001_裏切り
書き直しです。
ストーリーはあまり変えていません。
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001_裏切り
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ルディオル王国の辺境に、トール村という小さな村がある。
その村には祝福が分からず苦悩している少年が住んでいた。
祝福とは、神からジョブが与えられることである。同時にステータスボードの使用が可能になる。
15歳の誕生日の朝に起きたら祝福が与えられていてステータスが見えるようになるのだ。
ジョブをもらうと、そのジョブに対応したスキルがもらえる。
ステータスボードというものに、それらの情報や自分の能力が表示されているのだ。
10日前に15歳を迎えた少年―――名前はジュン。
トール村のジュンの祝福は読めない。ステータスボードを開いて内容を確認することができても、そこに何が書いてあるか分からないのだ。
ジュンの母は彼が生まれてすぐに亡くなり、父も半年前に亡くなった。今は独りぼっち。天涯孤独の身である。
15歳で天涯孤独というのはとても心細いものだ。しかも村人の多くは、ジョブが文字化けして読めないジュンに冷たかった。
幸いにも祝福の内容が読めなくても、生きていくことはできた。父が残してくれた畑があり、ジュン自身も山や森に入って薬草を採取したり、野ウサギを狩ってこれるからだ。
ジュンは簡素な木製のベッドの上で起き上がった。ベッドがミシミシと音を鳴らすのはいつものこと。
今日こそはと、ステータスボードを呼び出す。
「ジョブは―――変わってないか……」
目の前に表示されているステータスボードには、読めない文字が記載されていた。この10日間、毎日見ているが、何も変わっていない。
●ステータス
【ジョブ】%$#&%
【レベル】0
【経験値】$%#$%$
【生命力】10/10
【魔力】5/5
【腕力】9
【体力】8
【知力】10
【抵抗】8
【器用】10
【俊敏】9
【スキル】$%##$
【身分】村人
【賞罰】
ジョブが分からないから、どういったスキルを持っているかも分からず、実際の職が決まらない。
15歳は成人であり、他の15歳になった人たちは、ジョブが鍛冶師であれば鍛冶師に弟子入りし、剣士であれば冒険者になったり騎士団に入ったりする。
しかし、ジョブが文字化けしているジュンは、猫の額ほどの畑を耕すことしか選択肢がなかった。それでも、耕せる畑があるだけマシなんだと思っていた。
「はあ……今日もダメか」
落ち込みながら朝食を摂ろうとすると、家のドアがノックされた。
ドアを開けると、朝日を浴びて輝くブロンドの髪をそよ風に揺らした美少女が立っていた。
彼女はミリア。ジュンの幼馴染であり、お隣さんだ。
「おはよう、ジュン」
「うん、おはよう。ミリア」
「ねえ、聞いて。私ね、魔導士になったんだ」
魔導士と聞いてジュンの心は騒いだ。
自分はわけのわからない文字が羅列されているだけ。なのに、ミリアは魔導士。
魔導士は魔法系のジョブの中でも特別に優れている。
過去の勇者の仲間に魔導士が居るのはジュンでも知っていることであり、大当たりジョブである。
「ミリアは凄いね……それに比べて僕は……」
「あっ!?」
嬉しさのあまり、ジュンに聞いてもらいたかった。それは分かるが、ジュンのジョブは文字化けしている。
花が咲いたようなミリアの笑顔は、ジュンの心を抉るものだった。
「ごめんっ、ジュン」
ミリアは悪いことをしてしまったと、必死で謝った。
「いいよ、僕が悪いんだ。ミリアが悪いわけじゃないから」
美しい幼馴染の晴れの日に、水を差してしまったとジュンは落ち込む。
それから4日、相変わらずジュンのジョブは不明である。
失意のどん底で村の中を歩いていると、何やら騒がしく、人が集まっているのが見えた。
「なんだろう?」
人垣をかき分けていくと、その中心に騎士たちが居た。
近くの人が話しているのが聞こえたが、この騎士たちがミリアを迎えに来たようだ。
魔導士というジョブは国から迎えられるほどのものなのだと羨ましく思い、俯いてしまう。
「おい、あの人が勇者様か?」
その言葉に顔を上げると、白銀の鎧を身に纏った美少年が居た。
少年の周りだけ光がより強く見え、勇者の存在感の大きさが分かった。
「あの人が……勇者様……」
勇者はミリアの手を握っていた。
ミリアと勇者は笑いあい、ミリアのその表情は光り輝いていた。
「あの2人、恋人のようだな」
誰かの呟きが聞こえて、ジュンが拳を握る。
勇者とミリアは美男美女でお似合いだ。
その光景にジュンの心がざわつく。
ふと、ミリアと目が合った。
その瞬間、ジュンは逃げるように人混みの中へ駆け出した。
「あ、ジュン!」
ミリアの声が聞こえた。普段なら、喜んで振り向いただろう。
しかし、今はひどく惨めで悔しい。そんな表情をミリアに見せたくなかった。
家に駆け込んで、自分の心の醜さに辟易する。
「僕のジョブはなんで文字化けしているんだよ……」
ジョブさえ普通に読めたら、こんなに惨めな思いはしなかったのに。
しゃがみこんで、膝を抱えて泣いた。目を腫らすほど泣いた。そして、いつのまにか寝入っていた。
起きるとドアの下に紙切れがあった。
拾い上げて読んでみると、ミリアからのものだった。
『明日の朝、いつものところで待っているね』
幼馴染なので、当然幼い頃から一緒に遊んでいた。
いつものところの見当はすぐについた。
「なんの用だろう……」
翌朝、ジュンは『いつもの場所』に向かった。
村の裏山を少し上がったところにある崖の近くだ。
崖のそばの石に腰掛けたミリアの姿がある。
ここからの景色はとても良く、ミリアと一緒によく眺めていたのを懐かしく思う。
最近は2人とも大人になって昔のように遊ぶことはなくなり、あまり来なくなった。
ただ、気持ちが落ち込んだ時に1人でここに来て、景色を眺めると心が落ちついた。
ジュンの姿を認めたミリアが、立ち上がった。
「ジュン!」
「や、やあ、ミリア」
ジュンは気まずいと思いながら、愛想笑いを浮かべる。
卑屈な笑みであるが、ジュン自身は分かっていない。
それでも、ずっとジュンを見てきたミリアには、それが愛想笑いだとすぐに分かった。
お互いに気まずい空気が流れる。
「あのね……」
「うん……」
先に口を開いたのは、ミリアであった。
「私、勇者様のパーティーに入るために、王都に行くことになったんだ……」
「え……」
勇者が居たこと、そしてミリアのジョブが魔導士だということで、想像はついていた。
でも、考えないことにしていた。
ジュンにとって、ミリアは初恋の人。ずっと一緒に居られると、根拠もなく思っていた。
それが自分の独りよがりだったと気づかされる言葉だった。
「そ、そう……なんだ……」
やっとのことで紡いだ言葉にはなんの意味もない。
ミリアはそんな言葉を待っていたわけではなかった。
「私が居なくて……大丈夫?」
「え? ……うん、大丈夫……」
ミリアの表情が曇る。期待していた返事ではなかったのだ。
「行くなとは言ってくれないのね」
「ん。何か言った?」
ミリアの声は小さすぎて、ジュンには聞き取れなかった。
「明日、出発なんだ。見送りに来てね」
ミリアの作り笑い。それにも気づけないほどにジュンは動揺していた。
「う、うん……」
「それじゃあ、先に帰ってるね」
ミリアは走り去った。
その後ろ姿を見送るジュンの目から、涙が溢れ出してくる。とめどなく涙があふれる。こんな辛い思いは、父親が死んだ時以来だった。
もう二度と会えないかもしれない。そう思うと、ひどく心残りだった。
朝日を背にしたジュンは、崖から見える景色を眺める。
しかし、涙で曇って何も見えない。それでも景色を見た。
「やあ、おはよう」
「っ!?」
いきなり声をかけられて、慌てて涙を拭く。
振り向くと、そこには件の勇者が立っていた。
ここはジュンとミリアだけの秘密の場所。なぜ勇者が、と疑問に思った。
「ここ、いい景色だね」
「あ、はい」
勇者が笑顔を向けてくる。
「僕はドミニクって言うんだ。僕のこと、知ってるかな?」
「あ、はい。勇者様ですよね」
「うん、僕は勇者だよ。で、君の名前は?」
「僕はジュンです」
「そうか、ジュン君ね」
勇者は崖の際まで歩いて行くと、大きく息を吸った。
はるか眼下には、激流がうねりを上げている。
「ここは空気が澄んでいるね。王都の空気はどんよりとしているんだよ」
何度か深呼吸をし、ジュンのほうに振り向いた。
「君もこっちに来て、一緒に深呼吸しようよ」
言われるがままに、勇者の横に立って深呼吸をする。
「ねえ」
「はい」
勇者に呼ばれて体を向けた瞬間、ジュンの首が掴まれた。
「ぐっ!?」
勇者が片腕でジュンの首を掴み、持ち上げている。
「あがががっ」
「君、嫌われているよ」
何にと言いたいが、首を絞められていて声が出せない。
「ミリアがね、ジョブがなくてウジウジしていて、見てて気分が悪いって言っていたんだ」
「っ!?」
「それで、僕に君を始末してって言うんだ。僕もこんなことはしたくないけど、これからパーティーを組む仲間のために、一肌脱ぐことにしたんだよ」
ミリアがそんなことを言うわけがない。そんなジュンの考えが分かったのか、勇者はせせら笑う。
その笑みは、ジュンにはひどく歪なものに見えた。
「この場所。ミリアに聞いたんだ。君を誘い出すから、始末してほしいってね」
この場所は村人たちも知らない2人だけの秘密の場所。
そこに現れた勇者に、自分は首を絞められている。
ミリアに限って、まさかと思いたい。しかし、この状況こそが勇者の言葉を裏づけている。
「悪いね。君はここから身を投げて死ぬことになるんだ。ジョブがないことが君の自殺の理由かな。いや、ミリアに捨てられて自暴自棄になったといったところかな」
その言葉が終わると同時に、勇者は笑ってジュンの首から手を離した。
そこに地面はなく、ジュンは真っ逆さまに崖の下に落ちていく。
絶望の表情で落下していくジュンを見下ろす勇者の顔は、まるで悪魔のように歪な笑みを浮かべていた。