奇跡の海が眺める空・パンタレア島
【パンタレア島】
――自然そのものを崇める島民たち。それもそのはずだ。パンタレアの海は、唯一無二の美しさなのだから。早朝は黄金色に、昼は、空を映す鏡のように真っ青に、夜は宇宙を想わせるような色に染まる。僕と一緒に話していた母さんは、当時のパンタレアの空の味を、
「大人な味のカクテルのようよ」
と話していたな。
まだお酒の飲めない年だったから、カクテルというものが何なのかがわからなかった。成人になって飲んでみた感想は、混ぜればいろんな色に変わる、不思議な味の飲み物だったということだ。
主にのんびりとした島民の性格は、母さんの性格とよく合ったらしい。パンタレアでは、時間という概念がなくなるほど、ゆったりとした時間が流れている。波の音。楽しそうな観光客の足の音。これは観光立国の戦略かもしれないが、時計があまり置いていない。
腕時計をする癖が無い母さんは、よく観光バスに乗り遅れていたと言っていた。それでも、遅れる人は一人二人ではない。誰もそれを咎めないのだ。一時間経って発車することもしばしばだとか。ホテルに着いたときには夕方だったということがよくある。
民族衣装については、先住民の歴史博物館がある。新しいもの好きで穏和なパンタレア島民は、主に二つの人種で出来ている。パンタという渡来人。アレアという先住民。それを文字って「パンタレア」と呼ばれるようになった。
博物館の大昔の伝記にこうある。
アレア人は、白い大きな布地を衣服としてまとい、パンタレアで出来た塩で体を清めて暮らしていた。食料は、主に銛や網で魚や貝類などを狩って食べていた。そこに、パンタという渡来人がやってきて、コショウを土産に渡した。
すると、アレア人の生活は一変したという。アレア人たちは、より海の幸を美味しく食べるために、パンタ人に移住してくれないかと頼み込んだという。もとはといえば、侵略のためにやって来たパンタ人であったが、アレア人たちが快く彼らを受け入れたために、戦争や、要らない思想で揉めあうことはなかった。
このことを、『パンタ・アレアの奇跡』という。
パンタレア島民は、この歴史的な出来事に誇りを持っている。
ただ、ごみを捨てると罰金も科せられる。パンタ人とアレア人を繋いだ海を穢すことは、彼らの歴史や文化を冒涜する行為なのだ。
よくこんな話を耳にした。
「海に幼い子を一人で泳がすと、罰金100万円」
いくら海が綺麗だからと見惚れていたら、幼いこどもを連れていかれるぞ。という逸話から始まった、現代的なシステムだ。そんな母さんは、浜辺で空を眺めていたら、大きなつばの帽子が風に飛ばされて、紛失してしまったらしい。父さんがプレゼントしてくれた物だったのに……。
――なんて思っていたら、またオニオンスープの味が恋しくなって、こくりと一口飲んだ。
星のまたたきは、思い出話のようにやむことを知らない。