変わらぬ恋をあなたに
❊⋆*⋆
「……っ、……」
置き忘れた本を取りに戻ると、私より年下だろうか、少年が木陰で本を読んでいた。私が置き忘れた本……。
今まで見た男の子の中で、一番と言っていいほど綺麗な顔立ちの少年だった。まるで本に出てくる妖精みたいに、どこか儚げで今にも消えてしまいそうで……。
彼はこちらに気づいたのか、本から視線を上げ、私を見た。そして、私の元に。目の前にすると、やはり男の子なのだろう。私より少し高い背で、私は彼を見上げる形になった。
「本が好きなんですね。そうだ、こちらへ」
彼はふっと笑うと、私の手を引いて屋敷の中に入っていった。
そうして着いたのは、沢山の書が並ぶ図書室だった。本を読むしかすることがないほど暇だから、今の私にとってここは天国に思えた。
「好きに使って下さい」
彼は優しく微笑んでそう言った。
「ありがとう。オススメはあるかしら?」
そう聞くと、彼はいくつかの本を持ってきてくれた。
本の場所を把握しているようだし、司書か何かなのだろう。
「……この本、貸してくれませんか?」
「ええ。なら、私はあなたのオススメしてくれた本を貸してもらうわね」
そう言うと、彼は笑顔で了承してくれた。
「私が誰か分かってる?」
「この城であなたを知らない人はいませんよ?」
彼があまりに普通に私に話しかけてくるから、ふと尋ねてみた。彼は変わらず、私に笑顔を向けていた。
「お嬢様ーー!」
遠くで私の侍女の声が聞こえた。
「呼んでる……またね!」
笑顔を向け、彼に借りた本を手にその図書室を出た。彼は、笑顔で手を振ってくれていた。
「お嬢様っ!どこに行っていらしたんです」
声のする方に行くと、侍女は口うるさく小言を言い始める。
「もう貴方様はこの国の王妃なんですから……」
「分かってるわ」
いつも同じことばかり言うんだから。
私は先週この国の王と結婚した。いわゆる政略結婚。だが、未だに私はそれを納得していない。
かつて5人の兄弟が共に国を治めていたそうだが、虐殺が起き、国は5つに分かれることなった。かの王たちは、他の人より遥か永い年月を生きているとか。
そのうちの一人である我が夫がどんなおじいちゃんか知らないが、私は相応の覚悟を以て嫁いだ。が、結婚して一週間。結婚式ですら夫と会う機会はなかった。
それゆえに、納得いかない。だからこうして、両親に迷惑かけない程度に小さな反抗を続けている。
─────それから数日、私はあの図書室に通っていた。彼は忙しいのか、姿を見せなかった。そして5日目。
「いらっしゃい」
図書室に入ると、例の優しい笑顔の司書さんがいた。
「こんにちは」
「あ、これ……面白かったです」
彼は前に貸した本を私に手渡した。自分の好きなものを気に入ってもらえたようで嬉しい。
その後は、互いに借りた本のことで盛り上がった。
私の周りの人はみんな、私に貴族として、王妃としてしか接してくれない。また、私に貴族として、王妃としての振る舞いを要求した。でも彼は私をそんな風に扱わないし、求めない。それがすごく嬉しかった。
それからたまに、図書室で彼と会って、互いに好きな本の話をした。
何も話さず、互いに本を読むだけの日もあった。でも、どんな日も楽しかった。
私は王妃で、夫がいる。ダメだと分かっているに……私は彼に惹かれていった。でも、私はその想いを告げる事は許されない。いや、想うことすら許されない。
─────王妃になって、1ヶ月が経とうとしていた。未だに夫には会えず、不満は溜まるばかりだった。その反面、司書の彼への恋心は増すばかりだった。
「いらっしゃい、ちょっと待って下さいね」
今日も彼は、優しい笑みで私を迎えてくれる。
この日は風が強く、カーテンが舞って、棚から出されていた本がパラパラとめくれている。そんな中にいる彼は、相変わらず不思議な空気を纏っている。
彼は窓を閉めていた。私もそれを手伝って、滅茶苦茶になった図書室を一緒に片付けることにした。
「……っ!?」
黙々と下を向いて片付けをしていたのに、ふと顔を上げると彼と目が合った。そして、彼の顔が近づいたと思うと、唇が触れた。
「へへっ」
彼は恥ずかしそうに笑うと、また本の片付けに戻る。耳を赤くしながらも、彼の手はちゃんと仕事をしていた。
私は動けず、その場で固まってしまっていた。
「どうして……?私達は、友達でしょ?」
どうしたらいいのか分からず、私は逃げ出すように図書室を出た。
少し走って振り返るが、彼は追っては来なかった。このことがバレれば、彼はタダでは済まないと分かっているのに、追いかけてきて欲しいと思っている自分がいた。
それから図書室に行かなくなった。
ロビーや庭には出ることはあったが、不思議なことに、広い邸宅とはいえ、彼とはあの図書室以外で出会うことはなかった。
いつからか、彼は夢だったのでは……と思うようになった。私のくだらない願望だったのではと。
「お嬢様っ!」
そして、その知らせは唐突にやって来た。
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勇気を出した、初めてのキス。
彼女は驚いた顔をして、怯えた顔をして、涙をこらえた瞳で僕を見た。そして、声をかける前に走っていってしまった。
「どうして?」と震える声で、彼女はそう言った。
『失恋だ』
『失恋だ』
そうやって、僕を茶化すのは妖精と呼ばれるものたち。
彼女は僕を友としか見ていなかったのか……。
『ふふふっ……失恋だ』
『お友達だって!』
『お友達だって!』
「うるさい!」
この妖精たちはまだ幼い。それ故の言動だろうが、こうも傷口をえぐられようとは。
─────傷心中だが、仕事はそんな僕を待ってはくれない。
「いい加減、ちゃんとして下さいっ!!」
「昔は可愛かったのに、今では口うるさくなって……。僕の親みたいですね」
「黙れ、クソジジイっ!!……はぁあ、こんなのが国王だなんて」
目の前の側近が、ため息混じりにクズを見るような目をこちらに向けている。……僕、国王なのに。
それでも仕事が手につかず、緑の葉が生い茂った木々を窓の外から眺めながら、少し昔のことを思い出していた。結婚の話が上がったのは、もう十数年も前のこと。事の発端は、双子の兄。
「公爵んとこ、娘産まれたんだっけ!?こいつの嫁にちょうだいよ!」
「そうですね、皇帝ならお断りですが、国王様ならいいですよ」
「.…..。お前、失礼な奴だなぁ」
僕の意見などそっちのけで、2人は盛り上がっていた。その会話を飲みの席の戯言だと、僕は聞き流していたのだが……。
「結婚はいつ頃がいいですか?」
「ん?」
「明日は結婚式ですからね!寝過ごさないでくださいね?」
「んんっ!?」
知らぬうちに、話が進んでいて、気づいたら結婚していた。ちなみに、結婚式は無事寝過ごした。
昔から生活リズムはバラバラで、食事を摂らない事も多かった。
兄や姉のような王の威厳は僕にはない。王になって随分経ったが、王の自覚が未だにないのだ。となれば、夫としての自覚など芽生えるはずもなく……。
「また、来てましたよ?」
会いたいという王妃の催促。
僕的には何でもいいのに、側近は最初だけでもと僕に正装をさせたがった。だが、今日こそはと決めても、その日に限って睡魔に勝てない。
側近は〝第一印象が大事〟と、色々と図ってくれていたので、たまたま会ってしまったことも、あの子を好きになってしまったことも、振られたことも言えそうにない。
でも、このままはダメだよね……。
「決めました。お嫁さんに会います。呼んでください」
この想いを絶とう。それが、彼女のためだろうから。
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「お嬢様っ!明日、国王様とお会いすることになりましたっ!!」
侍女は興奮気味にそう言った。
「また無しにならないといいけど……」
会うことになっても、仕事が入ったと何度ドタキャンされたことか……。
それに、まだ……彼への想いを忘れられてないのに。
「大丈夫ですよ!」
私以上に、侍女はやる気に満ちていた。私が子供の頃からずっと仕えてくれているから、自分の娘のように感じているのだろう。
そう思うと、彼女にも申し訳ない。
─────そして、その時はあっという間に来た。
私は笑顔を繕って、扉の奥に入る。呼ばれたのは玉座ではなく、国王様の執務室だった。
「失礼致します」
顔を下げたまま、顔を伏せたまま、国王様がいる席の前まで歩いていった。
「「・・・・・・」」
沈黙が続いた。
「そう言えば僕、謁見はいつも断ってて、礼儀作法が分からないんですが……この後どうしたら?」
「このクソジジイっ!!台無しなんですけどっ!?てか、敬語やめろつったろ!」
「あはははは……」
国王様らしき人と側近の男の人が、何か話しているのが聞こえる。……許しを得ていないので顔をあげられない。だから、状況は分からないが、側近の男がひどく怒っているのは伝わってくる。
それにしても、国王様は思ったより若い声で、側近の人の方が王様っぽい態度だ。
「……えっと、顔を上げてください」
そう言われ顔を上げた。上げてしまった。
顔を上げた先には、見知った顔があった。目の前には、あの図書室の司書さんが正装で座っていた。
まさか、あのことがバレたのかと思うと、顔から血の気が引くのを感じた。
私はいい。でも、彼だけは……。
意を決して口を開こうとした時だった。
「お久しぶりです。さて、早速ですが、本題に入りましょう。あなたの人生はあなたのものです。……僕はあなたが好きです。でも、もし、あなたが僕のこの気持ちに応えられないと言うなら、離婚しても構わないと考えています」
彼は机の上に、離婚の書類を置いた。そして、私に選択を託す。
「国王様?どういう事ですか!?」
国王様の側近さんに睨まれて、彼は引きつった顔をしている。彼を見ていると目が合った。彼は照れくさそうに、口を開いた。
「気にしないでください。私はあなたの幸せを願っています」
いつもの優しい笑みで彼はそう言った。
その間、私は全く現状を理解できないでいた。側近さんは今、彼を王と呼んだの?じゃあ、彼が私の夫?そして、その彼が私を好きと?
理解していくにつれ、どんどん恥ずかしさがこみ上げる。
好きな人に好きと言ってもらえるなんて、こんなに幸せなことがあるだろうか。好きな人が夫だなんて、こんなに恵まれた結婚ができるなんて奇跡だろう。
「っ、ご、ごめんないさい」
どうにか言葉を紡ごうとするが、そんな言葉しか出てこなかった。
「もし、こんな私で良ければ一緒にいたいです」
「え?でも」
「も、申し訳ありません。結婚前に頂いた肖像画を手違いで、結婚前の荷物整理の際に捨ててしまって……お顔を存じ上げず。てっきり司書様だとばかり……」
なんだろう。言っていて、恥ずかしくなってくる。呆れられたらどうしよう。
「つ、つまり、僕と離婚する気は無いってこと?」
既に一生分の恥を書いた気分の私は、顔を赤くしながら何も言えずただコクンと頷いた。最早この赤面は、どういう意味で赤くなっているんだか。
彼は満面の笑みを浮かべて、私を抱きしめた。
「嬉しい!良かった、嫌われたんじゃなくて」
「よく分かりませんが、お幸せに」
「ありがとうございます」
側近の男に自慢げに笑いかける彼の横顔に、私はより一層、顔を熱くする。
その時風が吹き、桜の花びらがどこからか入ってきた。まるで、私たちを祝福するように。
読んでいただいて、ありがとうございました。
名前は読者の皆さんにお任せしようとおもいます。
国王様は三男で、5人兄弟の四番目です。この兄弟の中では、一番普通の子です。裏で、妖精たちに邪魔されてたり、後押しされたてたらいいなと思って書いてます!