023_自爆
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023_自爆
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「クソッ!」
冒険者ギルドを出たルルデは地面を蹴った。
「ルルデさん、落ちついてください」
「主様は悔しくないのか。あんな言いがかりをつけられて」
「悔しいというよりは、残念です。でも、こういった冒険者が居るのは聞いていました。慌てず対応策を考えましょう」
ジュンが冷静に諫めると、ルルデは毒気を抜かれてしまった。
「ジュン兄ちゃんはそう言うけど、下手をすると本当に犯罪者にされちゃうよ」
ポルテが声をかけてくる。心配しているのが、よく分かる表情だ。
「なんとかなると思うよ。ダメでもポルテたちに、迷惑をかけないようにするから」
「そんなことじゃないんだよ。おいらたちは、ジュン兄ちゃんのことが心配なんだ」
ポルテたちの顔を見渡したジュンは微笑み、ありがとうと感謝の言葉を口にした。皆の優しさが身に染みる。
「お、渦中のEランク君じゃないか」
不意に声をかけられたジュンたちは、そちらを見た。
そこには人族と馬獣人が立っていた。ジュンはどこかで見たことあるようなと記憶を手繰った。ジュンが冒険者登録をした時に、クラン勧誘をしてきた2人だ。
「なんだ、お前たちは」
ルルデが牙を剥いて威嚇した。
「おいおい、俺たちはいい話を持ってきたんだぜ」
「見るからに胡散臭い奴の話など、信用できるか」
ルルデにバッサリと切り捨てられてしまう2人だが、相当な自信があるのか引く気配はない。
「そんなに怖い顔をするなよ、俺たちは仲裁してやろうってんだ」
「仲裁?」
「そうだぜ、新人君。新人君がトレインを擦りつけた奴らを俺たちは懇意にしているんだ。だから、今回の訴えを取り下げる仲裁をしても良いと思っているんだぜ」
「もちろん、仲裁にはそれなりに労力が要るわけで、分かるだろ」
人族の言葉を馬獣人が引き継ぎ、指で輪を作る。この2人は仲裁するから金を出せと言っているのだ。ジュンたちはすぐにそのことを理解して、眉間に皺を寄せる。
「主様。こんな奴らの話なんて信用できないぞ」
「ジュン兄ちゃん。おいらも、そう思うよ」
「怪しいぜ、こいつら」
「騙されてると思う」
「怪しさ満点だよ」
「止めたほうがいいんだな」
「どう考えても、こいつらが主犯」
ルルデ、ポルテ、ケット、ジェン、クク、ピクエ、メメヌの全員が、この話には裏があると思った。
「お前たちは黙ってろ! 俺たちはこの新人君と話してるんだよ!」
馬獣人が叫ぶと、ポルテたちはジュンとルルデの後ろに隠れた。
「どうだい、新人君。俺たちに仲裁を任せないか」
人族が厭らしい笑みを浮かべて、ジュンに判断を迫った。
「ありがたい話です」
「「それじゃあ!」」
「ちょっと考えさせてください」
「おいおい、こういうのは、即決しないと手遅れになるぜ」
「そうかもしれないですけど、考える時間が欲しいんです」
2人は執拗に判断を迫ったが、ジュンはのらりくらりとそれを躱した。
2人が諦めて離れていくのを見送り、ジュンはため息をついた。
「ジュン兄ちゃん。あいつらが企んだことだと思うよ」
「そうだね、僕もそう思うよ」
「あいつらを捕まえて吐かせればいいんだよ」
「それはダメです。証拠がありませんから」
ジュンは自分に考えがあるからと、ポルテたちを帰らせた。
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「それで、どうだった?」
ジュンの新人登録を担当したゴツイ獅子獣人がソファーに背を預けたまま、ロッシに質問した。
ここはギルドマスターの部屋。ソファーに座っている獅子獣人がギルドマスターのドルドである。
「あれは白だな」
ジュンのステータスボードを確認し、話を聞いた。嘘を言っているようには思えない。
警備部の責任者として多くの冒険者を見てきたが、ジュンはいい意味で素直、悪い言い方をするとお人好しだ。呼吸をするように嘘を吐く人間とは思えない。
だから、嘘をつけば、何かしらの癖が出る。そういった観察眼を持っているとロッシは自負している。
「つまり、ガルバたちが嘘を吐いているということか」
ガルバというEランク冒険者とその仲間3人が、ジュンを訴えた。
「その可能性が高いと思っている」
ロッシはジュンの話をできるだけ主観を入れずに語った。
「なんだ、それなら簡単じゃねぇか」
「どういうことだ?」
「実際にトレインを擦りつければいい。もう1回逃げおおせたら、ガルバたちの主張を認める」
「逃げきれなかったら、死んでジュンたちに詫びろってことか」
「そういうことだ」
なんとも滅茶苦茶な話だ。
そもそもロッシはガルバの訴えが嘘だと、気づいていた。
ガルバたちの証言を元に調査を行ったが、そんな事実は確認できなかったのだ。警備部の捜査能力を舐めるなと、怒りを感じていたほどだ。
まず、ビッグボアの群れからガルバたち4人が逃げることができるのかという疑問がある。
ガルバはイヌ獣人で俊敏が高い。だが、3人の仲間のうち、2人はそうではない。
ガルバは4人で必死に逃げたと証言しているが、ビッグボアから逃げられるのはせいぜい2人だ。そこに矛盾を感じていた。
次に、ガルバたちがダンジョンから出て来た時間だ。
ガルバたちが出て来た直後、数分の差でダンジョンから出て来た冒険者たちが居るが、その冒険者たちはビッグボアの群れは見ていないと言った。さらにその数分後に出て来た冒険者たちにも聞いたが、彼らも見ていなかった。
数分の差でしかないのだから、ビッグボアの群れが居たら大騒ぎになっていたはずだ。それなのに、まったくそういったことはなかったのだ。
もちろん、入り口から離れた場所で、ビッグボアの群れから逃げ切った可能性はある。しかし、それでは最初の疑問にぶち当たる。ガルバたちが助かるには、入り口のそばに居たことが前提になるのだ。
そしてジュンからの聞き取りを行い、ガルバたちが嘘を吐いているというのが、ほぼ確信に変わった。
あの歪な能力とレベルに合わない上級魔法。それを見せられたら、ジュンの話を否定できなかった。魔物の群れを他の冒険者に擦りつけるなど、もっての外である。
翌日、ロッシはガルバのパーティーを呼んだ。ジュンたちの顔を確認してもらうというのが、名目だ。実際には、ガルバたちの断罪の時間である。
そして、実際にトレインを発生させて、ガルバたちが本当に逃げ切れるのか、確認することになったと告げた。
「なっ!? そんなバカな話があるか!?」
「そうだ、そんなことしたら、死んでしまうだろ!」
「俺たちを殺す気か!?」
「ギルドの命令でも、拒否する!」
ガルバたち4人は、拒否する構えだ。当然と言えば、当然だろう。だが、自分たちがビッグボアの群れから逃げられないと、ここで自白しているのが分かっていない。
「ガルバさんがトレインから逃げ切ったという実績を見せてもらわないと、君たちが嘘を言っていると判断せざるを得ない。それでいいんだな?」
「「「「そ、それはっ!?」」」」
こんなはずではなかった。ジュンという小僧が毎日大金を稼いでいる。それを横からかっさらう。そのための嘘だった。
なのに、本当にビッグボアの群れから逃げろと言われるとは思ってもいなかった。どうすればいいのかと、考えを巡らせる。
「お、俺たちはダンジョンの入り口のそばに居たから助かったんだ」
「入り口というのは、どのくらいだ? 走って1分か? それとも10分か? 1、2分の誤差は構わないが、10分も20分も差があると証言が信用できないということになるから、4人でしっかり話し合ってくれ」
4人は顔を寄せ合って相談した。
「い、3分だ。すぐに外に出たから、そのくらいだったはずだ」
1分と言おうとして、3分にした。ただ、そうした方がいいと思っただけで、特に考えはない。
「なるほど……では、ビッグボアの群れは何体だったんだ? これも多少の誤差は構わない。10体か? 20体か?」
また4人は顔を寄せ合い、話し合った。
「20体くらいだったと思う」
「20体か。それは恐ろしかっただろう」
そう言っていて、ロッシは噴き出しそうになったのを堪えた。警備部の責任者として威厳のある表情を作るのに苦労している。
「ああ、本当に死ぬかと思ったよ」
「最後の確認だ。トレインを擦りつけられ、3分程走ってなんとかダンジョンの外に出た。その時間は、昨日の午後2時12分でいいな? こちらの記録ではそうなっている」
ダンジョンを出た記録は、冒険者ギルドが行っている。冒険者の出入りを管理しているためのものだが、こういったことにも使える。
「そ、そうだ」
その答えを聞いて、ロッシは笑いを堪えるのを止めた。盛大に笑った。それをガルバたち4人はきょとんとして見つめた。
「な、何がそんなにおかしいんだよ」
怪訝な表情でガルバが質問した。
「ガルバ。いや、お前たち。嘘をつくなら、もっと緻密に計画を立てろ」
「「「「なっ!?」」」」
ロッシはガルバたちの矛盾を1つ1つ指摘した。それを聞いたガルバたちは、顔を青くする。だが、諦めが悪かった。
「お、俺たちは被害者だぞ! 嘘なんか言ってない!」
「なら、本当にビッグボアの群れから逃げてもらおうか。4人全員が逃げ切ったら信用してやってもいいぞ」
「「「「そ、そんな……」」」」
「お前たちだけで、今回のことを考えたのか? それとも他に協力者が居るのか?」
ロッシの関心は事の真相から、共犯者の有無へと移っていた。
この尋問に先立つ午前中、ギルドに出頭したジュンから再び話を聞いた。
ジュンは事実無根だと改めて主張し、その上で人族と馬獣人の2人から接触を受けたと聞いた。
それを聞いたロッシは、部下にその2人のことを調べさせた。その情報はすぐに出てきて、中堅クランに所属している冒険者だと分かった。
この2人がガルバたちと繋がっているのかそうでないのかが、今のロッシの関心事である。
ガルバたちは観念して本当のことを話し出した。だが、人族と馬獣人の2人の関与は微妙だった。2人はガルバたちに簡単に金が稼げる方法を教えただけで、やれとは言っていないのだ。
教えたこと自体は罪にならない。犯罪を計画しても、実行してなければ罪に問えない。
ガルバたちはギルドの業務を妨害した罪、ジュンたちの稼ぎを邪魔した罪。この2つの罪で処罰されることになった。
ギルドに対しては罰金が金貨5枚と、3週間の冒険者資格の停止。ジュンに対しては1日分の稼ぎである銀貨1500枚(大金貨1枚と金貨5枚)と、迷惑料として金貨5枚の支払いが命じられた。
ジュンの1日分の稼ぎが銀貨1500枚というのは、前日にジュンたちがギルドに持ち込んだ素材の売却金額が銀貨1500枚以上になったからだ。
雷魔法・サンダーレインで一度に100体のビッグボアを屠り、魔石だけでも350個以上になった。しかも、ポーターたちがレベルアップして、持ち運べる肉の量も増えた。特にケットとジェンの収納士コンビのスキル・収納がレベル2になったのが大きかった。
今回の罰金や賠償金は高額だった。銀貨1500枚だけでも大金貨1枚と金貨5枚になる。そんな大金は4人の装備を売っても作れない。
この金額が払えない4人は、借金奴隷として身売りすることになった。冒険者資格の停止など4人には関係なくなってしまったのだ。
これも身から出た錆なので、ギルド職員たちは粛々と借金奴隷の手続きを行った。
こうして、ジュンが何かする前に全ての決着がついてしまった。
ガルバたちは自爆したのだ。悪いことをすると、こうなるぞという良い見本になった。
ジュンは真実を語り、ステータスボードを見せただけだが、ギルドはちゃんと受け止めてくれた。
訴えを起こしたガルバたちが奴隷落ちしたことはジュンに報告され、賠償金を受け取ったことで無実だと分かってもらえたのだと感じた。
もし冤罪で捕まった時は、商人のモーリスを頼ろうと思っていた。これまで稼いだ金を全て放出しても、真犯人を見つけてもらおうと思ったのだ。
だが、冒険者ギルドがしっかりと捜査してくれ、ジュンは無事に嫌疑を晴らすことができた。そのことに、感謝した。