その3:音楽室のピアノが勝手に動く(1/2)
ってあれ? また動くネタですか? 今どき洗濯機も掃除機もスイッチ1つで全自動で動いてくれますし、自動車だって自動で動いてくれるようになるんですよ? 今さらピアノが自動で動いたところで怖いも何もありません。
まあこれは実際に体験した話ではなく先輩から聞いた話なので、その時の話をしますね。
保健室でクラスメイトのりんごちゃんと別れた後は、美術部に戻ってデッサンの練習の続きをしました。
なんだかんだで時間を食ってしまい、寮に帰ってきた時にはもう夜の10時を過ぎてしまいました。美術室で副部長の作ってくれたクッキー片手に活動していたとはいえ、やっぱりお腹が空いてくるものです。
寮の食堂に寄りますが、さすがに食事の時間は過ぎてしまい、しんと静まり返っています。
普段はたくさん人がいてにぎわっているのに、夜になって誰もいなくなって暗闇と静寂に包まれた空間の方が、りんごちゃんの話してくれた七不思議よりも心の底の恐怖心を揺り動かしてきます。
「あら、栗山さん、お腹空きましたか?」
急に声をかけられたので、びくっと身震いを1つしてしまいました。声に振り向くのと同時に食堂の明かりがつき、寮長で風紀委員の副委員長でもある鷹野原先輩の笑顔が現れました。
しっとりと湿った長い黒髪、少し上気したやわらかそうな頬、まだ真新しい落ち着いたトーンの部屋着、そしてほのかなシャンプーの甘い香り、どうやらお風呂上がりのようです。いつも清楚な印象の鷹野原先輩もお風呂上がりであることを意識させられると、どこか色っぽく感じてしまいます。
「今からお夜食を作ろうと思っていましたけれど、あずきさんも召し上がりますか?」
「はい、お願いします!」
「分かりました。それでは、座って待ってください。インスタントラーメンでも構いませんか?」
「はい、もちろんです!」
後輩のあたしに対しても上品で礼節を欠かさず、面倒見のよい鷹野原先輩は、あたしにとってもいい先輩で、憧れの存在でもあります。
鷹野原先輩は食堂の隅に並んでいる戸棚の1つから乾麺の袋を2つ取り出し、カウンターの向こうにある簡易キッチンの方に向かいます。調理器具の準備する音と今時はやりのバラードのメロディを刻む鼻歌が聞こえてきます。鷹野原先輩みたいなお嫁さんがほしいものです。
しばらくして、出来上がったラーメンをお盆にのせて鷹野原先輩がテーブルの方にやってきました。あたしの前にどんぶりと箸を置いてくれます。その後は冷蔵庫から氷と麦茶まで持ってきてくれました。
「それでは、いただきましょうか」
「はい、ありがとうございます。いただきます」
あたしは鷹野原先輩に促されるままラーメンを食べ始めます。残り物と思われる野菜を炒めたものも具材として入っていておいしいです。鷹野原先輩のどんぶりの方が切り落としや芯が多いので、配慮が細かいとさらに尊敬の念を抱いてしまいます。
「栗山さん、氷を全部使ってもよろしいですか?」
「いいですよ」
鷹野原先輩はあたしに断りを入れると、涼しい顔で製氷皿に入っている氷を全部自分のどんぶりにぶちまけました。
これを最初に見た時は異世界から悪魔か邪神が降臨して、この世の理が歪められたせいで、あたしが幻覚を見るようになったか、鷹野原先輩の精神が何者かによって支配されたかと思いました。ある種のホラーです。
けれど、これは単に鷹野原先輩が超絶猫舌で、常温クラスにならないと食べられないから致し方なくやっているそうです。致し方ないという割にはためらいは微塵もなくものすごく大胆ですけど。
しかし、多くの物事はそういうものだと理解したら自然と受け入れられるようになるものです。
「そういえば鷹野原先輩、うちの高校の七不思議、何か知ってますか?」
ラーメンをすすりながら目の前に座る鷹野原先輩に尋ねます。
「七不思議、ですか? そうですね」
鷹野原先輩は思案を巡らせながら、ラーメンを混ぜて全体を冷やしています。もちろんまだ口をつける様子はありません。
「保健室の人体模型が動く、とかはどうでしょうか?」
「えっと、それはもう知っています。有名なんですか?」
「ええ、私が高等部に入学する前は夜な夜な校舎を徘徊して、備品が壊される被害が多かったそうです。今の図書委員長が封印を施したおかげでそういった被害は出なくなったそうですけど、今でも封印にあらがっているせいか理由もなく倒れることが多いそうです。図書委員の魔術研究部門では現委員長に代わる術者がいないことから、封印の安定的な継続のために外部委託も視野に検討しているみたいですよ」
「えっ?」
あたしの知っている話とずいぶん違います。それが本当なら本当の七不思議です。特に図書委員の対応もきな臭さがあって、オカルト好きや噂話好きには格好のネタになりそうです。っていうか、図書委員はそんな遊びをしていないできちんと本来の仕事をしてほしいものです。
鷹野原先輩は、続いて別の話を教えてくれました。
「あと私の知っているお話には音楽室のピアノがひとりでに動く、というのがあるのですけど、どうですか?」
似たような話はりんごちゃんからも聞いていました。
保健室のベッドで聞かされて、「今から音楽室に行かない?」と聞かれた時はさすがのあたしもあきれてしまいました。記者魂というか野次馬根性というか、りんごちゃんの情熱にはほとほと困ります。
「聞かせてもらっていいですか?」
「ええもちろんです」
鷹野原先輩は麦茶で少し口を濡らして、箸を置いて話し始めました。