その7:七不思議の7つの話をすべて知った生徒は、7日後に死ぬ(2/3)
放送委員の委員長室は、豪華な扉とは想像もできないほど簡素なものでした。部屋の真ん中にキャスター付きの白いプラスチック製のテーブルとパイプ椅子、必要最小限の家具しかありません。
放送委員長が無造作にパイプ椅子に座ります。りんごちゃんは原稿を渡して、向かい合うように座りました。あたしもりんごちゃんに促されて、隣に座ります。
細い目をしてりんごちゃんの原稿を読んだ放送委員長は、原稿をりんごちゃんの前に放り投げました。席についてわずか1分足らずでした。
「あたしに添削してほしいって聞いたからさ~、どんな現行持ってくるのかな~、って楽しみだったのに、がっかりだよ。こんなものあたしに読ませるなんてさ~」
ねっとりとまとわりつくような言葉が吐かれてから、粘りつくような沈黙があたりを満たします。
辛辣を通り越して、毒舌です。
りんごちゃんとあたしは、ただ絶句することしかできませんでした。りんごちゃんは屈辱に耐えるように唇を震わしています。
「だいたいさ~、こんな下らない企画考えたの誰さ? 先輩? ちょっと連れてきてよ。まさか自分で考えました、なんて言わないよね~?」
放送委員長の追撃に、りんごちゃんの瞳が潤んできます。
あたしは我慢の限界でした。
「ちょっと、あんまりじゃないですかっ!?」
立ち上がってテーブルを叩きます。びくっとしてりんごちゃんは驚いてあたしを見つめました。放送委員長はにやにやした顔でおもしろいものを見るような眼をしています。
「君さ~、一応部外者だよね~? 黙っててくれる?」
「友達がバカにされているのに、黙っていられません! 先輩なら、もっと有意義なアドバイスとかしたらどうなんですかっ!?」
あたしがにらみつけても、放送委員長は顔色一つ変えず鼻で笑っています。
「君も読んだんでしょ~、これ? どうだった?」
「うっ……」
それを言われると弱いです。
「まあ、斬新というか、初めて書いた記事としてはそこそこだと思います」
「そうだよね~、そういう抽象的な評価しかできないよね~。でもさ~、読者はそういうの、別に求めてないんだよ」
ヤバい、論破されそうです。悔しいです。この人にだけは絶対論破されたくないです!
「だ、だからって、もっとブラッシュアップしたら、もっといい記事になります!」
「こんなネタじゃね~、どんなに磨いたって高が知れてるの。あたしたちが作ってるのは、5分後には捨てられて、1時間後には忘れられるようなものなの。君みたいにあれこれ批評されて美術館で大事に保管されるようなものは目指してないんだよね~。そもそも作品のコンセプトが君とは根本的に違うの」
ぐうの音も出ません。そもそも、あたし美術部って名乗りましたっけ? あたしのこと知っていたみたいですし、この人の情報網はすごいのかもしれません。
この人には、口ではとても勝てそうにありません。
悔しくて歯噛みしているあたしから視線を逸らし、放送委員長はりんごちゃんに矛先を向けます。
「佐伯ちゃんもさ~、黙ってないで何か言ったらどうなのさ?」
放送委員長の異様な圧力に、瞳を潤ませているりんごちゃんが震える声で尋ねました。
「……どこを、直したらいいですか?」
「全部」
放送委員長が間髪を容れず冷たく言い放ちました。
りんごちゃんはうつむきました。光るものが1粒、ほんのり赤くなった頬を流れました。
すごく悔しいですけど、あたしも何も言えませんでした。
「――って言いたいところだけどさ~」
放送委員長はすごく満足した顔でにやにやしています。やっぱり腹立ちます。
「この三浦ちゃんの記事は興味あるんだよね~。適当に後輩を食い漁ってるってことにしてさ~、やっとゴシップ誌の隅に載せられる、って感じかな~。あとの話は論外」
「先輩には、プライドがないんですかっ!?」
我慢ならないあたしは再びテーブルを叩いて叫んでいました。
「プライド?」
「だって、そうじゃないですかっ! 人を傷つけるような嘘を書いて、何が楽しいんですかっ!?」
「じゃあ聞くけどさ~、栗山ちゃん、ダメな記事ってどんな記事?」
「き、決まってるじゃないですか! 嘘とかデマとかで煽って、人を傷つける記事です!」
「分かってない。分かってないよ~。な~んにも分かってない」
放送委員長はやれやれ、っといった表情を見せました。
「世の中の記事にはね~、2つの尺度があるの。事実かデマか、そして、おもしろいか詰まらないか、の2つがね~。そりゃおもしろい事実が書ければ言うことないし、詰まらないデマを書くのはナンセンスだよ。問題は差~、詰まらない事実と、おもしろいデマだよね~」
放送委員長は持論を展開し始めます。けれど、触りの部分であたしにとっては答えがすぐ出ます。
「おもしろいデマなんて、それこそ最低じゃないですか!」
「助言してるんだからさ~、最後まで聞いたらどうなのさ?」
今までのひょうひょうとした態度を翻し、放送委員長は真剣な表情を浮かべました。声音はねっとりと変わらないのに、あたしは少しひるんでしまいました。
「最低な記事はね~、誰にも読まれない記事なの。誰にも読まれず、読まれても誰の記憶にも残らない記事は、存在価値ないよね~。問題はね~、どこに載せるか。新聞や情報誌ならデマより事実が求められて、ゴシップやネットの掲示板なら詰まらないものよりおもしろいものが求められるの。いい記事はね~、記事単体だけじゃなくて、どこに載せて、誰に読んでもらうかでも決まるんだよね~」
急に正論を引き出してきます。放送委員長の言いたいことは分かりますが、やっぱり腑に落ちません。
「……で、でも、私もあずきちゃんと一緒で、人を傷つけるデマは、書きたくありません」
りんごちゃんは身を震わせながらも、自分の意思をはっきりと言葉にしました。
それを見た放送委員長はふ~んと言いたげに頭の後ろで腕を組みました。
「ゴシップが嫌ならさ~、こんな誰でも知ってるようなビーガンの説明載せないでさ~、もっとビーガンに興味持っている人がどれくらいいるか取材して、三浦ちゃんとか一ノ瀬ちゃんとか、他の園芸部や料理部の人にもっと詳しい話聞いて、もっとキレイになったり巨乳になったり健康になるレシピ載せたりとかしてさ~、記事を読んだ人が君の隣の人を見て『あの人、ビーガン気取ってるくせにはちみつ食ってるよwww』って笑えるような記事作りなよ。隣にいい取材対象もいることだしさ~」
つまらないと言いたげなねっとりとした放送委員長の言葉を聞いたりんごちゃんは、はっとした表情をしました。
あたしにとっても背筋がぞくぞくするような不思議な体験でした。
りんごちゃんにおごってもらった豆乳とはちみつローストカシューナッツを容れたビニール袋を一瞥しただけでそこまで見抜く能力は、鋭い観察眼と豊富な知識がなければできません。
しかも彼女のアドバイスは的確で、完全に実力の差を見せつけられる形になってしまいました。
「あはは~、栗山ちゃん、いい顔してるね~。栗山ちゃん、あたしにプライドあるかって聞いたけどさ~、ぶっちゃけ、あたしがプライド持ってるかどうかとか、栗山ちゃんには関係ないじゃん? プライドってひけらかして自慢するために使うもんじゃないしさ~。でも、あたしは栗山ちゃんみたいに自分のプライドぶつけて戦う人、嫌いじゃないんだよね~。佐伯ちゃんもさ~、もっと栗山ちゃん見習いなよ。プライドないならもっと経験積むんだね~」
悔しがるあたしを笑い飛ばして放送委員長は立ち上がりました。
「んじゃあさ~、あたし、『星愛チャンネル』の収録の様子見に行かなきゃいけないからさ~。また今度ね~」
放送委員長はひょうひょうとした態度で長いアッシュグレーのフィッシュボーンを揺らして、扉に向かって歩き出しました。
そして、思い出したかのように首だけで振り向くと、佐伯ちゃんを見つめて付け加えました。
「あとさ~、そんなに作り込んでからボコられたら痛いじゃん? もう二度と泣きたくないならさ~、企画の段階でもっといろんな人に助言求めるんだね~。相談させてくれない人がいたらあたしが言葉でボコってあげるからさ~」
にししとしたり顔を見せた言葉のファイターは、後腐れもなくさっさと次の現場に向かってしまいました。