コーヒーを一杯
奇妙な世界へ…
私は亀井渉。『喫茶 かめい』を営む男だ。
私は去年、定年退職をした。若い頃は営業を頑張り、結婚し、子供も生まれ、会社では最終的に専務の席についた。そして、退職してからは、手元に残っていた金を使い、自分の店を開いた。最初の頃は客は来なかったが、今では、馴染みの客がいつも来てくれて、私は嬉しかった。
そんなある日、その時は店を開いたばかりの時間だった。その時、店に一人の青年が来た。その青年は何か、暗い顔をしていた。そして、彼はメニュー表を開き、しばらく見た。
「すいません」
「あっ、はい」
私は青年の元に行った。
「ホットコーヒーを一杯」
「は、はい」
青年はコーヒーのみを頼み、少し困惑したが、私はそれを気にせず、コーヒーを出した。
「どうぞ、ホットコーヒーです」
「ありがとうございます」
そう言うと、青年はコーヒーに『フーフー』と息をかけながら、それを一口飲んだ。すると、彼は一言、
「美味しい」
と、呟いた。
数分後、青年はコーヒーを飲み干し、席を立った。
(トイレにでも行くのか?)
私がそう思うのと同時に、青年はレジに向かった。
「すいません、お会計を」
「は、はい」
彼は意外にコーヒー一杯飲むだけだった。
「ありがとうございました」
青年の店を出た足取りは何か、暗かった。その日は彼の事を気にせずに営業を続けた。
次の日、青年はまた来た。そして、頼んだものは、またもやコーヒーだけだった。
青年はまた、コーヒーを一口飲み、
「美味しい」
と、呟き、それを飲み干し、金を払い、そのまま店を出た。
次の日から青年は来るようになり、いつも、コーヒーを頼み、『おいしい』と呟き、金を払い、店を出る。それが毎日続くようになれば、私はなぜ彼がこんな事をするのか気になって来る。しかし、あまり深入りしてはいけないと思い、追求するのはやめた。とはいえ、気味が悪いと思ってはいた。
ある日の事、その日も青年がコーヒーを飲み、店を出ていった時だ。すると、彼と入れ違いに一人の客が入ってきた。
「おぉ、鶴山!よく来たな!」
「あぁ、久し振りだな!亀井!」
この男は鶴山泰平。私の幼馴染みで、東京の田峰大学にて、教授をしている男だ。
「はぁ…」
「どうしたんだ、亀井、溜め息なんか出して。何か、困り事でもあるのか?」
「実はな…」
私は鶴山に例の青年の事をすべて話した。
「はぁ…実は、あいつ、見かけた事があるんだよ」
「えっ!どこでだ!教えてくれ!」
「あれは確か、大学に同接している病院に用があってな、アイツとあったんだ。アイツは田峰大学の学生で、アイツの好きな食べ物聞いたことあるけど、『喫茶店のコーヒー』って言ってたな。名前は、確か、藤山肇だったっけ?後、アイツ、この間、重度の心臓病って言われたんだってよ」
「………」
俺は鶴山の話を聞いているうちに、エプロンには粒の水がついていた。
(俺は、あいつが気味が悪いだなんて、なんて罰当たりな事を思ってたんだ…)
次の日、いつもの様に、藤山がやってきた。
「ホットコーヒーを」
「はいはい!」
私は快く藤山にコーヒーとナポリタンを持って行った。
「どうぞ」
「ありがとうござ…って、ナポリタン、僕は頼んでいませんよ!」
「まぁまぁ、サービスだよ、サービス。いつも、コーヒーだけ頼んで、寂しいだろ?」
「まぁ、別にそうじゃ無いですけど…」
「まぁまぁ、遠慮せずに!食ってみたらどうよ」
「では、いただきます…」
藤山はナポリタンを一口食べる。すると、藤山の目から、涙がポロポロと出てくる。
「うっ…うっ…うっ…」
「おいおい、美味すぎて、言葉も出ねぇか?……アンタ、心臓病だろ?これからは、コーヒー以外、1品まで、無料にしてやるよ」
「ぐっ…うっ…うっ…うっ…」
こうして、藤山と私の間には友情が生まれた。そして、私はある意味、楽しい第2の人生を歩む…筈だった。
それは、藤山が来なくなった事だ。
(まさか…いや、そんな筈は…)
私は、それを察しながらも、それを否定し続けた。馴染みの客や、バイト、友達、ましてや、家族から、心配されたが、私は不安を隠し切れなかった。
ある日の事、娘の舞が彼氏を紹介したいと、家に来た。
「全く、やっと三十路になって、彼氏が出来たのか」
「父さん、やめてよ〜意外とそれ、気にしてるんだからね」
「はいはい、それで、彼氏さんは?」
「あぁ、そうだ。肇くん、もう入ってきていいよ」
リビングの扉が開く。そこには、あの藤山がいた。
「どうも、お願いしま…ってあなたは!」
「お、お前は!」
藤山の方も驚いたのだろう。私と同じリアクションをした。
「えっ!お父さん、肇くんの事知ってるの?」
「知ってるも何も、コイツ、店の常連だよ!」
俺は舞に藤山の事を全て話した。そして、私は、藤山に1つの疑問を投げた。
「藤山、お前、心臓病だったろ!大丈夫なのか?」
「えぇ、なんとか。ドナーが見つかって、治ったんですよ。そして、大学を卒業したあと、舞さんと会ったんです。あぁ、あと、あなたの店に行けなかったのは、コーヒーアレルギーになってしまって、行けなかったんですよ。まぁ、それも今は治りましたがね」
「そうかぁ…そうだったのかぁ…」
私は、泣き崩れた。
「もぉ〜お父さん、かっこ悪いよ」
「あぁ、すまん…」
「あの、実は、……………お義父さん、舞さんを妻にください!」
「あぁ、いいよ!君のような青年には、舞のような女性が一番だ!」
「あ、ありがとうございます!」
「良かったね!肇くん!」
「じゃあ、コーヒーを淹れてくるよ」
私は、二人にコーヒーを持ってきた。
「どうぞ」
「では、いただきます」
藤山はコーヒーに『フーフー』と息をかけながら、それを一口飲んだ。そして、一言、こう言った。
「美味しい」
読んでいただきありがとうございました………