など作っている場合だろうか。
アリサは涙目で、
「お願い、あたし、どうしても強くならなきゃいけないの! すごい魔法使いにならなきゃいけないのよ! もし弟子にしてくれたら何でもするわ! 肩もみでも洗濯でも何でもやるわ!」
と必死に訴えてきた。肩もみに洗濯……。
まあ、それはいいとして、どうにも必死な様子に首を傾げるエルトール。
「理由を教えてくれるかい?」
アリサは少し迷う様に視線を彷徨わせた。
しかし、意を決した様に、
「……あたし、魔法学校から逃げ出してきたの」と話し始めた。「学校では、ずっと成績はびりっけつで、みんなに馬鹿にされるし、先生にも怒られっぱなしだし……」
それから、何かを言い淀んだ。
「……言いたくないことを言う必要はないよ」
エルトールの言葉に、アリサは頷く。
「だからあたし、人一倍努力しようと思って、頑張ったのよ。本もたくさん読んで、授業でも……。でもね、先生は『お前には才能がないから、頑張っても無駄だ』なんて言って、あたしを相手にしてくれなかった。だから、学校を出たの」
パチパチと薪が爆ぜる。
エルトールは話を聞いて、何処の国も変わらないな、と考えていた。
この子も、自分と同じだ。腐り切った学校のシステムの被害者。アリサはエルトールの横に座り、焚火の炎を見つめていた。
「でも……旅をしてて分かったわ。あたし、やっぱり才能が無いんだ。だからきっと、これ以上頑張っても……」
ぽん、と頭に手を置く。そして撫でてやった。
「あ……」アリサは、ぽたぽたと涙を流していた。
無鉄砲で悩みの無いように見えていたが、そうでは無いのだろう。エルトールは安心させるように、
「君は間違っていない。そんな場所には、最初から居るべきじゃなかったんだ」
アリサはグスッと鼻を啜った。こうして近くで見ると、ローブもボロボロだ。栗色の髪も汚れているし、首のあたりにはいくつもの擦り傷の痕が見える。
きっと、こっちの考えている以上に過酷な旅をしてきたのだろう。
エルトールは少し考え、そして。
「アリサ。本当に、強くなりたいと望むか?」
アリサはこちらを振り向いて、
「勿論、望みます」
「これから先、何が起こるか分からない。僕に付いてくることで、君はむしろひどい目に合うかもしれない。それでも、僕と共に来るか?」
アリサは立ち上がって、胸元に手を当て、こちらに跪くような姿勢を取った。丸い瞳が、こちらを見つめる。
「神に誓います。あたし、貴方に付いて行きます。ひどい目に合っても、苦しい目に合っても構いません。だから、貴方の弟子にしてください!」
エルはその瞳を見返し、微笑んだ。
断れるはずもない。そもそも、自分はアリサみたい子たちが、自由に学べるような場所を作りたくてここまで来たのだ。
「分かった。アリサ、君は今から僕の弟子だ。しごいてやるから、覚悟しろよ」
――そうして、月が登り始めた森の中、二人の間で師弟の契約が交わされた。
その一方で、王都から出発した部隊が空を飛び立ち、ノーザン山脈を目指していた。曇り空の中を、箒に乗った魔法使いたちと、巨大な翼を持った魔物に引かれた馬車が飛んでゆく。
馬車の中で、白い女は紅茶を飲みながら、コンパスのような道具をじっと見つめていた。
「イルフリーデ様、一体どういうことなのですか?」
向かい側に座ったメイドが問いかける。イルフリーデと呼ばれた女は視線を逸らさずに、
「私の魔力探知装置がかつてない反応を示したわ。使われた魔法は、恐らく最上位魔法ね」
メイドが息を呑む。
「最上位ですか? でもそれって……」
「私の知る限り、そんなものが使えるのは帝国の賢者くらいかしら」
「帝国賢者が、王国に?」
イルフリーデは窓の外へ視線を移した。
「さあ。それを確かめに行くのよ」
部隊は、魔力の爆心地へ向かって足を進めて行く。
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