003_希望を胸に
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003_希望を胸に
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柔らかそうな淡い琥珀色の髪が、そよ風に揺らされる。前髪が揺れ、翡翠色の瞳の前を往復する。
小柄で細身のジュンの顔は中性的で、髪を長くしたら女性に間違われそうな容姿だ。
玄関先で椅子に座ったジュンは、ステータスボードと睨めっこをしていた。
ジョブが読めるようになったはいいが、そのジョブが効率厨というもの。
このジョブがどういったものか、さっぱり分からない。
シャル婆さんの家にはジョブに関する本があるが、その本には効率厨の記載はない。
同じくスキルの本もあるが、チェーンスコアというスキルについても記載はなかった。
能力は一般的な村人や農夫と大して変わりないもので、戦闘には向かない能力である。
●ステータス
【ジョブ】効率厨
【レベル】0
【経験値】0/10
【生命力】10/10
【魔力】5/5
【腕力】9
【体力】8
【知力】10
【抵抗】8
【器用】10
【俊敏】9
【スキル】チェーンスコア
【CHSC】0
【身分】流れ者
【賞罰】
ステータスボードは石板のようなものだが、空中に浮いていて自分のみに見えるものだ。ただし、本人の許可があれば、他人に見せることができる。
そのステータスボードの、効率厨の文字を人差し指でタッチする。
すると、その説明文が表示された。
『効率を追求する者。スキル・チェーンスコアを得る』
文字化けしている時は、この説明文が出なかった。それが今はちゃんと出ていてホッとする。
「効率を追求する……か」
ジュンは山に入っては、薬草などを採取していた。
その際、薬草の自生地や、採取後に再び薬草が生える時間を調べ尽くして、効率的に薬草採取をしていた。
また、山ウサギなどの動物を狩ることもあったが、その狩りの際も効率的にできるように考えていた。
そういった経験から、この効率厨というジョブが与えられたのかもしれない。
今度はチェーンスコアをタッチする。
『途切れること無く敵を倒す事により、チェーンスコアを得ることができる。CHSCのポイントを消費することで能力を上げたり、スキルを覚えたり、スキルレベルを上げることができる』
どうやら敵を連続で倒すとスキル・チェーンスコアが発動し、CHSCにポイントが貯まっていくようだ。
そのポイントを消費して各能力を上げ、スキルを覚え、スキルレベルを上げるというものらしい。
内容は理解できた。しかし、ここで疑問に思ったのは、チェーンスコアを消費して能力を上げるということだ。
通常、ジョブの下の欄にあるレベルが上がることで、能力は自動的に上昇する。
しかし、このチェーンスコアというスキルは、チェーンスコアを貯めて、それを消費することで能力を上げるというもの。
つまり、レベルがなんの意味もないのではないかという疑問が、脳内に浮かんでくる。
「とりあえずやってみて、考えればいいか」
やるための問題は2つ。
1つめは、敵が何を指すか。
2つめは、その敵を倒す手段がない。
山ウサギ程度であれば、子供の力でも倒せる。
ただし、山ウサギは逃げ足が速く、捕まえるのが大変だ。
「魔物相手だと厳しいかな」
能力が一般的な村人のものなので、戦う力はあまりない。
スキルもチェーンスコアという補助的なもの。
魔物相手でも、人間相手でも戦うのは簡単ではないとすぐに分かる。
「何をしているんだい?」
シャル婆さんがドアを開けて出てきた。
その手には桶が持たれているので、庭にある井戸で水を汲むのだと思った。
「僕がやります」
「そうかい、悪いね」
シャル婆さんは、その言葉を待ってましたと桶を渡した。
水を汲んで戻ってきたジュンが、桶を床に置くとシャル婆さんが声をかけた。
「それで、何を考え込んでいたんだい?」
ジュンの代わりに椅子に座ったシャル婆さんが尋ねる。
「僕のジョブは戦闘を前提としたものなんですけど―――」
ジュンはジョブとスキルの説明文を、語って聞かせた。
「なるほどねぇ。まあ、魔物は敵だろうね」
「ええ、そう思います」
「あとは人間と動物が敵になるかだけど、多分、どちらも敵とそうじゃない者に分かれるんじゃないかい」
「なるほど……」
「まあ、魔物なら敵だと思うから、魔物を狩ってみたらいいじゃないのかい」
魔物と動物の差は、体内に魔石を持っているかどうか。
魔石を持っていると、魔物に分類される。そして、全ての魔物が人を襲うと考えられている。
「僕に魔物と戦う力がありません。だから、どうやって戦うか考えていたんです」
「最善を尽くしな。それで失敗したって、最善を尽くさなかったことよりも後悔はないさ」
「最善を尽くす……はい。そうですね!」
「それに、戦いについては大丈夫さね」
「え?」
シャル婆さんは家の敷地の先に広がる森を見つめた。
この家は森の中に建てられていて、腰高の木の塀で囲まれている。
家を囲む森は魔の森と言われるほど危険な場所なので、ジュンは危険じゃないかと尋ねたことがある。
しかし、この家の周囲に二重の結界が張られていると、シャル婆さんは答えた。
半径2キロに強い魔物が入ってこれない結界、半径100メートルに弱い魔物が入ってこれない結界が張ってある。だから、家から100メートル以上離れなければ安全なのだ。
「この森にはビッグモスキートがウジャウジャしている。それを狩ればいいんだよ」
ビッグモスキートというのは、体長20センチほどの蚊の魔物である。
蚊なので人間の血を吸うが、普通の蚊と同じで痒みを伴う腫れができるだけで死ぬことはない。
両手でパチンと潰すことができる極めて弱い魔物であるが、大概は数十匹の群れを形成している。そのため、1匹は弱くても、5匹、10匹に血を吸われると貧血になって倒れてしまう。
「ビッグモスキートは群れて居るから……ん、待てよ……そうだ!」
ジュンは手を打った。
「シャル婆さん、網ってないですか?」
「網?」
「魚の漁をする網です」
「あぁ、あれかい。それなら、物置の中にあったと思うけどね」
「それ、もらえますか!?」
「いいよ、持っておいき」
「ありがとうございます」
ジュンは物置の中から網を引っ張り出した。
もう分かったと思うが、この網でビッグモスキートを一網打尽にしようというのだ。
「これだとちょっと目が大きいかな?」
網の目は3センチほど。
ビッグモスキートは体長こそ20センチ程あるが、その体は細い。3センチの目では、すり抜けられる可能性があるとジュンは考えた。
「補修用の糸もあるから、好きなように使いな」
「ありがとうございます!」
ジュンは補修用の糸で、目の大きさを半分にした。
見よう見まねで多少不格好な網目になったが、機能に問題がなければいい。
この作業に時間がかかり丸2日使ってしまったが、命には代えられない。
次はこの網を投げる練習だ。
網が広がるように投げるのは、意外と難しい。しかも、相手は動いている。少なくとも狙ったところに投げることができないと、使い物にならない。その練習に5日。思い立ってから1週間が経過していた。
「ジュンは小柄だから、剣よりはこっちのほうがいいね、これを持っておいき」
「何から何まで、ありがとうございます」
シャル婆さんは鉈を差し出してきた。ショートソードと言われる片手剣よりも短く軽い。
山や森に分け入ることが多かったジュンにとっては、使い慣れたものである。
鉈を受け取ったジュンは、それをベルトに挿した。
「それでは、行ってきます!」
「無理するんじゃないよ」
「はい」
網を肩に抱えて、意気揚々と家を出て行く。
やると決めたら、やる。過去のことは消すことはできないが、思い出さないようにした。
今のジュンはジョブ・効率厨とスキル・チェーンスコアのことだけを考えて進む。
むしろ何かをしていないと、勇者とミリアのことを思い出してしまうから集中してできた。
これからもそれは変わらないかもしれないが、少なくとも前に進むことができる。
家から少し歩いたところに、川が流れている。この辺りで倒木に引っかかっていたジュンは、運よくシャル婆さんに助けられた。
そのことがなければ、今頃死んでいただろう。死んでいたら、このように前に進むことができなかった。
シャル婆さんにもらった恩は、一生かけても返しきれないだろう。
「恩を返すためにも、効率厨をモノにしてみせる」
ビッグモスキートは川辺に多く居るため、川の周囲を注意深く探っていく。
山や森の中を歩くのは、幼い時からしてきた。魔物や動物の足跡や糞などで、近くに居るかどうかが分かる。
ただし、目当てのビッグモスキートは空を飛んでいるので、そういった情報を得ることができない。
「居た」
黒色の蠢くものが空中に浮いている。それがビッグモスキートの群れである。
小さく弱い魔物だが、それでも魔物である。