たしかにあるもの part.3
「俺は帰るぞ」
タイガは勢いよく席をたち、怒りに満ちた足でドアへと向かう。しかしフジミは嘲るようにして言う。
「あなた達が職員棟の不自然に気付かなかったのであれば説明しましょうか?」
ちょうど言い切るぐらいで、タイガが、声を上げた。
ドアのさきに道はなかったのだ。
黒いアスファルトの様な壁があり、それはまた、移動しているかのように模様が変化していた。
「まったく、私の話に夢中で気がつかなかったのかもしれませんが、もう逃げれません。まあ、ドアの外に手を出してみますか?どれくらい手がすり減るかはわかりませんが、出られるかもしれません」
口元に笑みを浮かべながらそう言う。
今気付いた。これはヤバい。この教員もヤバいが、この状況が何より悪い。普通に考えればあり得ない話だが、なぞの浮遊感と、ドアの外、そしてよく見れば窓の外もだが、全て含めて考えると、この部屋自体が、巨大なエレベーターであるということなのか。
「エレベーター」
皆がハッと息をのむ。
「……そう考えてますね?」
「概ね正解でいいでしょう。正確に言えば、リフトもしくは昇降機と云った方が近いかもしれません。超高性能のリフト、こんなものを作って、じゃぁ、どこに向かっているのか」
ゲート……。
「そう、ゲートです。まあ厳密にゲートと捉えるかは、見てからのお楽しみですが。異世界の扉が地下13階に存在しているのは事実ですよ」
「どうして私たちなんですか」
「質問は許可してませんが…まあいいでしょう。あなたたちはこの高校に入るのに面接を受けましたね?あなた達の背景、学力、能力すべてを精密に検査し、その全てをこの転移計画…いやアサルト計画に適しているかを検証しました」
アサルト計画?
「Aim to Secret Success consist of Us Logic Teleportation 端的に言えば、転移計画理論に基づく秘密計画の目的と任務要項、ですね。もう実行がほとんど決まった結果、単にアサルト計画、殲滅作戦と捉えてもいいわ」
「せ、殲滅作戦……!」
「なにも殲滅しろと言っているわけではないわ。例よ例」
完全に場が制圧されている。ショウも完全にショックを受けてしまったようだし、タイガも腰が抜けていたのは治ったようだが反抗するほどの元気を有しているわけではなかった。桂さんも、波澄さんもみんなが下を向いてしまっている。唯一レイだけはなんとなく思案を巡らせているようだが、この状況は全部この女の思い通りなんじゃないか?そう思ってふと顔を上げると、こっちを見ていたようで、目が合った瞬間少しニコリとしたような気がした。クソ、あいつは心でも読めるのかよ。ていうか家族はどうなるんだ、うちは母子家庭だから俺がいなければ生活は少し楽になるかもしれないが、これからの生活を楽にするためにせっかく国立大に入ったのに、これじゃ少しの助けになる事もできずに母さんに別れを告げるのか?
「そうだ思い出した。あなた達の待遇ですがね、もちろん計画の成功によりますが、あなたがたの親御さんもしくはそれに準ずる人にはそれなりの報酬プラスあなたがたの希望があればそれをかなえるができます。もちろんなんでもではありませんが、記憶封印などはできますよ?親御さんには自分の存在を忘れてもらいたい〜、なんて要望もあるかもしれませんねえ」
この最後の一言が致命的だったようだ。みんなはもうすっかり何かを考える気力も失せたような表情を浮かべ、レイですら打ち拉がれている。僕も人の心配などせず、何を求めるか、考えてみるか?
もう到底抗えそうもない事実に、部屋にはリフトが下る音だけが響くようになってしまった。
ドゴオン
どれほどが経っただろうか、いくらかしか経ってないような気もするし、何年もここにいたような気もする。ともかく信じられない轟音と衝撃が僕らを襲った後、ゆっくりとリフトの壁がスライドして行き、部屋はいっぺんして吹きさらしの状態になった。
白い壁と周りにはいくらかの研究具らしい器具が置いてあり、その中央には7つの椅子があるガラス張りの部屋があった。きっとあそこがゲートになるのだろう。
フードを被って顔を隠した研究員達が続々と僕らを外に出していく。フードを被っていてもおおよそわかるが教員の方々だ。氷室がいるかはわからないが、見た事のある顔がちらりとフードの隙間から見える。たいして悲しそうにもしてなく、僕らに何の感情も抱いていないようだった。
6人はそれぞれ椅子に座らせられ、後ろには教員が立っている。
ガラス越しになんらかの準備が始まっている事は明らかだったが、細かく観察する前に、またもや遮られた。
「お疲れさまでした。みなさん。これからあなたたちは日本のだれもが経験したことのないような旅をします。きっと素晴らしいものになるでしょうが、ひとつ忠告しておきます。まず着いたら自分のギフトを確認すること、そして周囲に日本の諜報員が陣営を組んでいます。そこに向かって、向こうの人の指示を聞きなさい」
「そして」と付け加える。
「今から、先程言った報酬の件について話し合いましょう。タイガから1人ずつ時計回りに私の所へきなさい」
タイガ、シュウ、桂さん、レイ、波澄さんが帰ってきて最後は僕の番だ。
「さて、あなたは?」
「報酬のお金は頂きます、でも、記憶封印の措置は必要ありません。帰ってくるつもりだ、と母にはそう伝えてください」
「ふふ、面白い子。わかったわ、せいぜい頑張るといいわね」
紙に色々書き込んだあと、思い出したように顔を上げ
「そういえば、あなたが云っていたこと…ああ云ってはいなかったわね、考えていた事、正解よ。私は人の心が読める。といっても浅いところだけだけどね」
「あなたの何が残念ってそれを確証につなげられなかったことよね。お疲れさま、あなたがリフトでここに着いてからの考察、じっくり聞かせてもらったわ。なにを悪戯しようとしていたのかしらね」
勝ち誇ったかのような顔を見せて、彼女は制御室に向かって行ってしまった。
自分で部屋へ戻り、レイに、レイだけに気付くようにすこし、目配せをした。
転移開始と言わんばかりの轟音が鳴り始めた。
ガラスはいつのまにか暗幕とアスファルトの障壁によって覆い隠され、もう制御室の様子を見る事はできない。だが…。
思惑通りといっても成功するとは思えなかったが、あの女は見事にやってくれたらしい。暗幕が降りる少し前、研究員たちが暴走し始めた我が上司を必死で止めようとする声がかすかに聞こえた。制御室に近い僕にしか聞こえなかったようだが、混乱は確実に起きていた。きっと今、悔しくて制御盤を叩いている頃だろう。
唯一の誤算と言えば、あの女の暴走によって着々と確実により危なげな轟音を装置が出している事だろうか。
それからのことは、あまり記憶に刻まれていない。というか意識が追いつく間もなかったという方が適切だろう。
暗転。
思わず目をつぶってしまったが、心地の良い風の音がした事で、転移が完了してしまったことがわかった。
次話、フジミ教員を欺いた方法を詳しく書きます…。皆さん予想はつくと思いますが。
あとASSULT計画ですが、英弱にはこれ以上の英単語は出てきませんでした。許してください笑