たしかにあるもの part.2
阿久空駅。世界に穴が開いてから作られた。たしか当時は近未来駅!とかなんとか、景気が良かったからなのか、天井はこれ以上無いくらい高く、壁は美しく清潔に作られていた。もっともいいことなんてトイレがきれいなのと階段がないのくらいだが。使いやすさで言ったら渋谷駅のほうに軍配があがるだろうか。線の本数は阿久空のほうが多いからな……。ともかく、この駅は政府が火急的急務ということで作り始め、わずか1年でその全てを完成させた。正直、初めて見た人はびっくりするだろうくらいの大きさである。
「ほんとデカいよな……」
「なにが?」
「この駅」
ふたりはうなる。
「私最初に見た時、自分が小さくなったかと思った」
「俺は空港が併設されてるのかと思った」
「そんなわけないじゃん…。ってそっか、そもそも東京の人じゃ無いんだっけ、2人とも」
言った瞬間しまった、と思った。
この2人はーー桂さんは恐らく、だがーーーもとはどこにいたかをあまり話したがらない。シュウは中学からの付き合いなのに、教えてくれたことは無い。ただ、シュウの家に行った時はかなりの豪邸だったので、京都かなんかの名家なのかな、くらいに思っている。
「んーまあね。でも東京にもこんな大きさの駅なんて中々ないでしょ」
「たしかに」
「まーでもこっちの方が大きいけどね」
そう桂さんが指差したのは、門に囲まれた森ーーのように見えるが、国立阿久空高等学校、僕たちが通う高校である。その広さと言えば、大半は自然保護活動を理由にした森で構成されていて、気候的に住める動物はなんでもいるような気がする。また、外周はたとえ真ん中にいても端が見えなくーーマサイ族でも見えないらしいーー棟は部室棟、教室棟A、教室棟Bに加え、職員棟、研究棟の合計5つがある。
「さて、今日はなにをするのかなーー?」
わかってるくせに。
「桂、キョウ、おしゃべりはいいが、もうそろそろ時間だ、小走りで行こう。なんてったって広いからな」
シュウの言う通り走っていると、校門に人がいるのが見えた。
「あれ、教員じゃないか?」
「うげ、しかも氷室じゃない?」
止まろうと思ってももう遅い。向こうもこちらに気付いた様子だった。
「おいお前ら、よく来たな。今日はお前達の教室じゃないから、俺が案内する。息を整えてから行こう。すぐ着く」
俺が氷室の態度を不思議に思っていると、シュウが横から囁きくらいの声で話しかけてきた。
「なんか変にやさしくないか。いつもなら桂につっかかるのに」
「制服の検査がないなんて、入学式以来よ」
桂が言う。
「もしかしたら、なにかいいことあったのかも」
実際そのようだった。僕らが隣でこそこそしゃべっているのも気付かずに夢うつつに木を眺めていた。
「氷室教員、ぼくらはもう大丈夫です」
「おお、そうか。それじゃぁ行こうか」
道中、氷室はひっきりなしに僕らを褒めた。何から何まで褒めるから、そろそろ恥ずかしくなってきた所でちょうど目的地のような場所に着いた。
「着いたか。俺はここまでだから、頑張れよ。インターホン押したら人が出てくるから。それじゃまたこんど」
氷室は上機嫌に去って行った。見えなくなったところで「おいおい、頼むからただの夏期講習であってくれよな」とぼやいた。
「…これ職員棟だよね」
「たぶん」
「…誰が押す?」
じゃんけんに負けたのは僕だった。
ぴんぽーん
そんな音がしたような気がする。
何秒か置いてから、ドアが開いた。ただの夏期講習の始まりだと言うのに、少し緊張してきた。
誰が最初の一歩を踏み出すかで一悶着があり、コミュニケーション能力が高いから、と言う理由で桂が採用された。桂は最初こそいやがっていたが、人気を感じない夏休みの学校を感じて、「ちょっと怖くていいね」などと緊張感の無いことを言っていた。
もっとも、二階に上がってからはいくつかの部屋から教員の声が聞こえてきて、僕は嬉しかったが、桂は少し残念そうだった。
4階まであがってやっと、目的の部屋らしき所に着いた。4階までの階段を上がったせいで汗をかいていたが、部屋の中は冷房が効いていて涼しかった。教室には誰もいなかったが、席名簿には7人の名前が書いてあった。
部屋は不自然な形をしていた。よくある長方形ではなく、すこし奥行きがあるように感じた。窓の数も少なく、日光をあまりうけたくない僕らには好都合だったが、電気をつけないと真っ暗になってしまうのには、少し戸惑った。
シュウが僕に課題はやってきたのか、と聞いた所で、ガラガラっとドアがなり、3人入ってきた。あまり絡みのある3人ではなかったはずだけど、氷室のところではち会わせたのかもしれない。
「どうやらみんな同じクラスみたいだね」
ショウが言った。
「チッ、なんでヒカゲがいるんだよ」
ちいさく舌打が聞こえた方をみると、案の定、番長、もとい久喜大我がいた。ショウは少し気分を悪くしたようだったが、わざわざ言い返す必要も無いと判断したーー過去何度もの挑戦がむなしい結果を齎していたのもあるのかもしれないーーのか、睨め付けてその場は落ち着いた。
「タイガ、あんた学年何位だったの?」
「おめーに言うかよ」
「ふーん、低かったんだ。ヒカゲくんとどっちがひくかったのかなー?」
「うるせ」
じゃれ合いをよそに、もう2人の方に目を向けてみた。
1人は学年でショウと1位を競うほどの秀才、波澄華さん。なんの意味があるのか難しそうな本を読んでいた。経験則だとああいったのはあまりおもしろくない。しかしもしかしたら早く家に帰りたいと言う気持ちの表れなのかもしれない。もう1人は、僕とショウと仲の良い瀬名零。レイは僕らに気付くとまっさきにきて、宿題を映したいと言ってきた。もちろんショウは拒否して、レイにヘッドロックをかましていた。
そんなことで少し賑わってくると、ガラガラ、とまたドアが開き、見た事も無い教員が入ってきた。
「ふむ、歌見さんはまだですか。まあいいでしょう、みなさん講習の前に」
えへん、と咳払いして、注目を集める。
「こんにちは、新任で二年生の教科担任をしているので、私のことは知らないと思います。フジミサクラといいます」
「さて」と言って続ける。
「あなたたちは国立阿久空高等学校の生徒です。最近忘れられがちですが、この高校は進学校でも福祉学校でもありません」
空気が少しピリッとした。
「この高校の創立理念とは、総理大臣の言葉を借りれば、飽かぬ探究心と自由の源泉であること。ですね?」
シュウは我慢ならないと立った。
「つまり何がおっしゃりたいんですか教員」
シュウをしかるように指を指して、「質問は手を挙げて許可を取る事」と言い、話を続ける。
「あなた達も噂には聞いているかもしれないですね、各国の情勢を。今世界はひとつの大穴に混乱させられています。多くの国が彼の世界の資源を求める中、我が国は立場を明らかにしていませんでした」
レイが手を挙げた。
「発言を許可します」
「ありがとうございます教員。立場とはなんの事でしょう」
「一言でいえば、新たな戦争に参加するのか、ということです」
ごくり、と飲み込む音が聞こえる。
「失礼、話がそれましたね。つまり、何が言いたいのか、気になると思います。あなたたちを集めた意味。一見ちぐはぐな君たちになんのいみがあるのでしょうか」
「夏期講習ですよね教員」
「2度目は無いですよ、元宮」
厳しい口調で言う。
「まあいいでしょう。夏期講習なんかで学校が成績優秀者をクラスごとに集めるなんてことはしません。だってもったいないでしょう。あなたたちには時間がないのに。つまり、それを超える大義、意味があるということですよ」
「今回、国は極秘にある決定をしました」
「……徴兵」
「その通り。ですが、我らの国はなにがとは云いませんが、傀儡寸前。もはや世界の傀儡といってもいいのです。無闇やたらな徴兵が結果を生むと思いますか?」
「国は育てたのです。この国が真の独立を確保する手段を」
この教員、嫌いです。