017_マラソン要員
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017_マラソン要員
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「なんだと!? あっ……すみません」
ジュンを主と決めて仕えようとしたが、野性味溢れる性格のルルデでは丁寧な言葉遣いはできずにシュンッとなる。
奴隷になる者の多くは貧困層だ。そういった奴隷に言葉遣いをどうこうと言っても、簡単に身につくものではない。もちろん、ルルデが貧乏人だったかは、ジュンには分からない。
ただ、獣人は基本的に言葉使いよりも強さを優先するため、比較的乱暴な言葉遣いになりやすい傾向があるのはジュンも理解していることだ。
「無理に言葉遣いを直さなくてもいいですよ」
「た、助かる。主様も私に丁寧な言葉遣いをしなくてもいいぞ」
「これは僕の癖だから」
「そうなのか……」
奴隷よりも主であるジュンのほうが丁寧な言葉遣いをし、物腰も柔らかい。どちらが奴隷か分からない。
「それでですね、僕の狩りは魔法で魔物を一掃するものだから、ルルデさんには魔物を集めてきてほしいのです」
「私は戦わないのか?」
「すみませんが、戦いません。魔物を集めるために、走り回ってもらえばいいのです。あ、他の冒険者の方々に迷惑にならないようにしてください」
ルルデは地面に座り込んで胡坐をかいた。
質の悪い薄い布のワンピースを着ているだけなので、すらっとした足が露わになる。
年頃のジュンだが女性不信に陥っているためか、ルルデの生足を見てもなんとも思わなかった。
「それではせっかくジョブが分かっても……」
「すみませんが、僕が必要なのは戦う人ではなく、走る人です」
ルルデは大きくため息をつくと、髪を乱暴にかきむしった。
「誇り高き獅子獣人は、受けた恩を必ず返す。たとえ、戦わなくても主様のためにこの身を捧げよう」
「いや、そんな大げさなことではなくて、魔物を引き連れて走ってくれればいいのです」
魔物を引き連れて走るのは、かなりヤバいことだ。最近のジュンはそういった常識がなくなっていた。
ルルデは胡坐の状態から飛び上がってすくっと立った。
「やるからには全力で取り組む。主様、どの魔物を連れてくればいいのだ?」
「その前に、ルルデさんのジョブを教えてもらえますか?」
「そうだったな! 見てくれ」
ルルデは流れるような動きでジュンにステータスボードを見せた。
●ルルデ・ステータス
【ジョブ】黄金戦士
【レベル】0
【経験値】0/10
【生命力】50/50
【魔力】10/10
【腕力】30
【体力】35
【知力】5
【抵抗】15
【器用】10
【俊敏】30
【スキル】黄金気Lv1
【身分】奴隷
【賞罰】
「ん……。能力値が軒並み上がっていますね」
「それもジョブの効果だろう」
ジュンの時は能力値にまったく変化はなかったのに、ルルデには変化がある。ジョブによってはこのように、大幅に能力が向上するのだろう。
「この黄金気とういのは、どういったスキルなのですか?」
スキル・黄金気は、各能力を一時的に上昇させるスキルだ。レベル1では30秒間各能力を2倍にするというものだ。
「この黄金気は凄い効果ですね。レベルがあるということは、レベルアップすればもっと使い勝手がよくなるってことですね」
今は30秒と使える時間は少ないが、スキルレベルを上げればその時間が増える可能性は十分にある。
効率厨のジュンとは違い、レベルが上がれば各能力も上がるはず。能力が2倍になるという黄金気は凄まじい可能性を秘めているはずである。
ステータスの確認を終えて、本題に入る。
「ルルデさん、地図を見てください。ここからここまでに、マッドゴーレムが群れています。それから、ここからここも……」
「主様。すまないが、地図の見方が分からない」
「あ……なるほど……」
地図の見方が分からないのも仕方がない。ルルデはこれまでに1度も地図を見たことがないのだ。
「方角は分かりますか?」
「なんとなく」
「……ちょっと心配になってきました。ルルデさんが魔物を大量に引き連れて他の冒険者に突っこむ未来が……」
「それはない」
「でも、地図も方角も分からないんですよね?」
「だが、主様の匂いと音は分かる。マッドゴーレムだってどこにいるか分かる。冒険者もだ」
「鼻と耳……」
獣人の鼻と耳は、スキルがなくても広範囲のものを判別できる。それこそ聴覚強化Lv2のジュンよりもはるかに広い範囲をカバーできるのだ。
とりあえず、自分の狩りを見せることにしたジュンは、マッドゴーレムが群れている場所に向かった。
「あのマッドゴーレムの前を横切って、マッドゴーレムを引き連れて走ります」
走り出してマッドゴーレムの前を横切る。その後に続くルルデ。
マッドゴーレムがジュンとルルデに反応して追いかけてくる。
ジュンはとにかく走って、次から次にマッドゴーレムを引き連れていく。
「このくらいの数になったら、僕のところに連れてきてください」
50体ほどのマッドゴーレムが蠢く光景は、戦闘狂のルルデでもさすがに引くものがあった。
ジュンはゴーレムとの距離を取り、立ち止まって雷魔法・サンダーを発動させた。
サンダーの発動時間は通常8秒。今は時間短縮Lv3の効果で5.6秒になっている。
轟音と共に閃光が迸り、ゴーレムの群れに襲いかかる。
通常はレベル15以上の魔法使いが使う魔法。しかも、ジュンの知力は80もある。
魔法の攻撃力は知力に依存する。圧倒的な知力値を誇るジュンが発動したサンダーによって、ゴーレムたちは蹂躙された。
「なんだ……これが主様の力なのか……」
さすがのルルデも、この光景を目の当たりにして絶句した。
「これから魔石を回収します。最初は2人でマッドゴーレムを解体しますが、目途がついたらルルデさんはマッドゴーレムを連れてきてほしいのです」
「……分かった。行ってくる」
「あ、まだいいです。解体に数時間かかりますから……」
これだけのマッドゴーレムを1人で解体するのは、3時間以上かかるだろう。だから、最初は2人で解体する。
ルルデに解体の方法を教えながら、1時間が過ぎた。まだ20体程のマッドゴーレムが未解体で残っている。
ルルデは解体のような作業は得意ではないようで、かなり苦労しているのが分かる。獣人の特性か、それともルルデの性格か。多分、どちらもだろう。
「ルルデさん、そろそろいいと思います。先ほどのようにマッドゴーレムを引き連れてきてもらえますか」
「応! 任せとけ!」
解体に飽き飽きしていたルルデは、待ってましたとばかりに飛んで行った。
一抹の不安はあるが、なんとなく上手くやってくれると思った。それよりも問題は解体だ。ルルデと2人がかりでも時間がかかる。もっと人手が要ると思った。
ジュンが全ての魔石を回収し終える前に、ルルデが大量のゴーレムを引き連れて帰ってきた。
「ちゃんとゴーレムを連れてきてくれたようだね」
見方によっては、ゴーレムに追われるルルデだが、これを頼んだジュンはいい笑顔を見せる。
「主様!」
「ご苦労様です!」
雷魔法・サンダーによってゴーレムが一掃された。
その光景を見たルルデは、何度見ても凄まじい威力だと感心した。
再び解体を始める2人。ルルデの手つきは相変わらずおぼつかない。それでも居ないよりはマシだ。
「ルルデさん、疲れてないですか?」
「大丈夫だ。またマッドゴーレムを連れてくればいいのか?」
「いえ、まだ魔石の回収があるので、もう少し後でいいです」
「……そうか、分かった」
とても残念そうにうな垂れるルルデを見て、「フフフ」と笑うジュン。
マッドゴーレムの魔石は、胸を10センチほど掘ったところにある。
ジュンは鉈を使って器用に魔石を取り出すが、ルルデは鉈を使ったことがないし、何より不器用だった。
結局、ルルデは獅子獣人特有の爪で、マッドゴーレムの胸を掘り返す。
動いていた時のように傷口を塞ぐようなリカバリーがなく、爪で十分に掘れた。
解体に目途が立つと、ジュンは立ち上がって腰をトントンと叩く。かがんでの作業は大変だ。
「次をお願いします」
「分かった」
解体しているとマッドゴーレムがリポップしている時間になる。これがいいか悪いかは別として、先ほどと同じくらいの数が見込める。
ジュンの言葉を聞き駆け出したルルデは、心なしかさきほどよりも速度が上がっているように見える。
マッドゴーレムを大量に倒している。その経験値はジュンの奴隷であるルルデにも分配されている。
それによってルルデのレベルが上がり、能力が上昇したのだ。
しばらくすると、ルルデがマッドゴーレムを引き連れて帰って来る。
そのマッドゴーレムをジュンが雷魔法・サンダーで一掃して、ルルデにとっては苦痛の解体の時間が始まった。
結局、この日は4回しか狩りができなかった。
魔石を回収するという行為がなければ、もっと稼げるだろう。しかし、それでは生活ができない。魔石回収は必要なことである。
「ルルデさんのおかげで、たくさん狩れました。ありがとうございます」
「……いい」
ルルデはただ走っただけと思っている。
ゴーレムを引き連れて走ることは意外と難しいのだが、それでもルルデの中では走っただけなのだ。
だから、不満ではないが、心がもやもやとしていた。
●ジュン・ステータス
【ジョブ】効率厨
【レベル】13
【経験値】680/1400
【生命力】70/70
【魔力】155/155
【腕力】24
【体力】33
【知力】80
【抵抗】75
【器用】62
【俊敏】37
【スキル】チェーンスコア
【感覚スキル】聴覚強化Lv2
【補助スキル】時間短縮Lv3
【下級魔法】エアカッター
【中級魔法】トルネド サンダー
【CHSC】744
【身分】冒険者
【賞罰】
●ルルデ・ステータス
【ジョブ】黄金戦士
【レベル】11
【経験値】420/1200
【生命力】215/215
【魔力】32/32
【腕力】96
【体力】101
【知力】16
【抵抗】37
【器用】32
【俊敏】96
【スキル】黄金気Lv1
【身分】奴隷
【賞罰】