030_仲間
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030_仲間
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「ジュンさん、ザーッス!」
「「「ザーッス」」」
「あ、おはようございます」
ジュンたちがダンジョンへ向かう間、若い冒険者たちから挨拶をされる。それに対して丁寧に挨拶を返すことで、ジュンの神対応が評判になる。
Eランク冒険者とポーターたちは、ジュンのことを『雷神』と呼んで敬意を払っているのだ。冒険者にとって二つ名や異名は敬称なようなものなのだ。
また、ジュンを『死神』と呼ぶ者たちが居る。『雷神』はジュンへの畏怖を込めているが、『死神』はジュンへのやっかみや嫉妬、妬みによるものだ。
「はあ……。あまり話したことない人から挨拶されると、びっくりしちゃいますよ」
「主様の偉大さに気づく奴が多いのは良いことだ」
ルルデはジュンがリスペクトされているのが、我がことのように嬉しい。
「何度も言ってますが、その主様は止めてください。もう、僕の奴隷じゃないんですから」
「奴隷でなくても、私は主様の僕だ。主様に変わりはない」
「………」
何を言ってもルルデは「主様」を変える気はないようだ。
そんなルルデだが、時々後を振り返ったりする。これは、ジュンへ悪意を向けている者たちを威嚇しているのだ。
ジュンはそういった気配にあまり敏感ではない。だから、ルルデがジュンに悪意を向けてくる者たちを威嚇しているのだ。
ケルピーは体が水でできたウマの魔物であり、物理攻撃が効きにくい反面、雷属性は効果抜群である。ケルピーのレベルは18。ジュンはレベル24になるまでケルピー狩りができる。
ジュンは冊子のマップと睨めっこしながら、狩場を決めた。Eランクダンジョンは草原フィールドだが、そこは小高い丘の上だった。
小高い丘の上からは草原がよく見える。ここからなら今までよりも広範囲のフィールドが見渡せ、狩りがしやすい。
「ルルデさん、丘の下へケルピーを誘導できますか?」
「任せろ!」
ちょっとした指示を与えると、ルルデは丘を駆け下りていく。飛ぶように駆けていくルルデの背には、まるで翼があるように見えた。
丘から見える群れを迂回するように走って行くルルデの姿が見えなくなった。
「ジュンさんの魔法は素晴らしいと聞いています。今日は勉強させてもらいますね」
今日の冒険者ギルドから派遣されてきた職員は、ブレンダと名乗った。ブレンダは受付カウンターを管轄する幹部だ。ゆるいカールがかかっている茶に近い赤毛をセミロングにし、マダムといった風貌の40歳くらいの女性である。
「僕なんかまだまだですよ、ブレンダさん」
柔らかな笑みを浮かべて対応するジュンは、冒険者には見えない。それでも冒険者たちに『雷神』と呼ばれる程の存在だ。ブレンダはその力を見極めるために、今回同行した。
ジュンとブレンダが話をしていると、ルルデが戻ってきた。大量のケルピーを引き連れている。
「噂には聞いてましたが、あれを……」
ブレンダは冒険者だったことはない。15歳の時に冒険者ギルドで働きだし、それから25年以上受付畑を歩いてきた。戦いの経験がないブレンダには、ルルデが引き連れてきたケルピーの数は、脅威でしかなかった。
「ブレンダさん。下がっていてください」
「あ、はい。すみません」
ジュンに言われて下がったブレンダは、足が震えていた。もしかしたら今日が人生最後の日になるかもしれない。自然と神に祈りを捧げた。
「サンダーレイン」
雷雲が集まり、雲の中でゴロゴロッと稲光が発生する。そして発動時間になった。
ドカンッドカンッドカンッドカンッドカンッバリバリッバリッバリバリッバリッ。稲妻がいくつも落下し、轟音が鳴り響いた。
ブレンダは思わず目を閉じ、耳を抑えて座り込んだ。ケルピーの大群も恐ろしいが、ジュンの放った魔法はもっと恐ろしかった。
これが冒険者の経験がない女性の普通の反応だ。決してブレンダが異常ということではない。
「ルルデさん。問題はありますか?」
「あの程度は問題ない。いくらでも連れてくるぞ」
ケルピーはウマの魔物だけあって足が速い。それでもルルデのほうが速かった。しかも、ルルデにはまだ余裕があった。
ルルデが再びケルピー探しに向かうと、立ち上がってお尻のホコリを払っているブレンダが視界に入った。
「ブレンダさん、大丈夫ですか?」
「お見苦しいところをお見せしました。申しわけありません」
ブレンダは横たわって動かなくなったケルピーを見下ろした。すでに解体を始めているポーターたちはジュンの魔法を何度も見ていることから、ブレンダのように腰を抜かすことはなかった。
ブレンダはジュンの魔法の威力に恐怖した。同時にこれがEランク冒険者の魔法なのかと、疑問に思った。
これならCランク冒険者でも十分にやっていけるだろう。それなのに、なぜEランク冒険者なのかと不思議に思った。
幹部であるブレンダだが、ジュンの歪なステータスのことは知らされていない。ギルド内で共有されていることは、ジュンが雷属性の上級魔法・サンダーレインを撃てることと、経験値をポーターに分配していることだ。
この日、ジュンはケルピーを5回狩った。527体、CHSC1027ポイント。
ケルピーの魔石は大銀貨1枚、たてがみは銀貨6枚で引き取ってもらえる。よって、魔石は大銀貨527枚、たてがみは銀貨3162になった。
527体ものケルピーを解体したポーターたちは、身分証に金貨が振り込まれたのを見てこの日の疲れが吹っ飛んだ。
たった1日で金貨を稼ぐなんてことは逆立ちしてもできなかったが、ジュンが狩った魔物の解体と運搬だけで、過去最高の金額が稼げたので嬉しくてたまらない。
しかもビッグボアとキラーウルフは肉や毛皮を採取していたが、ケルピーからはたてがみを採取するだけなので、解体時間が極端に減ったのも大きい。
ケルピーのたてがみは、シルクよりも触り心地の良い布になる。その布で作った服が王侯貴族に人気で、たてがみは大量に消費される。だから、ケルピーのたてがみはいくらあってもいい。
これまでの肉や毛皮よりも扱いやすいたてがみになって、ジョンソンはちょっとホッとしていた。
「ブレンダ、現場はどうだった」
ジョンソンは帰ってきたブレンダに声をかけた。
「あの子の魔法を最初に見た時、肝が冷えたわ」
「ハハハ。ブレンダの肝を冷やすとは、ジュンもやるな」
「それ、どういう意味かしら?」
「おっと、いけねぇ。査定があったんだ」
ブレンダの鋭い視線を受けて、ジョンソンは必死に査定を行っている部下の輪に入った。
「まったく……でも、あの子は将来有望ね。ブログネスのクランがちょっかいを出しているようだけど、守らないといけないわね」
将来有望なジュンを性質の悪いクランから守ることは、ギルドの利益に繋がる。
それに、ジュンならSランク冒険者になれるのではないかと、ブレンダは思った。
Aランクでさえほんの一握りしかいない。Sランクというのは、本当に雲の上の存在なのだ。そのSランクに届くかもしれないジュンを、性質の悪いクランに潰されるわけにはいかないのだ。
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ジュンはポーターたちを食事に誘った。冒険者も一緒だ。
「皆さん。いつもありがとうございます。また、これからもよろしくお願いします。乾杯」
ジュンたちの行きつけの食堂に23人が入って、皆に感謝の言葉を述べたジュンがグラスを掲げると、全員が木のグラスを掲げて乾杯した。
「ジュンさんのおかげで、俺たちは儲けさせてもらっている。感謝するのは、俺たちのほうさ」
エールを一気に飲み干した冒険者から、感謝の言葉があった。
「ジュン兄ちゃんのおかげで、オイラたちの暮らしが楽になったよ。それにレベルも上がって、本当に感謝しているよ」
「「「ポルテの言う通り!」」」
ポルテの言葉にポーター全員が同意した。
「感謝をするのは、僕のほうです。皆さんがいるから、僕は魔物狩りに集中できますから」
「皆して感謝し合えばいいじゃないか。主様もお前たちも、皆が幸せならそれでいいと思うぞ」
「「「そうだね!」」」
「「「そうだそうだ!」」」
ルルデの言葉で感謝合戦は終わり、食事や酒を皆で楽しんだ。
「そう言えば、昨日買ったDランクダンジョンの冊子を読みましたけど、いい感じで狩場がありそうです」
ジュンは横に座るルルデにそう言うと、果実水をクイッと飲んだ。
「Eランクダンジョンのアーマーライノは、本当に狩らないのか?」
「はい、狩りません。アーマーライノは群れないので、ルルデさんでも多くを連れてくるのは日が暮れてしまいます。それに、それをすると他の冒険者の邪魔になってしまいますから」
群れないアーマーライノを狩るのは時間の無駄であり、他の冒険者の邪魔になる。
それよりはDランクダンジョンへ入って、群れる魔物を狩ったほうがCHSCを稼げる。そう判断したのだ。
「Dランクダンジョンはいいのですが、問題はCランクダンジョンです。Cランクダンジョンは狩場が少なそうなんです」
「他のダンジョンに行けばいいんじゃないか?」
「他のダンジョンですか?」
「別にこのダンジョン都市に拘る必要はないだろ? ダンジョンは他にもあるんだから、そっちへ行けばいいと思うぞ」
「なるほど……その手がありましたね。他のCランクダンジョンの情報を集めるようにします」
「うむ、それがいい。私は主様の行くところについていくだけだ」
ルルデはどこまでもついて行くようだが、他の場所へ行くとなったらポルテたちポーターとはお別れになるだろう。せっかく気心が知れた仲間になったのに、別れるのは寂しい。
食事会が終わると、ポルテたちポーター6人にCランクダンジョンは他の場所に行くことを話した。
6人のうち5人は、家族がこのダンジョン都市にいるため他の場所へ行くことは考えていなかった。
「兄ちゃんが良いなら、オイラも連れてってよ」
ポルテだけは連れて行ってほしいと言う。
「でも、ポルテの家族はなんと言うのかな。僕のように家族が居ないとどこへいくのも身軽だけど、家族と離れて暮らすのは寂しいことだよ」
「父ちゃんは3年前に死んじゃったよ。母ちゃんの顔は知らないし、オイラも天涯孤独なんだ」
「なんだ、ポルテも親なしか。私たちと一緒だな! 親なんてものは、いつか死に別れるものだ。遅いか早いかの差でしかない。この世の中を楽しく生きようじゃないか。私は主様のおかげで、楽しめるようになったぞ!」
ジュンの背中をバンバンッと叩き、明るく振る舞うルルデ。両親が居ないのは一緒かもしれないが、ルルデにはドルドという伯父が居る。少なくともドルドはルルデを可愛がっている。
「姉ちゃんの言う通りだね。楽しく生きよう! ね、兄ちゃん」
「うん、そうだね。2人と一緒だと、悲しいという感情も湧いてこないよ」
「ハハハ。そうだろう、そうだろう!」
ポルテがずっと仲間でいてくれる。それだけで、ジュンは嬉しかった。
勇者とミリアによってつけられた心の傷は、まだ癒えてない。しかし、こういった仲間の存在が、心の傷を癒してくれるような気がした。