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035_ゾドフォースへ

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 035_ゾドフォースへ

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 領主の元に国を通して隣国ルディオル王国の勇者が、ダンジョン都市でレベル上げをしたいと打診があった。

 鼻の下の切りそろえられた白い髭を撫でた領主は、側近にその書状を渡した。

 領主の名はオスカー・フォン・オーベルシュタイン。ゾンダーク帝国の公爵である。オスカーの兄が前帝王で、現帝王が甥になる人物だ。


 書状を受け取ったのは、オスカーが懐刀とも頼む家宰のドルトール・フォン・ロックフェル。

 オスカーとは30年以上の付き合いになる、古参の家臣である。


「勇者もタイミングが悪い時に」

「被害状況次第だが、とりあえず2週間ほどしてから受け入れられるか判断すると、返信しておいてくれ」

「よろしいのですか? たかが王国とは言え、相手は勇者殿ですが?」


 王国と帝国では国力が違う。王国の国力は、帝国の8分の1程度なのだ。

 だから王国にそこまで配慮する必要はないのだが、相手が勇者というのが厄介である。

 勇者は他のジョブに比べ成長が早く戦闘力も高いことから、大きな戦力になる。それ故に、勇者を抱える国は彼ら彼女らを優遇するのだ。


「できれば一生来るなと言ってやりたいところだが、受け入れざるを得ないだろう。ただ、今は本当にタイミングが悪い」


 勇者と言えば聞こえはいいが、この帝国と王国では勇者に求めるものが違う。

 王国は魔王国と戦う戦力として考えているが、帝国では魔王国を敵視していない。

 そもそも、帝国にも少数だが魔族が暮らしている。

 帝国では種族による差別はしていないことから、法を守る者であれば誰でも住むことができるのだ。

 帝国が勇者に求めるのは魔物討伐であり、帝国の治安維持である。決して戦争をふっかける戦力としてのものではないのだ。


「承知しました。飛空艇便で返事を送ります」


 帝国では魔道具の集大成とも言える飛空艇が運航している。

 飛空艇は空を飛ぶ船であり、地上を馬で移動するよりもはるかに速く目的地に到着する。

 飛空艇用の空港が大都市にしかないため、小さな町や村の住人は飛空艇を見たこともない者が多いようだ。


「勇者よりも今はスタンピードだ。騎士団の先遣隊300は、準備できたのか?」

「はい。明朝の出立に問題はありません。問題は、本隊です。さすがに2000名規模の騎士団を動かすとなると、準備にも移動にも時間がかかります」


 スタンピードの兆候が見られた直後に、物見を放った。

 その物見からの報告では、魔物の大群がゾドフォースに向かっている。その数、およそ2万体。

 過去に1度、若い時にスタンピードを経験しているオスカーだが、その時の魔物の数は5000体だった。

 5000体でもかなり多いと言われていたのに、今回はそれをはるかに越える2万体もの魔物が迫っている。

 考えるのを放棄してベッドにこもってしまいたかったが、オスカーは領主として最大限の対応をしている。

 300名からなる先遣隊を送り、冒険者も送る。そして2000名の本隊も送る。物資も用意するし運送の手配も整えた。


「今回はどれだけの者が……死ぬのか……」


 騎士団員もそうだが、冒険者の多くが死ぬことになるだろう。騎士団の再建には時間がかかるだろう。

 問題は騎士団だけではない。多くの冒険者が死ぬことで税収は下がる。

 ここで多くの冒険者を失うと、高ランク冒険者が育つまで時間がかかるだろう。

 おそらくは騎士団の再建以上の時間がかかる。

 騎士団員は訓練や実戦を命令1つで行うが、冒険者は自由だ。好きな時にダンジョンに入り、好きな時に休む。狩りが上手くいったあとは、数日休むことが当たり前で先が読めないのが冒険者という職業だ。


 今回のスタンピードでは、できるだけ死者が少なく済んでほしいと願うばかりである。

 経済への影響が大きいとか、公爵家の財政がどうとかではなく、命はとても貴重なものなのだ。オスカーはそのことを知っている為政者であった。


 ・

 ・

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「これがその物資の納品書と受領書だ。ゾドフォースに到着したら、物資と納品書を渡し、受領書に担当者のサインをもらってくれ」


 ポルテは城で補給物資を受け取り、スキル・異空間保管に収納した。

 その足で冒険者ギルドに向かうと、多くの冒険者が集まっていてイモ洗い状態だった。


 キョロキョロと周囲を伺い、ルルデの姿を発見したポルテはそちらへ向かう。

 ルルデの黄金の髪は人ごみの中でもよく目立つ。その半面、ジュンはまったく目立たなかった。今や最強の一角に至っているほどのジュンだが、控えめな性格で自己主張しないためか存在感が薄いのだ。


「姉ちゃんはとても目立つからすぐ見つけられるね」

「ん? なんのことだ?」

「あははは。なんでもないよ」


 同じく存在感が半端ないドルドが近づいてきた。


「ジュンに話がある。ついて来てくれ」


 ドルドが話があると言って、ジュンを連れて行った。

 ジュンが戻ってくるまで2人は壁際で、冒険者ギルドの中を見つめていた。

 悲壮感を漂わせる者、今回のことで名を上げるのだと意気込む者、忙しく走り回っている者、千差万別だ。


 しばらくしてジュンが戻って来た。

 相変わらず腰に鉈をさげて平服の革鎧だが、今日はマントを羽織っている。


「兄ちゃん。ドルドのおっちゃんに何を言われたの?」

「一番最初に魔法を撃ってほしいって言われただけだよ」

「あぁ、なるほどね。そりゃー、魔物にとっては地獄だね」


 今のジュンは伝説級魔法・ライトニングフレアが撃てる。

 しかも、時間短縮Lv10のおかげで連続発動が可能なのだ。

 山を更地に変える程の威力を持つ伝説級魔法を、ジュンは連発できる。これは、魔物にとっては本当に地獄でしかない。

 もっとも、ドルドが知っているのは、特級魔法・ライトニングバーストまで。まさか伝説級魔法・ライトニングフレアまで撃てるとは思ってもいなかった。


「僕としては乱戦になると魔法の範囲攻撃ができないので、最初に大きなやつを撃たせてもらえるほうがありがたいかな。だから二つ返事で了承したよ」

「ドルドのおっちゃんがあれを見たら、ニッシッシシ」

「オジキの顔を見るのが、今から楽しみだな。グフフフ」


 ジュンが放つライトニングフレアを目の当りにしたドルドの姿を想像して、ポルテとルルデは顔を見合わせて笑みを漏らした。

 ジュンは意外と平然としているんじゃないかと思ったが、2人の意見に対抗しても意味がないと何も言わなかった。


 冒険者ギルドの前から、冒険者たちは馬車に乗ってゾドフォースまで向かう。

 次から次へと冒険者が馬車に乗り込んでいき、満員になったら出発する。

 ジュンたちも馬車に乗り込む。古ぼけた荷車である。

 色々な商人や個人から領主が集めたため、荷車もあれば箱車もあるのだ。


「お、ラッキー。こんな別嬪さんと一緒の馬車か」


 無精髭を生やしている若いトラ獣人の冒険者が、ルルデを見て舌なめずりする。こういう冒険者は多いため、珍しくもない。


「俺はCランク冒険者のドライオンだ。よろしくな」

「おい、ドライオン。彼女は止めておけ、お前じゃ手に余るぞ」


 そう言って乗り込んできたのは、ルッツである。

 モーリスの護衛として魔の森を一緒に抜けたCランク冒険者で、ジュンを密かに見守っている存在だ。


「あん? ルッツか」

「その子は雷神の相棒だ。お前じゃ返り討ちに合うのが落ちだぜ」

「はぁ? どいつが雷神だよ?」

「そこの若いのさ。怒らせるなよ、地獄を見るぞ」

「はぁ? こんなひょろっちーガキが雷神だと? なんの冗談だ」

「冗談だと思うなら、死ぬ覚悟で手を出せばいいさ。俺は忠告したからな」

「ちっ」


 ドライオンは御者席の後ろにドカリッと座り込んで、腕を組んで目を閉じた。

 その行動から不貞腐れているのがよく分かる。


「よう、久しぶりだな」

「お久しぶりですルッツさん」

「ずいぶんと派手にやっているって聞いたぜ」

「派手というか、他の人とは狩りの方法が違うだけですよ」


 ジュンはルルデとポルテをルッツに紹介する。

 この荷車にはドライオンのパーティー5人と、ルッツのパーティー3人と、ジュンのパーティー3人が乗り込んでいる。

 ルッツパーティーのメンバーはモーリスの護衛をしていたことから、3人とも顔見知りである。

 実を言うとルッツパーティーは、ドルドにジュンたちの露払いを頼まれていた。


 冒険者にはドライオンのような者が多いことから、ルッツたちがジュンにそういった者たちを寄せつけないようにしているのだ。

 今回の戦いにおいて、ジュンの魔法は勝敗を分けるかもしれない大事な戦力である。

 そのジュンに何かあってはいけないと、ドルドが配慮したのだ。


 これが名前と顔が売れているAランクやBランク冒険者であればそんな心配をする必要はない。

 ジュンは若く頼りない容姿をしているため、どうしてもこういった冒険者に絡まれてしまうのだ。

 体が大きく大雑把に見えるドルドだが、実は細やかに気遣いができる男なのだ。腕っぷしだけでギルマスの座に就いたわけではない。


 ドライオンのパーティーは時々ジュンたちのことを見ていたが特に絡まれることなかったし、延々と列をなす冒険者たちが乗る馬車も魔物に襲われることなくゾドフォースへと到着した。


 

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