010_別れ、そして遭遇
※ちょっと長いです。2話分くらいあります。
■■■■■■■■■■
010_別れ、そして遭遇
■■■■■■■■■■
翌朝早くから、ルディオたちはテントなどをしまい、出発の準備を整えた。
準備のできたジュンが外に出ようとしたら、シャル婆さんに呼び止められた。
「これは餞別だよ」
シャル婆さんは、白銀の指輪をジュンに差し出した。
「僕は何も恩返しができてないのに、こんなものをもらうことできません」
「まだそんなこと言っているのかい。恩だとか仇なんて忘れてしまいな。そんなものに拘っていて、いいことないよ」
シャル婆さんが餞別として与えたのは、アイテムボックスである。
シャル婆さんが作る魔道具としては、容量は多くない。それでも200キロ程度のものを入れることができるものだ。
「こんないいものを……」
「大したものじゃないよ。それこそ、売るほどあるからね」
魔道具師のシャル婆さん渾身のギャグである。だが、ジュンにはそれがわからず、真面目に受け取った。
「はい。ありがとうございます。大事にしますね」
「……そうしておくれ。それとこれを持ってお行き」
今度はジュンの拳の半分ほどの大きさのクリスタルを出してきた。
「これは……?」
「魔結晶だよ」
魔結晶というのは、魔石以上の魔力を内包する高魔力結晶のことである。
この大きさの魔結晶であれば、かなりの魔力が内包していることだろう。
「そんないい物をもらえません」
「これはあんたが狩ってきたビックモスキートの魔石を加工したものだ。だからジュンが持ってお行き」
ジュンが狩ったビックモスキートの数は2000匹を超える。
その魔石を加工して魔結晶にしただけなので、これはジュンのものだとシャル婆さんは諭すように言う。
「これを売れば、金貨5枚くらいにはなるはずだから、お金に困ったらお売り」
「ありがとうございます」
貨幣には銅貨・大銅貨・銀貨・大銀貨・金貨・大金貨の6種類がある。
価値はそれぞれ10倍になっていくので、金貨5枚は銅貨5万枚になる。かなりの大金だ。
「それじゃあ、お行き。怪我には気をつけるんだよ」
「はい。ありがとうございます」
外に出ると、モーリスがシャル婆さんに近づく。
「それでは、また2カ月後にお伺いいたします」
「ああ、要望があった魔道具は作っておくよ」
「よろしくお願いいたします」
深々と頭を下げるモーリス。
「ジュンを頼んだよ」
「はい。ダンジョン都市まで、間違いなくお送りします」
モーリスはダンジョン都市に本店を構える大商人。
彼の護衛たちの半分は専属護衛であるが、半分は現役の冒険者だ。ダンジョン都市でもそれなりに名の知れた者たちである。
「モーリスさん。よろしくお願いします」
「はい、こちらこそよろしくお願いいたします」
ジュンはシャル婆さんの家が見えなくなるまで手を振った。
絶望していたジュンに再び生きる力を与えてくれたシャル婆さんが住む家。また戻ってこようと、心に決めた旅立ちである。
「なんだ、泣いているのか?」
護衛で現役冒険者のルッツが、ジュンの顔を覗き込んでくる。
ルッツは護衛の中では一番年齢が低い。と言っても、23歳なので、ジュンよりも8歳も年上である。
「泣いてません。これは汗です」
「ハハハ。そうか、目から汗が流れ出ているだけか。器用な奴だ」
「ルッツ。喋ってないでしっかり周辺を警戒しろ!」
「へーい」
いい加減そうに見えるルッツだが、両親の代わりに弟妹たちを育て上げたしっかり者の長男である。だから、若いジュンを放っておけないのだ。
ルッツのように両親の居ない子供は多い。理由は色々あるが、ちょっとしたことで命を失う。それが、この世界なのだ。
魔の森は深い。横断しようものなら、1カ月以上かかるくらい深い森である。
そんな魔の森だが、シャル婆さんの家は比較的外周部にあり、2日ほどで森を抜けることができる。それでも1晩は森の中で野営をしなければならない。
運が悪いことに、初日の昼前から雨が降り出した。雨は徐々に雨脚を強め、夕方には土砂降りになった。
鬱蒼と繁った木々の枝葉によって雨は遮られるところもあるが、かなり激しい雨だ。
「こりゃあダメだな。ぬかるみのおかげで、進みが遅くなっている」
速度が遅くなったと、虎獣人のゲッツが愚痴る。
3日目も雨が降り続き、ジュンやモーリスだけではなく護衛たちの顔にも疲労の色が見える。
「この調子だと、今日中に森を抜けられそうにないぞ」
森を抜けるのは4日目になると吐き捨てた。
「それに、雨音で魔物の接近する音がまったく聞こえないし、鼻も利かない。この時期はこれがあるから、面倒だ」
「ああ、面倒だな」
ルディオもゲッツの意見を支持した。
予想通り3日目の夜も森の中で過ごすことになってしまった。
そして、事件は起きた。
「おい、起きろ! 全員起きるんだ!」
見張りをしていたゲッツの声で、ジュンたちは起こされた。
「ゲッツ。何が来たんだ?」
「スライムだ」
「はあ? スライムなんて、見張りだけでぶっ潰せよ」
ルディオを呆れ果てた。
「バカ野郎。スライムごときで、起こすわけないだろ!」
「今、スライムって言っただろ」
「スライムはスライムでも、わけの分からないスライムだ」
「……どこだ?」
ルディオはすぐにそのスライムが見えるところまで向かった。
「ちっ、こっちに近づいてくるぜ」
ゲッツが舌打ちするのも無理はない。
彼らのほうに向かってくるスライムは、ありえない大きさなのだ。
通常、スライムは30センチほどの球体で、ジェル状の魔物である。しかし、目の前にいるのはスライムの姿はそのままだが、3メートルはありそうな大きさなのだ。
「キングスライムか」
ルディオが苦々しい表情をした。
通常のスライムであれば、10匹だろうと100匹だろうと、問題なく殲滅できる戦力がある。
スライムはレベルで言えば、低レベルの2である。だが、キングスライムはレベル50の化け物である。
しかも、物理攻撃に高い耐性を持っているため、元Aランク冒険者のルディオでも、単独で勝てる見込みはない。
「ちっ、逃げるぞ」
「賛成だ」
ルディオは即断した。
キングスライムから逃げることを決めたルディオの対応は速かった。
モーリスが持つ魔道具、アイテムボックスの中にテントなどを無造作に放り込ませた。
雇い主だが、こういう緊急時の対応はルディオの考えが優先される。たとえ、雇い主であろうとも、命のかかっていることなので、反論はさせない迫力があった。
ジュンもアイテムボックスを持っているので、手伝うと言った。
「ジュンもアイテムボックスを持っているのか」
「はい。シャル婆さんにもらいました」
「だったらお前のにも、とにかく放り込んでくれ」
「分かりました」
ジュンも手伝ったおかげで、思ったより早く回収は終わった。
「ルッツが先行しろ」
「あいよ!」
ルディオの指示でルッツが先行し、ゲッツが最後尾を任せられた。
「ジュンさん、こちらです。急ぎましょう」
「はい」
ジュンもモーリスと共に足早にルッツを追う。
「ちっ。速度を上げやがったぞ!」
キングスライムが速度を上げた。この集団を捕捉して追いかけてくると、ゲッツが知らせる。
木々を素通りするような錯覚を覚える程、キングスライムの移動速度は速い。間違いなく一行よりも速く、このままでは追い付かれるとゲッツは言う。
「ルッツはそのまま行け。モーリスさんはルッツについて行ってくれ。サルム、ジェンド、アルド、ハーゼンは俺と来い。ゲッツはそのままケツを守っていけ」
「おう、死ぬなよ」
「こんなところで死ねるかよ」
ルディオが立ち止まって、踵を返す。同時にゲッツとハイタッチし、護衛部隊のリーダーを委ねる。
「サルムとジェンドは魔法だ。撃ちまくれ」
「「了解」」
キングスライムの特徴は、物理攻撃に滅法強いことだろう。そのため、魔法攻撃が有効である。また、スライム系の魔物は火属性と雷属性が弱点なのだが、今は雨が降っていて火属性は威力が下がってしまう。
それでもジェンドは火魔法の使い手だ。2属性持ちなら良かったが、そういった魔法使いは少ない。火魔法しか攻撃手段がないので最大火力の魔法を撃つ。
「バースト、撃つぞ!」
Cランク冒険者のジェンドが叫ぶと、キングスライムに接近して戦っていたルディオ、アルド、ハーゼンが飛び退いた。
火属性の中級魔法であるバーストが炸裂する。キングスライムのジェル状の体が飛び散った。
「喰らえ、タイフーンだ!」
サルムは元Bランク冒険者で、風属性上級魔法のタイフーンを覚えている。上級魔法の使い手はいち商人のモーリスの護衛ではなく、国に仕えていてもおかしくない存在だ。
そのサルムがタイフーンを発動させると、バーストの炎がさらに大きくなり、タイフーンと合わさって火の勢いが増す。
火に焼かれ、風に身を斬り刻まれるキングスライムだが、その生命力は圧倒的に高い。
「アルド、生命力はどうだ!?」
「1割ってところだ、まだ先は長いぞ」
猫獣人のアルドは双剣士としてBランクまで昇った。
今は冒険者を引退して護衛をしているが、斥候としての能力は非常に優秀であり、生命力を感知できるスキルを持っている。
「ハーゼン、行くぞ!」
「応!」
魔法が止むと、前衛たちが接近戦を仕かける。魔法は威力が高い反面、再使用に時間がかかる。再使用までの時間を、前衛が稼がなければならない。
ルディオが槍、ハーゼンが大剣でキングスライムに攻撃を加える。
キングスライムもただやられているだけではない。ジェル状の体から触手のようなものを伸ばして攻撃したり、海の波のように体を広げて2人を呑み込もうとする。
アルドはこの中の誰よりも動きが速く、キングスライムの攻撃を受けることはない。
しかし、Cランク冒険者であるハーゼンには、かなり荷が重い戦いだ。ルディオが上手くハーゼンをフォローしながら、キングスライムの攻撃を凌ぐが、それは集中力を酷く消耗させる戦いだった。
サルムとジェンドの魔法がキングスライムの生命力を削り、前衛の3人が後衛を守る。そんな戦いを30分もすると、キングスライムの生命力は半分近くまで減った。
しかし、ルディオたちの疲弊も激しい。怪我こそしていないが、このままでは体力がもたない。
前衛の3人は肩で息をして苦しそうだが、後衛の2人も魔力が厳しい。何度かマナポーションを飲んで魔力を回復させているが、そのマナポーションも残り少ないのだ。
「このままじゃヤバイぞ、ルディオ」
「分かっている。だが、ここで倒さないと俺とお前はよくても、ハーゼンたちは追いつかれる」
モーリスたちはかなり離れたはずだから問題ないとしても、今ここにいる5人で普通の人間であるサルムとジェンド、そしてサイの獣人で重い金属鎧を着ているハーゼンはスライムに追いつかれる。
それならば、ここでキングスライムを倒しきったほうがいい。
「ハーゼン、下がれ。少し休むんだ」
「まだ大丈夫!」
「ダメだ! 余力があるうちに下がって休め!」
ハーゼンは不満げな表情だが、ルディオの言っていることも分かるので素直に下がった。
「アルド。2人で支えるぞ」
「はあ、面倒だが仕方ないか」
その時、アルドのヒゲが近づいてくる何者かの気配を察知した。
「ちっ、こんな時に」
「どうした」
2人はキングスライムに捕まらないように、体を動かしながら会話する。
「何かが近づいてくる」
「こんな時にか。面倒くっせーな!」
ルディオは近づいてくる気配に、注意を促すようにハーゼンに命じた。
ハーゼンを休ませてやりたかったが、さすがにキングスライムを相手にしている2人には余裕がない。
「ルディオさん!」
「なっ、お前、ジュンか!?」
「僕も手伝います!」
「バカ言うなっ。これは遊びじゃないんだぞ!」
「僕はサンダーが使えます。サンダーでダメージを与えられなくても、感電させる可能性があります」
「ルディオ。サンダーなら、なんとかなるかもしれないぞ」
「ちっ。ジュン、あとから説教だからな!」
「えーっ!?」
「えーっじゃない! サルムとジェンドは、ジュンとタイミング合わせろ!」
「分かった!」
「了解!」
サルムがジュンに魔法のタイミングを簡単に説明する。
「いいか、ジェンドのバーストの後に、俺がタイフーンを撃つ。ジュンはバーストが発動してからサンダーを発動させろ」
「はい!」
経験豊富なサルムは、サンダーのことも頭に入っている。発動までの時間もしっかりと把握したサルムによって、発動タイミングが調整された。
「バースト!」
ジェンドの声に反応したルディオとアルドが飛び退く。
バーストがキングスライムを焼き、その後サルムが撃ったタイフーンによってバーストの威力が底上げさる。さらにキングスライムの体が焼かれ斬り刻まれるが、ダメージは多くない。
「サンダー、撃ちます!」
タイフーンの威力が収まりかけたところで、ジュンがサンダーを撃った。
轟音と閃光を伴う雷が、キングスライムの生命力を削っていく。だが、ジュンのサンダーの威力では、キングスライムの生命力を1パーセントも削れない。
本命はその追加効果である感電である。
圧倒的にレベルが高いキングスライムだが、雷属性に弱い。まったく発動しないということはないはずだ。
魔物の本を読んでいたから、そういった考えが浮かぶ。知識は魔法よりも武器になるとジュンは感じていた。
今回はダメだった。しかし、感電するかはランダム。しかも相手はレベルの高いキングスライムである。1回で感電するとは最初から思っていなかった。
3回目にそれは起きた。
「よし、感電したぞ!」
体からピリピリと光を放ったキングスライム。これが感電の効果である。
ルディオの声に、アルドも反応して2人でキングスライムを攻撃する。感電しているため、反撃はない。
数回に1回程度だろうが、感電している間は少しだけ精神を休められる。
気を抜くのではなく、気を休めながら気を張るという相反することをやってのけるのが高ランク冒険者というものである。
引退したとは言え、昔取った杵柄は簡単に忘れるものではない。ただし、今回は休まない。
「核だ、核を狙え!」
キングスライムに限らず、スライムには核がある。
その核を破壊すれば生命力を一気に0にできるのは、冒険者であれば誰でも知っていることだ。ただし、核は魔石でもあるので、破壊してしまうと討伐後に魔石を得ることはできなくなる。
だが、この場合は、生き残ることのほうが優先される。褒美はモーリスにたんまりもらうと言って、皆に魔石を狙うように命じるルディオであった。
「クアドラプルストライク!」
「セクスタプルスラッシュ!」
「グラビティソード!」
3人の攻撃が核を狙う。
ルディオは槍のスキル・クアドラプルストライクで4回突きを放つ。
アルドも双剣を目にも止まらぬ速さでふり、合わせて6回の斬撃を飛ばすスキル・セクスタプルスラッシュを放った。
ハーゼンは大剣の重量の乗ったスキル・グラビティソードを放った。
スライムの核は常に動いていて、狙っても簡単に破壊できない。特にキングスライムのような巨大なスライムは、分厚いジェル状の体に阻まれて攻撃速度が落とされてしまい、攻撃が届く前に核が動いてしまう。
しかし、今のキングスライムは感電していて、核は動かない。
これが最後のチャンスとばかりに、3人は全身全霊の攻撃をしかけた。
アルドのセクスタプルスラッシュはその速度が最も早い。だが、斬撃のためかその速度は徐々に落ちていく。
ハーゼンのグラビティソードも威力は凄まじいものがあるが、ジェル状の体にその威力が減退させられる。
元Aランク冒険者の面目を保ちたいルディオのクアドラプルストライクは、槍の鋭い突きを4回放つ攻撃であり、ジェル状の体とも相性はよかった。
一番先にキングスライムの核に攻撃が届いたのは、ルディオのクアドラプルストライクであった。
核を正確に刺し貫いたその攻撃により、キングスライムは体を一瞬プルルンッと震わせ、形を維持できなくなり大量のジェルが周囲にぶちまけられた。
「「「ゲッ!?」」」
大量のスライムジェルを被った前衛の3人。その目は死んだ魚のようである。
「お前たち、こっちに来るなよ」
サルムの言葉に、ジェンドは激しく頷いた。ジュンとしても言いたくはないが、近づいてほしくないので、サルムの後ろに姿を隠す。
「お前らな……」
「ルディオ……やるか」
「おう、ハーゼンも行くぞ!」
「応!」
前衛の3人が後衛の3人に飛びかかった。
「ちょ、お前ら!?」
「ぎゃー、来るな!?」
「うわーーーっ」
それは6人の男たちによるローションプレイの光景であった。女性が混ざっていれば、ある程度の需要はあるだろう。しかし、男6人ではむさ苦しいだけである。
「あなたたちは何をしているのですか?」
ジュンを追いかけて引き返してきたモーリスに、半眼で見つめられていた。
「ははは……。これはキングスライムを倒した喜びの舞です」
ルディオが胸を張って言った。こういうのは、言い切るに限ると、ルディオは自信を持っている。
「まあ、いいですが……それよりも、ジュンさん」
「は、はい」
「ジュンさんはシャルマーネ様からお預かりした大切な身。勝手な行動は慎んでいただきたい」
「す、すみません……」
モーリスから説教を受け、その後はルディオからもこんこんと説教を受けたジュン。
かなり気落ちしていると思いきや、皆が助かったことの喜びのほうが勝るようだ。
「もう夜も明けたし、先に進むぞ」
ルディオの命令で、皆が進む。雨が降っていても、スライムのジェルはなかなか落ちない。
ジュンはジェルでガビガビになった体でメルト町まで向かうことになったのであった。