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002_失意と決意

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 002_失意と決意

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「大変だ! 誰かが崖から飛び降りた!」

 勇者はジュンを崖の下に落とし、それをジュンが崖から飛び降りたことにした。

 その話はすぐにミリアの耳にも入った。

「ジュンが!?」

 駆け出したミリアの腕を勇者が掴んだ。

「離して、ジュンが、ジュンが」

「もう遅い。あの崖の下は激流だ。落ちたら助からない。それに、もし助かってもあの激流は魔の森に流れ込んでいる。彼はもう魔物に喰われているよ」

「そ、そんな……」

 その場に座り込んだミリアは泣きじゃくった。

 ジュンはなぜ崖から飛び降りたのか、なぜ自分に相談してくれなかったのか。


「聞けば、彼はジョブが文字化けしていて悩んでいたそうじゃないか」

 勇者のその言葉はミリアの心を抉った。

 ジュンが悩んでいるのに、自分は魔導士になったとはしゃいでしまった。

 悩んでいるジュンを置いて王都に行くことにした。

 自分がもっと親身になって、ジュンの悩みに耳を傾けていればジュンは自殺なんてしなかったのではないか。


「あぁぁぁ……ジュン……」

 ミリアを慰めるのは勇者。さも当然のようにその肩を抱き、耳元で慰めの言葉を囁く。

 その勇者がジュンを殺したと、誰も疑わない。なぜなら、彼は勇者だから。

 勇者がそんなことをするなんて、誰も考えなかったのだ。


「くくく。これでミリアは僕のものだ。何がジュンも一緒に王都に連れていくだ。ふざけるな! 僕のハーレムに入るのに、男なんか連れてくるなんてありえないだろ!」

 勇者のパーティーは剣聖と聖騎士、そして聖女が所属している。いずれも見目麗しい女性たちである。

 剣聖と聖騎士はすでに落とし、肉体関係を持っている。今は聖女を口説いているところだ。

 そこに魔導士のミリアが加わる。もちろん、ミリアもハーレム要員である。

 ドミニクは勇者であるが、色欲に溺れる勇者だった。


 ・

 ・

 ・


 崖から落とされたジュンは、激流に落ちた瞬間、その衝撃で気を失った。

 木の葉のように激流に流されたが、運良く倒木に引っかかっていたところを助けられた。


 今は助けてくれた人物の家のベッドに寝かされている。

 窓からジュンの顔に陽が差す。眩しさで目を開けたジュンが初めて見たのは、視界の先に浮かぶステータスボードだった。

「………」



 ●ステータス

【ジョブ】効率厨(アフィセンレーター)

【レベル】0

【経験値】0/10

【生命力】1/10

【魔力】5/5

【腕力】9

【体力】8

【知力】10

【抵抗】8

【器用】10

【俊敏】9

【スキル】チェーンスコア

【CHSC】0

【身分】流れ者

【賞罰】



「僕は……ジョブを得たのか……」

 あれほど望んだジョブがあるのに、なんの感慨もない。

 それ以上に勇者の言葉が衝撃的だったのだ。

 自分がそれほどミリアの重荷だったのか? 殺したいほどに、自分を憎んでいたのか?

 考えが巡り巡ってまた最初に戻る。無限ループの思考。


「ミリア……君は……」

 勇者が言っていた言葉が耳に残っている。どうしてあのまま死んでしまわなかったのかと、自分を責める。


 体を起こそうとした。

「っ!?」

 全身に痛みが走り、声にならない声が出る。

 ジュンの全身は包帯でグルグル巻きになっていた。

 まるでミイラのようで、これではとても起き上がれるものではない。


「誰かが助けてくれたんだね。でも、死にたかった……」

 淡い初恋。思い描いたミリアとの未来。ミリアが自分を殺して欲しいと勇者に頼んだことで、そういった夢や希望は打ち砕かれた。

 生きている実感がない。生きていく気力がない。助けてくれた人には悪いが、助けてくれなくてよかったのにと思う。


「生きていても仕方がない……」

「何をふざけたことを言ってるんだい」

「っ!?」

 部屋のドアが開いていて、そこに老婆の姿があった。まるで魔女のような鉤鼻の老婆だ。


「あなたが僕を助けてくれたのですか?」

「そうだよ。川から引き上げるのに、どれだけ苦労したと思っているんだい」

 誰が助けてくれと言った。そんな憎まれ口が出そうになった。

「あんた、何があったか知らないけどね、命ってのは簡単に捨てて良いものじゃないよ。生きたくたって生きられない者がどれだけいるか、考えてみることだよ」

「………」

 老婆の言葉が身に染みる。しかし、簡単に癒えるような心の傷ではない。

「スープを作ってくるから、それを食べてゆっくりと寝るこった」

 そう言い残して老婆は部屋を出て行った。


 しばらくして老婆がスープを持ってきたが、ジュンは体を動かすことができない。

 老婆曰く、骨折はなく全身打撲と無数の裂傷が体中にあるだけで、全治10日といったところらしい。

 ただし、全身を打っているので、数日は動けないだろう。


 あの川は魔物の居る魔の森の中を流れている。命が助かって良かったと老婆は笑みをこぼす。

 優しい人なんだろうと、ジュンは思う。だが、その優しさは今のジュンの心に響かない。


 動けないジュンに、老婆がスープを飲ませてくれる。

 老婆は無言でスープを飲ませ、ジュンもまた無言でスープを飲んだ。聞こえるのはジュンがスープを飲むわずかな音だけだ。

「あんた、名前は?」

 たまらず、老婆が口を開く。

「……ジュンです」

「そうかい。あたしゃ、シャルマーネって言うんだ。シャル婆さんとでも呼んでおくれ」


 2日後には自力でスープが飲めるようになった。さらに数日で自力で立ち上がれるようになった。

「それで、落ちついたかい?」

「少しは」

「ふん、若いんだから、死のうだなんて思うんじゃないよ。何度だってやり直せるだろうに」

 やり直したくてもやり直せないこともある。

 今は心に負った傷が、重荷になっている。


「ジュンの家はどこだい? 動けるようになったら、家の近くまで送って行ってあげるよ」

「家……ですか……」

 隣の家はミリアの両親が住んでいる。どういった顔でミリアの両親と顔を合わせるのか? ミリアに不快な思いをさせた自分が悪いのか?

 知り合いと顔を合わせるのが怖い。もしかしたら、また命を狙われるかもしれない。


 勇者は世界を平和に導く存在で、嘘をつくとは思ってもいない。ミリアを信じたくても、勇者の言葉がそれを否定した。

 初めて会った勇者の言葉が、自分を殺せとミリアが言ったことを信じ込ます。

 それは、あの勇者に魅惑というスキルがあるからだ。スキル・魅惑の効果によって、多くの者は勇者の言葉を信じてしまうのだ。

 レベル0のジュンが勇者のスキル・魅惑を抵抗(レジスト)することなど、不可能に近い。


 シャル婆さんに看病してもらい、優しく、時には厳しく諭された。

 そのおかげで、また生きてみようと思えるようになった。そんな中でまた命を狙われたらと思ってしまう。

 それに、家に帰っても誰かが待っているわけではない。

 殺されかけたのだから、臆病になってしまうのは悪いことではない。

 ただ、父と母の形見が家に置いてあるので、それを回収したいと思う。

 ジュンの身に何があったかは知らないが、帰りたくない何かがあると気づいているシャル婆さんは、ゆっくりと考えればいいと言う。


 さらに数日が過ぎた。ジュンは順調に回復して、普通に動けるようになった。

 ただし、いくつかの裂傷の痕が残り、目立ったところでは眉間の上に傷痕が残ってしまった。

「で、家に帰る決心はできたかい?」

 朝食を食べながら、シャル婆さんが訪ねる。

「シャル婆さんには迷惑をかけっぱなしで、本当にすみません」

「そんなことはいいんだよ」

「僕は家に帰らないつもりです」

「家族が心配してるんじゃないかい?」

「両親はすでに他界していますし、兄弟もいません。ですから大丈夫です」

 両親の形見だけが心残り。だが、帰るのが怖い。

「そうかい……でも、知り合いや友達はどうするんだい?」

「……正直に言いますと、僕は15歳になった時にジョブが文字化けして読めなかったので、村人たちから煙たがられていました」

「ほう、ジョブが文字化けしてたのかい」

「はい。ですから、僕が居なくなって村の人たちは清々していると思います」

「なるほどねぇ。あんた、今はジョブが見えてるんじゃないかい?」

「え……なぜそれを?」

「あたしも同じだったんだよ」

「え……」


 シャル婆さんは、自分も昔はジョブが文字化けしていて見えなかったと語った。

「命の危機を迎えると、ジョブが読めるようになったんだよ。あたしは、それを覚醒と呼んでいるんだけどね」

「覚醒」

「そう、覚醒さ。ジョブは魂に刻まれるんだ。その魂に大きな負荷がかかったり傷を負うと、ジョブが覚醒するとあたしは考えている」


 ミリアに裏切られ、勇者に殺されかけたことで、ジュンの魂が酷く傷ついた。そのことで、ジョブが覚醒した。

 それと同じようなことを、目の前に座ってパンを齧っているシャル婆さんも経験しているのだと、シャル婆さんに親近感が湧いてきた。

「なんだい、その目は。言っておくけど、あたしはジュンみたいにウジウジしてないからね」

「僕はウジウジしていますか?」

「しているねぇ。鬱陶しいくらいさ」

「す、すみません」

「せっかく覚醒したんだから、そのジョブを鍛えてあんたを邪険にした奴らを見返してやりな」

「……見返す。ですか」

「そうさ。見返したり、やり返すことだってできるし、逆にそういった奴らを無視して高みを目指すことだってできるんだ。生きていたら、なんだってできるんだよ」

「……はい。僕は高みを目指してみたいと思います!」

 シャル婆さんの言葉は、妙に納得できたし心に染み渡った。

 自分と同じように、ジョブが文字化けしていた仲間意識なのかもしれない。

 目の前に、自分と同じように文字化けしていたことを克服した人が居る。そのことが勇気を与え、自分でも何かできると思った。


 

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