表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/19

その6:時計塔には魔物が棲む(2/3)

 朝ごはんのお弁当を届けてくれた(たか)()(はら)先輩が立ち去ると同時にメガネの保健委員、(うぐいす)(だに)先輩がタイミングよくカーテンを閉めてくれました。それを合図に、あたしも着替え始めます。さすがに昨日はセーラー服で寝ると寝苦しいのでゆったりとした患者服を貸してもらっていました。まあ、別の理由で眠れませんでしたけど。

 カーテンの向こうで、それではまた今日のフクジョ会で、というやり取りが聞こえました。軍曹と()(うら)先輩の蜜月っぷりも気にはなりますが、鷹野原先輩と鶯谷先輩もただならぬ関係な雰囲気がします。やっぱり、鳥の名前名字つながりでしょうか? あたしたち1年D組食べ物3人娘の様な。

「鶯谷先輩は、鷹野原先輩と知り合いなんですか?」

 あたしは服を着替えながら、カーテンの向こうに尋ねました。

「ええ、フクジョ会―――副委員長や副部長の集まる女子会なんですけど、そこでよくご一緒します」

「そうですか」

 鷹野原先輩はうちの寮長でもありながら、風紀委員の副部長でもあります。鶯谷先輩はおそらく保健委員の副委員長でしょう。

 慣習的に副委員長は2年生が努めます。あたしと1つしか違わないのに、2人とも優秀で、丁寧で気が利いて、本当に尊敬するほど後輩想いです。しかも3年生には軍曹や三浦先輩、図書委員長みたいに抜群の才能とリーダーシップを発揮して女学院の平和に貢献している人もいます。

 なんだか、自分自身がちっぽけに見えてきます。

 美術部でバカ騒ぎしている時も、やっぱり部長や副部長のたぐいまれなる才能の片鱗(へんりん)に触れるたびに、心の隅っこが震える思いがなかったとは言えません。

 学校の七不思議に関わって思い知ったのは、幽霊や階段なんかよりも怖いのは、先輩たちの(てん)()の才能、その先輩たちが与えてくれる優しさが映し出す自分の無力感じゃないかと思います。

 あれ? なんか、ネガティブ思考なんて、あたしらしくないな。

 裸の心になったあたしは、1つため息をこぼしました。

 濡れタオルで体を拭いて、用意してくれたセーラー服に腕を通しました。不思議なもので、制服を着るともう少しがんばろうかな、という気持ちになります。何にがんばっていたのか、何をがんばればいいのかは分かりませんけど、とりあえず今日1日はがんばれる気がします。

 眠気を振り払い、心を奮い立たせようとした瞬間、パソコンをいじっている鶯谷先輩がぼそっと独り言を言いました。

「はぁー、眠い。今日の午前中の授業、欠席申請してあとでアーカイブで受けようっと」

 あたしは雷に打たれるような思いでした。その手があったか!

 うちの高校は部活や委員会活動に精を出す人があまりにも多く、学習効率を上げるために早くからオンライン授業が普及しています。欠席した授業もアーカイブに保存されている録画した動画を見ることもできますし、その後の電子小テストに合格すれば出席扱いになるのです。卒業生にはオンラインだけで皆勤賞を取ったという猛者(もさ)がいるとかいないとか。これ、ある意味七不思議の1つじゃないですかね?

 付け焼き刃のやる気なんてたかが知れています。あたしはサイドテーブルの上に置いてある自分のスマホを摂ると、さっさと欠席申請しました。うちの高校は無断欠席には神経質なほどうるさいのです。

 鶯谷先輩がカーテンを少し開けて話しかけます。

「栗山さん、私はそろそろ上がります。もう少ししたら代わりの者が来ますけど、何かあったら遠慮なくそこの内線電話を使ってください」

「ありがとうございます」

「では、失礼します」

 鶯谷先輩は軽く一礼して、保健室を出ていきました。

 一人取り残されたあたしは、再びベッドに寝転んでまどろみました。やっぱり眠れないし、気持ちが落ち込んでくるし、何をするわけでもなくまどろんでいました。

 しばらくして、保健室の扉が開く音が聞こえました。保健の先生か、熱心な他の保健委員の誰かでしょう。

 そう思ったのもつかの間、聞き覚えのある杖を突く音が聞こえました。

 半開きのカーテンを覗いてみると、案の定、図書委員長でした。相変わらず自分の背丈よりも長い(かし)の木の杖を持っていますし、セーラー服の(えり)を立てていますし、スカーフを右手首に巻いています。

「図書室の蔵書整理に来た美術部1年の(なにがし)だな。保健室で休んでいると聞いて来た」

 あたしに気づいた図書委員長が、あたしの顔をじっと見つめてきました。

「ああ、すみません。栗山(くりやま)あずきです。その節はどうも」

「現図書委員長の(ぬま)()小雨(こさめ)だ」

 簡単に名乗った沼津先輩はベッドの隣にある丸椅子に腰かけました。すごく当たり前のようにふるまっていますが、時計を見たらあと4分で授業です。授業サボる気満々です。

「眠れたか?」

 沼津先輩はあたしを気遣っているのか、そう尋ねました。

「いえ、実はほとんど――」

「だろうな」

 苦くはにかんだあたしにさも当然といった雰囲気で言葉を返してきます。

「どういう、意味ですか?」

「昨日の事は覚えているか?」

 あたしの質問には答えず、(まゆ)一つ動かさない無表情で沼津先輩は続けます。マイペースです。

 サーバー室に巣くっていた謎の化け物、魔法でその魔物を打ち倒した目の前の図書委員長。昨日見た悪夢の内容が、断片的に次々と思い出してきます。

「あれは、夢じゃなかったんですか? あんな非現実なこと、夢だと思っていたんですけど」

「記憶を操作する術を掛けたが、やはり効きが甘いか」

 えっ、なんか沼津先輩がすごいことを言っています。魔法の存在どうこうより、そういうことさらっと言っちゃう沼津先輩の方が現実感がないです。

「他に()(ぎょう)なる者を視た事は?」

「異形なる者って、サーバー室の化け物みたいなやつですか?」

 あたしは記憶を巡らせますが、どう考えてもあれが最初で最後です。あんなもの、ほいほい出現しても困ります。

 けれど、思い当たる節がないかといえば、そうでもない気もします。

「えっと、違うかもしれないんですけど……」

「構わぬ」

「部室(とう)の前の花壇に、死体みたいな手首を見た気がします。りんごちゃんや三浦先輩には見なかったみたいですし、あたしもすぐ見えなくなったんですけど」

「三浦……」

 三浦先輩の名前が出た時、沼津先輩は難しい顔をしました。知り合いでしょうか? まあ、部長と委員長という関係なので、学内会議で知り合う機会はあると思います。

「あと、あたしの寮、(しゃく)(どう)(りょう)なんですけど、ずっと家鳴りがやまなくて眠れませんでした。ってこれはさすがに関係ないですよね?」

「赤銅寮……無理も無い」

 えっ、どういう意味でしょうか? 沼津先輩が難しい顔して言うと、あそこは木造だから家鳴りが多いのは当然、では済まない雰囲気があります。

何時(いつ)からだ?」

「いつから? うーん、りんごちゃんと一緒に七不思議の取材を始めた頃くらいだと思います」

「七不思議……奴は知ってるか?」

 沼津先輩は視線を一度人体模型の方に向けました。

 ヤバいです! 鷹野原先輩の言っていた人体模型の話が本当なら、アレは異形なる者、かもしれません。封印どうこうというきな臭い図書委員の対応も、遊びなんかではなく本気かもしれません。

「は、はい。あたしの目の前で倒れて、頭を持ちました」

「その時、変わった事は?」

「えっと、なんだか見つめられているような、嫌な感じがしました。あと、少しめまいをした気がします」

「……」

 その時のことを思い出して話します。言ってから気づきましたけど、自分の声が少し震えていました。

 沼津先輩は()(けん)のしわを深くして、沈黙しました。ものすごく真剣なまなざしをしています。

 嫌な静寂が保健室を満たします。

 そして、再びちらっと人体模型を見た沼津先輩が答えを出しました。

「異形なる者を視るのは、恐らく、アレの呪いだろう」

「アレの呪い、ですか?」

「うむ」

 沼津先輩はとても恐ろしいことを告げます。今までしてきたあたしの七不思議体験は、アレの呪いのせいだと断言しています。否定したい気持ちはありますが、非科学的であるからこそ非科学的な要因こそが似合っているような気がしてなりません。

「あ、あたしは、どうすればいいんですか? 呪いは解けるんですか?」

 そう聞かずにはいられませんでした。超常現象をどうにかできる人なんて、沼津先輩以外にあり得ません。少なくとも、あたしの知り合いの中では。

 沼津先輩は、真剣な顔でぽつりとつぶやきました。

「アレを叩く。君は見ていれば良い」

「見ていればよい、って今からやるんですかっ!?」

 あたしの制止もむなしく、沼津先輩は立ち上がりました。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
今までの話を読んでくれると、おもしろさ倍増なので、よかったらぜひ見てください!
美術部のみんなを知りたい人はこちら
栗山あずきの独り言~うちの美術部がエログロでヤバいです~
赤銅寮のみんなを知りたい人はこちら
栗山あずきの独り言~うちの女子寮ではコミュ力が試される件~
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ