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その2:保健室の人体模型が勝手に動く(1/1)

 なんだかさっきの話と似ていますね。対象がヴィーナス像から人体模型に移っただけです。

 まあ七不思議にグチったって仕方がないので、話を続けますね。

 クラスメイトの佐伯りんごちゃんが七不思議の取材で美術部に来て、恐怖体験ならぬ誤解体験をして失神してしまったので、放っておけないあたしたちは彼女を保健室に連れていくことになりました。

 小柄な女の子とはいえ、脱力した人間1人を運ぶのはとても大変な作業です。2分間協議の結果、資材運搬用の台車にりんごちゃんを乗せ、保健室まで押していくことになりました。あたしが。

 そんなあたしに、部長はアドバイスをしてくれました。

「いいかあずき、保健室は保健委員のメス共の巣窟(そうくつ)だ。気を付けて行け。保健委員の3割は病気経験者だ。『これは病気ね!』っていうセリフには気を付けろ!」

 病気が疑われて気をつけるべきは部長の思想でしょ、というツッコミをかろうじて飲み込んで、美術室を出てまっすぐ伸びた廊下をりんごちゃんを乗せた台車を押しながら歩きました。

 だいたい、保健委員の7割は病気を経験したことがない方が七不思議です。すごく健康な人たちばかりです。

 途中、何人もの生徒にすれ違ったのですが、「なんかまた美術部が意味不明なこと始めたよ」と言わんばかりの冷たい視線を注がれて終わりでした。普段はあんまり気にしませんでしたが、誰かの助けがほしい今では身に()みてきます。

 車いす用のエレベーターを拝借して1階に移動する時、車いすを借りて保健室へ連れて行けばよかったのでは? という考えがよぎりましたが、後の祭りなので考えないようにしました。所詮(しょせん)、2分間で生まれたアイデアなんてそんなものです。

 精神的な()()(きょく)せつを何とか攻略し、保健室にたどり着きました。保健室に入るや否や、ナース服の1年生があわてた様子で応対してくれました。

「ええっ!? ちょっ、火事ですか、救急ですか?」

 119番ではありません。どこからどう見ても救急です。あ、関係ない話ですけど、パニックになると119番と110番って間違えちゃいますよね。

 あたしの苦笑いを見て自分の失敗に気づいたのか、顔を真っ赤にして言い直しました。

「あ、すいません! ご予約は入れていますか? それとも急患ですか?」

 失神した女の子を台車に乗せて押してきた人がご予約済みだったら、それこそオカルトじみた話になってしまいます。七不思議に加えられてしまいます。

 きっとこの1年ナースさんも、予想外の来客にパニックなんでしょう。ここはあたしが冷静になって対応したいと思います。

「えっと、急患です」

「分かりました、急患ですね。こちらの紙にあなたのお名前、ご所属、病状と既往歴、あと血液型も書いてください」

 少し落ちついてきた1年ナースさんが問診票とボールペン、ボードを差し出しました。急患なのに(ゆう)(ちょう)に記入してもいいのでしょうか?

「はい、分かり……えっと、あたしのですか?」

「ああすみません! 患者様のです!」

 再び、1年ナースさんがあわてふためいてしまいました。

 りんごちゃんのプロフィールを思い出しながら問診票の埋められるところを埋めている間も、1年ナースさんは「ええっと、次は、次は……マニュアルどこ置いたっけ?」と机の上の書類をひっくり返しています。どうやらテンパると無能になる系女子みたいです。

 その様子を見かねたメガネの先輩ナースさんがやってきて、りんごちゃんの(そば)にかがんであたしの方を見ました。

「名前は?」

「えっと、栗山(くりやま)あずきです」

「栗山さん、大丈夫ですか!? 栗山さん!」

 2年ナースさんがりんごちゃんの頬を叩きながら呼びかけます。あ、普通そうですよね。なんであたし自分の名前を名乗っちゃったんでしょう? 自覚がありませんでしたが、自分も意外とテンパっているんですね。

 それに、失神した人を見つけたら頬を叩いて呼びかけるとか常識です。よく考えれば、失神した人を保健室に運ぶより、保健委員や先生を呼びに行く方がいいに決まっています。2分間協議して台車に乗せて保健室に運んでくるとか、美術部のみんなもテンパっていたんですね。みんなテンパると無能になる系女子です。

 2年ナースさんのおかげでりんごちゃんは意識を取り戻し、保健室のベッドに移った後は2、3質問をうけたり脈を取られたりしていました。1年ナースさんは内線電話で先生をんでいます。

 えっ、どうして学年が分かるかって? うちの高校では学年ごとにいろんなものが色分けされているのです。1年生は赤、2年生は緑、3年生は青、といった具合です。だから、セーラー服の(えり)やプリーツスカートの色とかを見れば学年が分かるのです。

 さすがにナース服がビビッドな赤とか緑だったらドン引きですけど、白をベースにうっすらと色がついて、ナース服の胸やナース帽に入っている校章の()(しゅう)の色が学年カラーなので、違和感なく学年が分かるのです。

「りんごちゃん、大丈夫?」

 あたしもりんごちゃんのベッドの横にある丸椅子に座って、顔色をうかがいます。元気に陰りがありそうですが、大事には至ってないみたいでほっとしました。

「あずきちゃん、ごめんね。迷惑かけちゃったみたい」

「明らかにあたしたちの方が迷惑かけちゃったみたいだけどね」

 あたしがそう言うと、りんごちゃんは顔をほころばせました。あたしもつられて笑顔になります。1年D組食べ物3人娘はいつだってそう、見つめあって笑顔になるだけで心が通じ合えるのです。

 りんごちゃんが何かを思い出したかのように次の言葉を(つむ)ぎます。

「あ、そういえば、保健室にも七不思議があるんだよね。人体模型が動くっていう」

 なんかまたそういう話か、と思ったあたしは思わずため息をついてしまいました。

「そういう話、好きだね」

「好きというか、仕事だしね!」

 いや、その顔は絶対、噂話が大好きです! って人がする表情です。放送委員は校内放送だけでなく、校内新聞製作、女学院公式ホームページやブログ、SNSの運用なんかもしているので、情報通というか、情報依存症というか、そういう人が多いです。

 すると突然、ガタン、と大きな音が鳴りました。びくんとりんごちゃんの肩が震えたのが目に見えて分かりました。

 もしかして、人体模型でしょうか?

 嫌な汗が額を流れます。りんごちゃんも顔が硬直しています。

 あたしの足に何かがコツンと当たりました。恐る恐る見下ろすと、人体模型の首と目が合ってしまいました。とび色の瞳に見つめられると、さすがにあたしも気持ち悪いです。

 うちの高校の人体模型は女の子なんですけど、実は無駄にかわいいのです。誰かがしたのか、ウィッグも付けて化粧もしています。あれ、よく見たらこれあたしよりかわいくないですか?

 ベッドを取り囲むカーテンの向こう側でナースさんたちの声が聞こえました。

(うぐいす)(だに)さん、またジンモちゃん倒れちゃったみたいです」

「ジンモちゃんね、足がずれちゃったみたいでよく倒れるのよね。あれ? 頭がどこか行っちゃった?」

「ちょっ、内臓がぐちゃぐちゃです! 私、こういうのダメなんですけど……」

有沢(ありさわ)さん、だらしないですよ。そろそろ慣れてほしいものです」

 どうやら、ジンモちゃんとは人体模型のことみたいです。勝手に動く、というか、バランスが悪くてよく倒れるみたいです。

 その光景は、できればみたくありません。何度見たって慣れる方がおかしいと思います。

 あたしはジンモちゃんの頭を拾い上げました。それを見たりんごちゃんが「ひっ!」とおびえています。

 持ち上げて再びジンモちゃんと目が合った瞬間、頭がぐらっとするような、気持ち悪さに胃の中身を戻してしまいそうな感覚に襲われました。やっぱり、模型とはいえ生首は恐ろしいものです。

「あの、すいません。人体模型の頭が転がってきちゃったんですけど」

 あたしがジンモちゃんの首を抱えてカーテンの隙間から頭を出すと、1年ナースさんの絶叫が耳をつんざきました。1年ナースさんは体を震わせて視線が定まっていませんが、対するメガネの2年ナースさんは助かった、と言いたげな安堵の表情を浮かべました。

「ありがとうございます。ジンモちゃんの頭、よく転がってどこかに行ってしまうのです」

「はあ」

 人体模型の首を受け取った2年ナースさんは、微笑みながらほこりを祓ったり乱れた髪を直したりしています。もしかして、メイクアップしたのはこの人でしょうか?

 大事そうに人体模型の首を机の上に置き、床にまき散らされた内臓を倒れた体にしまっていきます。鼻歌歌っています。すごい神経です。

 人体模型なんかよりも、人によってものの感じ方が全然違う方が、ある意味ホラーなんじゃないかと思います。



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