星空とオニオンスープ
親愛なる母さん。あなたは僕に、「世界の空には味がある」と話してくれましたね。残念ながら戦争が起こってしまったこの世界では、あなたの知っていた空の味もだいぶ変わってしまったことでしょう。
でも、僕は覚えています。
星空が最も近く見える小屋の下で語り合いながら、あったかいオニオンスープを一緒に飲んだ、少し甘じょっぱい味を。素直に言います。たまねぎが繋がっていたけれど、とても美味しかったです。
ここは、何の価値もない土地だからか、何者にも穢されない。僕にとっては隠れ家です。そして、思い出の地でもあります……あなたが病気で穏やかに亡くなってから、世の中は呪われたように激変しました。疫病に貿易摩擦、極めつけは、テロリストの増加。デモと衝突と弾圧……あまり難しいことは僕にはわかりません。分かったところで、一般庶民の僕には、どうすることも出来ないのです。
あなたがこの世から去ってからというもの。世界の味が大きく変わった事でしょう。でも、ここだけは、まだ誰からも侵されていない、あなたに最も近い場所。
――一人分のオニオンスープを飲みながら、僕は空に語り掛けた。
「僕だよ、母さん。そっちの空は美味しいかい?」
青空は僕に語り掛ける様に幾つかの流れ星を見せてくれた。オニオンスープを、こくりと一飲みする毎に、旅行好きだった母さんの、自慢するような国々の昔語りを思い出す。
それじゃあ、母さん。今日も昔の世界の空の味を語ろうか。忘れてしまわないように――
※これから登場する国々の設定等々は、架空のものです。