016_ルルデの挑戦
■■■■■■■■■■
016_ルルデの挑戦
■■■■■■■■■■
ジュンが入れるのは、GランクダンジョンとFランクダンジョンである。
ジュンの奴隷であるルルデが入れるのも、同じGランクダンジョンとFランクダンジョンになる。
ダンジョン都市周辺の魔物事情はジュンに分からないので、ルルデに聞いてみる。
「奴隷になってからこのダンジョン都市に来たから分からない」
「そうなんだ……そうすると、Fランクダンジョンのゴーレムを相手に戦うのが良いと思うけど、ルルデさんの考えはどうかな?」
「ゴーレムのことは、まったく知らない。お前が判断してくれ」
「僕が……」
ルルデの命に係わることだから、簡単に判断はできない。そう思ったジュンはルルデに一緒に考えようと提案する。
「死んでも恨まん。良いようにしてくれ」
ルルデは考えるのは得意ではない。考えるよりも先に体が動くタイプのようだ。
ルルデの能力は腕力や体力、俊敏が高いものだ。獣人は魔法系が苦手で体を使うことが得意。
逆に物作りはあまり得意ではない、所謂脳筋能力である。
もちろん、個人差はあるが、ルルデは一般的な獣人のステータスである。
能力の中で一番高いのは体力20で、俊敏18と腕力15が続く。
ゴーレムはレベル6だが、俊敏は低い。恐らくレベル0のルルデでもなんとかなるのではないかと考えた。
しかし、ゴーレムの腕力と体力はルルデよりもはるかに高い。
つまり、攻撃がクリーンヒットすると、瀕死になりかねない相手である。
そのことをルルデに説明すると、牙を見せて獰猛に笑った。
「望むところだ。それに、そうでなくては命の危機などないだろ?」
「そうなんだけど、本当に危険だよ」
「どの道、このまま屈辱に耐えて生きるよりはいい」
ルルデは本気でやるようだ。今日初めて会ったジュンの言葉を信じて疑わないのではなく、ジョブやスキルが読めないなら死んだほうがマシという考えなのだ。
ジュンはルルデの命を軽く考えているわけではない。
それでも文字化けを解消する方法を教えてあげれば、自分同様にルルデの人生も変わると思ったのだ。
しかし、よく考えたら命を危険に曝すことになる。そのことを教えたことに後悔がつきまとった。
「武器は何を使うのですか?」
「武器は使ったことがない」
ルルデは拳を見せて、これが武器だと胸を張った。
なかなか大きな胸が揺れるが、それに目を奪われるジュンではなかった。幼馴染のミリアに裏切られ、女性への不信感があるジュンにとってそれは魅力にならないのだ。
勇者に殺されかけたのだから男性にも不信感はある。だが、勇者の蛮行よりもミリアの裏切りのほうがジュンの心に与えたダメージは大きかった。
つまり、ジュンは軽い女性不信に陥っているのである。
それなのに、ルルデを購入したのは、自分と同じ境遇の彼女のことが放っておけなかった。軽い女性不信よりも、お人好しが勝ったのである。
Fランクダンジョンに入った2人の前に、ゴーレムが現れた。
「あれがゴーレムか!」
砂の体をした人型の魔物で、腕力と体力が高い。
ルルデよりも頭1つ分大きい体をしていて、体力の高さを物語っている。
だが、その動きは重鈍であり、気を抜かなければジュンでも攻撃を躱すのは難しくない。
「ルルデさん、本当にやるんですか?」
「くどい」
キッとジュンを睨んだルルデ。
「私が死んだら、金貨1枚が無駄になるあんたには、悪いと思っている」
「いえ、そういうことではなくですね……」
文字化けを解消するためとは言え、下手をすれば死に至る。
そんなことを本当にするのかと、ルルデに問いただした。
ジュンも文字化けのことではかなり悩んだが、それでも魔物に立ち向かえるかと言ったらおそらく無理だろう。
自分は殺されかけて、文字化けが解消された。その点においては、勇者に感謝しなければいけないのかもしれない。
だからといって、勇者とミリアを許す気にはなれないが……。
ルルデはゴーレムに向かっていった。
その口元には笑みが湛えられている。
「狂ってる……」
嬉々として死地に向かうルルデの姿は、まるで悪魔のように見えた。
だが、あの勇者とは違う何かがルルデにはあった。それが何かは分からない。
ルルデの攻撃はゴーレムの硬い体に阻まれ、ほとんどダメージを与えられない。
対して、ゴーレムの攻撃はルルデに当たらない。もし当たれば、即死もあり得るだろう。
お互いに攻め手に欠く攻防が続く。
当然だが、時間が経過すればするほど、疲れによってルルデの動きは悪くなっていく。
いくら体力がある獣人とは言っても、レベル0のルルデである。レベル6のゴーレムに及ぶ者ではない。それに、ゴーレムは疲れない。ただ、人間を襲うために動き続けるのだ。
ルルデの動きは徐々に悪くなり、被弾が多くなっていく。
どれもギリギリのところで躱して掠っている程度のものだが、その数が徐々に増えていくのである。
「それでも、笑っている……」
ルルデが戦いを楽しんでいるようにしか、ジュンには見えない。
実際にルルデは戦いを楽しんでいるのだから、ジュンの目は正しい。
勝てるわけがない戦い。そんな戦いに挑んでいるのに、笑うルルデの思考回路がジュンには理解できなかった。
もっとも、この戦いは勝つ必要がない。むしろ勝ってはいけないものである。
賭けるのは自分の命。その代償にジョブの文字化けが解消するというもの。
だが、命を賭けてもジョブの文字化けが解消するとは限らない。可能性が高いというだけで、絶対に解消されるとは限らないのだ。
そしてついにその瞬間は訪れた。
ゴーレムの太い腕がルルデを直撃。吹き飛んだルルデは、一瞬で意識を手放した。
「エアカッター!」
エアカッターの発動時間は2秒。
今回、ジュンはCHSCを合計で360ポイント消費し、時間短縮をレベル3に上げていた。
時間短縮Lv3は発動及び再使用時間を30パーセント削減するスキル。
よって、エアカッターの発動時間は、1.4秒に減っている。
ほとんど時間差なしに発動したエアカッターは、スパッとゴーレムの体を切り裂いた。
左肩から右腰にかけて線が現れ、その線に沿ってズルルッと上半身が落ちた。
「ルルデさん!」
倒れているルルデに駆け寄るが、その顔は気絶しながら笑っていた。
常に眉間にシワを寄せているような厳しい表情をしていたルルデだが、死にかけているこの状況でだらしない表情をしていることに、ジュンはかなり引いた。
気絶しながら笑うとか、ホラーである。
「これ、飲んで」
シャル婆さんからもらった白銀の指輪からライフポーションを取り出して、ルルデの口へ持っていく。
このライフポーションはシャル婆さんがジュン用に作ってくれたもので、生命力を回復させる魔法薬である。
だが、気絶しているルルデはライフポーションを飲んでくれない。
考えたジュンはライフポーションを自分の口に含み、笑みを浮かべるルルデの口に押しやった。
なんとかルルデの喉を通っていくライフポーション。これで一安心だと思ったところで、ルルデの目が開く。
お互いの視線が合う。しかも、至近距離で。さらに、口同士がくっついている。
「「………」」
お互いに見つめ合うこと数秒。
ガチンッという音と共に、頬に激しい痛みが走る。
「何をする!?」
「あ、いえ、その僕はこれを……」
ライフポーションの空瓶をルルデに見せて誤解を解こうとする。
「あぁん? それがなんだと言うんだ」
どこぞのチンピラのように凄むルルデ。
ジュンは困ったなと、グーパンチされた頬を擦る。
あえて言うが、平手打ちではなくグーパンチである。
奴隷は主人に危害を加えることができない。だが、契約違反を強制する主に関してはその限りではない。
今回は契約違反と判定されたようだ。
「そ、それよりも、ジョブはどうなりましたか?」
「あっ!? そうだった!」
ルルデは慌ててステータスボードを呼び出した。
そしてそこに書かれていることをジッと見つめ、その目に次第に涙が浮かんでいく。
「読める……ジョブが読めるぞ!」
どうやら成功したようだと、ジュンは胸を撫で下ろした。
これでジョブの文字化けが解消されていなかったら、ジュンは殴られ損である。
「無事にジョブが読めるようになったようですね。おめでとうございます」
「おう、お前のおかげだ! いや、主様のおかげでしゅ」
さきほどまでとは違った丁寧な言葉を使おうとして、噛んでしまったルルデが恥ずかしそうにする。
「主様には私のジョブを読めるようにしてくれた恩がありましゅ……。一生をかけて、報いるつもりでしゅ」
恥ずかしそうに目を合わさずに、噛み噛みで恩を返すというルルデ。
「恩なんか感じる必要はないですから、1年間は僕の狩りの手伝いをしてください」
1年すれば、奴隷契約は自然と消滅する。それまで魔物を狩る手伝いをしてほしい。それだけでいいのだ。