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治療法のはなし



ルイスは次の日もイルゼを訪ねて来た。ルイスが二日連続で訪ねてくるのは珍しい。


彼は両手に、たくさんの医学書を抱えていた。

いつものようにズカズカとイルゼの家の中に入ってきて、ダイニングテーブルの上に持参した本をドスドスと落とす。


そしてルイスの定位置になってしまっている椅子を引いて座る。

その隣の椅子も引いて、ルイスはイルゼを手招きした。

隣に座れと促してくる。


「治し方、探せば見つかるかもしれない。お前も協力しろ」


「う、うう……」


ルイスの隣の椅子に座ったイルゼは曖昧に微笑んだ。

(うう……私も知識は詰め込んだけど、ボロが出るのは避けたい……もう病気の話はやめてくれないかなあ……)



「まず、イダコボレリアノグ病、古代竜の呪い……」


分厚い医学書を捲り、昨晩読み込んだのであろう、付箋付きのページを開くルイス。


「お前の痣はどれくらい酷いんだ」


「えっと、全身……」


「顔以外か」


横からすっとルイスの腕が伸びてきて、ルイスの手のひらがイルゼの頬を撫でた。

ついでに少しだけ、ムニムニとつねられる。

顔の痣は既に消えている。

よく洗う部位なので、絵の具が落ちていくのは体よりも早かったのだ。


「大丈夫だ」


ルイスは昨日からそう繰り返している。

イルゼを安心させるために言うのだろうが、まるで、自分自身に言い聞かせているようだ。


「痣の広がりと余命は……関係があるらしい……ただ、痣が広がってないのに死んだ例もあるらしい……特効薬は、無い……治療法も、未知……」


開いたページの文章を読み、ルイスは顔をしかめた。

付箋がしてあるのだから何度も読んだのだろうに、そのまま止めずに続きの文字を目で追って、また唇を噛んでいた。


どんな本を引っ張り出してこようと、どこで読もうと誰と読もうと、どのページにも良いことなど書かれていない。

未知で不治の病だったからこそ、イルゼがわざわざその病を選んだのだから。


(だから、諦めて早く帰ってくれないかなあ)






ハタ、と。

何かに気が付いたのか、ルイスがおもむろに顔を上げた。


「お前の痣、見せろ。医者が間違って診断した可能性もあるだろ」


「お、お医者さんが間違えるわけないよ!」


「珍しい病気なんだろ。医者だって見間違える可能性はある。服を捲れ」


「あ、えっと……!」


「早く見せろ」


「か、体を見られるのはちょっと……!」


(一応、体の痣はまだ残ってるけど、もう薄くなってきてるしな……)

嘘がバレるのを恐れるイルゼが眉を下げた泣きそうな顔で、ぎゅっと身を守るように着ているローブを抱くと、ルイスがハッと固まった。

顔をボンッと赤くして急いで首を振っている。

何か誤解したのか、何か想像してしまったようだった。


「あっ……いや、俺はただ痣の具合を確認したかっただけで、そう言う訳では……っ、この変態女!」


「あ、え!?わ、私が変態……!?」


「……もういい」



とりあえず、嘘がバレる危機は脱したかもしれなかった。

その代わりに変態女とは言われたが……。


(いやいや?どちらかと言えば、変態はボンボンの方じゃない?だって、しれっと服脱げって言ったし……)



赤くなったルイスにつられて顔を火照らせたイルゼが、赤い頬を隠すように髪を両手で掴む。

行き場を無くした手が傍にあった髪を束にして掴んだのは、無意識の事だった。


しかし、その拍子に露になった首の後ろを見て、ルイスが目を見張った。


「いや、待て」


ルイスの片方の手がイルゼの方に伸びてくる。


その手はイルゼの長く柔らかな髪を一房素早く取り上げて、横にどけた。

真剣なルイスの顔が、イルゼの首筋に近づく。


「お前、こんなところにまで痣が……」


首と服の間、イルゼの首筋に消えていない痣を発見したルイスは、それを凝視した。

イルゼとしては、そんなに顔を近づけないでくれとビクビクしているのだが、ルイスの目は真剣そのものだった。

ルイスは医学書と痣を何度も見比べて、ぎりっと奥歯を噛んだ。


「痣の模様が同じ……」





深い色を宿したルイスの瞳は、イルゼを捕えて離さなかった。

遣る瀬無い憤りと、その奥に悲しい色が見え隠れしている。



「なあ、こんなになるまでほっとくなよ……お前は絵以外のことには無頓着すぎる」


「ごめ……」


思わずイルゼが謝ろうとしたところで、謝らせまいとしたのかルイスの方がぱっとイルゼから目を逸らした。




「くそ……」


外された視線は行き場をなくして、テーブルの上に広げられた分厚い医学書の一ページを、性懲りもなく再びなぞりはじめる。


……イダコボレリアノグ病。俗称『古代竜の呪い』。

独特な形状の青黒い痣が特徴。

原因不明、有効な治療方法も見つかっていない。非常に珍しい。

不明なことが多く、呪いの類なのではないかと言われる病気……





「なあ、もしかして……これが本当に古代竜の呪いなら、古代竜を探して殺せば解けたりしないか?」


「えっ?!」


(……そうくる?いやいや、この病気見つけた人、なんでもっと意味不明な病名付けてくれなかったのかな?!頼むから、冒険に出るとか言わないでよ……?)


「お前の寿命はあと3ヶ月くらいはあるんだろ?その間に古代竜を探し出して殺せば、呪い解けたりしないか……?」


(いやいやいや!確かに伝説の古代竜は天を貫く山の頂にいるらしいけど、これは呪いじゃなくて病気だし、そもそも私は仮病だし、とばっちり受けて殺される古代竜は流石に可哀そうだよ!)


士官学校時代に大槍のルイスと呼ばれて、竜巻の様に暴れる飛竜の群れを先陣切って壊滅させたこの男と、人に危害を加えることなくのんびり生きている古代竜を鉢合わせるのはあまりに酷だと思ったイルゼは、ブンブンと頭を振ってルイスに懇願した。


「あ、あの、行かないで」


「もう竜殺すくらいしかないだろ、俺にできること」


「う、ううん、君に頼みたいことはあるよ」


「買い物か?信頼がおける家令にでも頼んどいてやる」


「ち、違うよ!えっとえっと、そうだ、時々顔見たいな、うん!」


「は……」


ルイスに、イルゼのお見舞いを課しておけば竜を殺しには行けないだろうと思っての発言だったが、ルイスの顔が少し赤くなったので、良く分からないが言い過ぎたと思ったイルゼはアタフタと髪を触ったり頬を触ったり、少し挙動不審になってしまった。


「ほ、ほら孤独死とかさ、引き籠りでオタクの私でも流石にちょっと寂しいもんね」


「あのな、孤独死なんて絶対させないからな」


ルイスはまた「大丈夫だ」と呟いた。



「孤独死とか言うな」と怒られるかと思いきや、ルイスの顔は少しだけ穏やかになっていた。

もしかしたら、死ぬ前のイルゼにできるだけ優しくしてやりたいとでも思い始めたのかもしれなかった。

出来るだけ、やりたいことをやらせてやりたいとも思ったのかもしれなかった。




「……して欲しい事、他に何かないか?」


「そ、そうだなあ、えっとえっと……あ、葡萄畑、行こう!」


実は仮病なだけで元気なイルゼが、申し訳なさと逃げ出したい気持ちでいっぱいの中、苦し紛れに思い出したのは先日の会話だ。

縋るように思い出したことでも、そろそろ葡萄畑に行って葡萄のスケッチがしたいと思っているのは本当だ。


病気の会話を続けると、足元から嘘で固まって身動きができないような錯覚に囚われ始める。

公爵から逃げて、ここではない場所で一人絵を描き続けるという目標の為に嘘をつき続ける覚悟はできているが、やはり嘘を生み出せば息は苦しい。


(うん、このまま違う話題でごり押ししよう)


もう病気の話題には戻させないとイルゼが決意と共にギュッとこぶしを握れば、丁度掴みやすい位置にあったルイスの服を巻き込んでいた。

不意に袖引かれたルイスが少し赤くなってピクッと揺れていたことに、イルゼは気付いていない。



「うんうん、病気のことは忘れて、そうしようそうしよう。楽しみだね!」


「っ……あのなお前、アホ丸出しではしゃぐな。みっともない」


「みっともない?それは士官学校主席の貴族のボンボンと比べたら、何してもみっともないかもしれませんけれども」


病気が発覚してから、ルイスは思いがけない顔を幾つもイルゼに見せたが、やはり意地悪で口の悪いところは何一つ変わっていない。


(うんうん、このボンボンは意地悪な普段の調子のままで、週に一度食料を持って来てくれるくらいが丁度良いんだ)


と思いながらイルゼが安心していつものように言い返すと、ルイスは藍色の髪をクシャッとさせて、目を伏せた。


少し戸惑っているように見える。

(あれ、また様子がおかしい……?)



「……いやごめん、違う。アホとかは思ってない。ちょっと嬉しそうにしてて、か、可愛いと思った、本当は。

…………いきなり触ってくるのも驚いて、つい」


「な……?」


(さ、触ったのは服だけだもん!び、びっくりするじゃん、それくらいで顔赤らめるなあ!高飛車ボンボンのくせに!)


良く分からず驚いて、病気のことも葡萄畑と絵のこともすっかり忘れて椅子から飛び上がったイルゼは、気が付いたらアトリエに逃げ込んでいた。



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