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告白のはなし



ドンドンドンドン


公爵を退けてから一週間が経とうとしていたある日。朝から扉がものすごい勢いで叩かれていた。


「俺に居留守使ってもいいと思うな!」


扉の向こうから声がする。聞き慣れたルイスの声だが、どこか切羽詰まっている。

いつも一定の落ち着きはあるのに今日はそんなに慌ててどうしたのだろう、とイルゼはのんびり扉を開けた。


扉を開ければ、張りつめた顔でルイスが中に飛び込んできた。

その姿に驚いたイルゼが咄嗟に壁際に身を寄せると、動いたものを反射的に追ってしまう肉食獣さながら、ルイスの腕がイルゼの逃げ道を塞いだ。

後ろには壁、正面にはルイス、左右はルイスの腕でイルゼは動けない。


動けないので、イルゼが仕方なくしばらくじっとしていると、ルイスが悲痛な顔で呟いた。


「……お前、病気だって」


「う、うん、そうだねえ」


(えっ!噂になるもんなんだ、そういうのって!こんな落ちぶれた貴族の娘の不幸の話なんて、噂にして面白いのかな)

内心ではそんな風に驚きながら、イルゼは目の前のルイスから顔を逸らした。

射抜くようなルイスの目からひしひしと伝わってくる圧力に耐えられなくなったのだ。


「何の病気なんだよ、なんで俺に相談しなかった」


「いや、相談するほどのことでも……」


「どんな病気なんだよ!?」


「えーっと、体に変な痣ができて、内臓がたまに痛い、みたいな感じの……」


(頑張れ私!自信を持て!プロである医者も騙せたんだ、この医学知識もないこのボンボンならもっと簡単に騙せるはず!)


「えっとえっと、学名、イダコボレリアノグ病、俗称古代竜の呪いって言われてる病気なんだけど……」


「なんだよそれ!ずっと我慢してたのか?それは早く治療できてたら治せたんじゃないのか!?」


嘘をつく後ろめたさに縮こまるイルゼの前で、ルイスは壁につく手の力を緩めようとはしない。

握りこんだ拳に痛いほど力が入っているのが分かる。

(ひえええ……握力凄そう……鉛筆折れそう……)

イルゼは、このまま自分が握りつぶされてしまう錯覚さえ感じた。


「なあ……」


「それは、分からないけど……」


「分からなかったなら、俺に相談くらいしろよ……」


「でも、別に私は大丈夫だし」


「大丈夫じゃないだろ!相談してくれてたら、早期治療させてやれたかもしれないのに!」


「いやいや、早期治療なんて、いいよ。……えっと、そこまでする余裕ないし、時間もないし」


発せられたイルゼの言葉に、ルイスは苦しそうに唸る。

治療する余裕がなくて、死んでいく体を黙って見ていなければならない痛みを想像してくれたのだろう、とイルゼは思った。


(どこかの公爵とは違って、このボンボンは死ぬ人を心配できる優しい奴だな。いつも悪口言ってくるけど)


その一方で、そんな気遣いができる人に対して、嘘をついた己を守るために必死に言い訳を重ねる自分の姿を見るのが辛くなったイルゼだった。


(ろくでもないクラクトン公爵に嘘をつくのは良心もそう痛まなかったけど、やっぱり心配してくれる人に嘘をつくのは心が痛い。もうこれ以上嘘を重ねたくないし、早く帰ってくれないかなあ)



「私は大丈夫だから」


「っ、馬鹿、馬鹿干物女!治療費くらい俺に頼れよ。いくらでも払う」


「え!?いやいや、無理無理、頼れないって」


「……お前が一言でも言ってくれてれば、頼ってくれてたら……そんなの、断る訳ないだろ……」


ルイスは辛そうにうなだれる。


でもどうか、気にしないでほしい。

どうでもいい人の病気に、いちいち感情移入していてはルイスの身が持たない。

それにそもそも、イルゼの病気は仮病なのだ。

自分の都合で真剣についた嘘がまかり通っちゃった偽の病なのだ。


「あ、あのね、死にそうだからって頼まれたら断りづらいかもしれないけど、そういうのは一回承諾しちゃうと、次から次へと寄付求められるようになったりするから、ちゃんと最初に無理って言えるようにした方がいいよ!」


「アホか!……俺そんないい奴じゃないだろ。お前以外の奴なんて頼まれても見捨てるに決まってるだろ」


「……そ、そうなの?」


イマイチよく分からないという顔をしているイルゼは、勢いよく顔を上げたルイスに全力で睨まれた。



「……確かに、いつも散々なことしか言えなくて、なのにお前に察せよって言うには無理あっただろうけど……」


少し苛立っている様子のルイスは、イルゼに顔を近づけた。

気を抜けば食べられてしまいそうな、強い瞳でイルゼを縫い留める。


「なんで俺が貧乏な引きこもりの家に飽きずに来てたんだろうとか、少しも考えなかったわけ?」


「それは、食料届けてくれる約束したから……」


「じゃあなんで俺がその約束を承諾したと思ってるわけ?」


「私が家族の事故で落ち込んでて、君が私を憐れんだその流れで……」


「そもそも、俺がどうでもいい貧乏人の心配する暇があるような、怠けた貴族だと思ってたのか?買い物は、俺が一週間に一回はお前に会うための口実にしてたとか考えなかったのか?」


「……はい?」


「俺がどうでもいい奴の為に、毎回食べ物選んでると思ってたのか?毎回どうでもいい奴の為に、これ食べさせたいとか、これが美味しいとか、栄養偏らないようにとか考えてると思ってたのか?」


「え……君が選んでくれてたの?」


「俺が毎回お前に会えるの楽しみにしてるかもって、ちょっとは考えたりしなかったのか?ちょっとは、俺がお前のこと好きかもとか、考えなかったのか?一回も?」


イルゼはブンブンブンブンと頭を必死で振った。

微塵も考えたことは無かった。

ルイスにとってイルゼはただの玩具のサンドバックで、うっ憤のはけ口だと思っていたし、そもそも誰が好きとか誰を好きとか、そんなものとはまるで縁のない自分一人の世界に閉じこもって生きてきたのがイルゼだ。

そんなもの存在さえ知らないし、興味を持つ余裕もない。


「い、いやいやいや。でも、だって、オタクで根暗で絵の具臭い女の子なんて、君嫌いでしょ。私なんて小汚くて雑巾女でモヤシ女で、お前は絶対モテないぞって言ってたの君でしょ?っていうかそれ、あながち間違いじゃないし!私引きこもりだし、肉食べると口の周りにソース付けたりするし、床で寝たりするし、ほんと雑巾だよ!?」


昔から、イルゼにオタクだ根暗だと言ってきたのは誰だ。

雑巾女やら毛玉女やらボロクソに言ってきたのは誰だ。

そんなことを言われていれば、もしもイルゼが恋愛脳を持った可愛い令嬢だったとしても、まさか相手に想われているなど微塵も思うまい。


必死に首を振るイルゼを見て少しは冷静になってきたのか、ルイスは静かになった。

両脇でイルゼを囲っていた腕が、崩れるように壁から離れる。


「そうだな……確かに俺が悪いな………………酷い事ばっか言ってた奴にそんなこと言われてもいきなりすぎるな、ごめん」


「……悪口は、まあ、慣れちゃったけど……

けど、君が毎回喧嘩腰だったのはなんで……?」


「……色々……。お前のこと、か、可愛いとか好きだとかうっかり言って、お前に嫌がられたり気持ち悪がられたらって考えだしたらキリなかったし、嬉しそうな顔されたらされたで、それも俺が参りそうだし、そもそもやめるきっかけ無かったし、嫌味言ってくるお前も嫌いじゃなかったし、嫌がる顔も、か、可愛かったし、色々、だろ……」


「……」


照れて顔を赤らめるルイスに、イルゼは何も言えなかった。

こんな顔をするルイスは見たことがない。

いつも不敵に笑うか、偉そうに文句を言うか、不機嫌そうに目を細めるか、楽しそうにイルゼをいじめるか。そんな顔しか見たことがなかった。


悔しそうな表情で長いまつ毛を伏せるルイスの赤い顔など、見たことは無かった。



「でも、本当嫌になるな。お前が死ぬって分かってからしか言えないとか……」


「……」


「俺は、お前には死んでほしくない。……絵描いてる後ろ姿とか、絵の具が付いてる髪とか、お前の絵とか、好きだ。笑った顔とか、怒った顔とか、多分もっと……だから、本当はお前と、結婚とか……できたらいいってずっと考えてた」


「……け?!えっ?け?!あ、あの、でも、でも、不治の病だから……」


石で頭を殴られたような衝撃だった。

今まで、汚い、オタク、雑巾女と散々罵ってきた人の口から聞けるような言葉ではない。

それにそもそも、結婚という言葉とイルゼの人生はどこか次元が違うところに存在していて、互いに交わることは無いのだと、絵に人生を捧げるつもりのイルゼは漠然と信じていたのだ。


「不治の病とか言うな。俺には返事しなくていいから、治療、俺にできるだけ手伝わせてほしい。

お前のこと絶対治す。だから、治るまでの間一緒にいたらお前が絆されてくれないかな、って浅はかにも思ってる俺のこと許してくれれば、治った後は好きなようにしてくれていい。俺に恩も何も感じなくてもいい。治った後にお前が俺といたくないっていうならそれで、身は引くから」


真剣なルイスの深い瞳から逃れたくて、イルゼは目をぎゅっとつぶった。

何よりも真っすぐで強い目など、見ていられない。

イルゼのような偏った人生を送ってきた人間に、そんな綺麗な瞳は眩しすぎる。


(それにそもそも、これ仮病だし、そんなこと言われても困るよおお)


(それに、治療なんてしたら健康ってバレるかもしれないじゃん。頼む、頼むよ、医者にはもう会いたくないんだってば。また全身に痣描くのも結構大変なんだよ?)


(頼むから、私なんて見捨ててくれないかなあ……)



「不治の病だから……」


「だから、不治とか言うな。大丈夫だ」


きつく目をつぶっているイルゼが病に怯えていると勘違いしたのか、ルイスはふっとイルゼの片頬を片手のひらで優しく包んだ。

病気が怖くて泣き出してしまいそうに見えるイルゼを慰めようとしてくれているのかもしれないが、今にも泣きだしそうなのは、イルゼではなくルイスの方だった。


「大丈夫だ」


「ぜ、絶対お医者さんの治療受けたくない。えっと、その、自然に死にたいから、だから、ほっといてほしい」


「死にたいとか言うな」


「じゃあ、自然に土に帰りたい……」


「土に帰るのもだめだ。

なら、医者は呼ぶがお前が嫌がるような痛い治療は極力避ける。でもそれ以外で少しでも可能性があるなら全部試す。そうしろ」


「わ、私、何が何でも毎週お医者さんに会うのは嫌だ。さ、最後の時くらい、自分の好きにしたい、から……」


「最後とか、言うなよ……」


イルゼの言葉の真実味に打ちのめされたのか、ルイスは蹲りかけた。

そのの背をポンポンと撫でようとイルゼは思わず手を伸ばした。が、触れる前にひっこめた。


どうしたら良いか、イルゼには分からなかった。

イルゼは、加害者になってしまった気がした。


いつもふてぶてしく堂々としていて、弱みなんて絶対に人に見せないような人間だと思っていたルイスが、イルゼの前で力なく下を向いていることに、イルゼは成す術がなかった。




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