お終いのはなし
「は?!病気、嘘だった?!」
事の顛末をイルゼから聞かされて、アトリエの中で出してもらったお茶をひっくり返す勢いでルイスは叫んでいた。
「阿呆か阿呆か阿呆か!これだから引き籠りは思考回路が意味不明なんだよ!もっとほかの方法あっただろ!俺に相談するとか、俺の名前でも使えばよかっただろ!」
「いや、その、その時、君はオタク女と噂が立つようなことは絶対承諾しないと思ってたし、公爵は権力あるし、ああいう気持ちの悪いしつこい性格だったから、人は巻きこむべきでじゃないと思ったんだよ……それに、公爵を諦めさせて、後は逃亡してどこかで絵が描ければいいやって考えた計画だったから、その、他のことは考慮しなかったの……」
「確かに酷い事ばっか言ってたのは俺が悪いと思うが、あんなジジイに俺が後れを取る訳ないだろうが!」
「でも公爵は侯爵より偉いじゃん……」
「世間知らずのコミュ障のくせに、そういうどうでもいいところは気にするんだな、お前は!」
「そ、それに公爵は陰湿な噂もたくさんあったし、暗殺とかされたら……」
「暗殺くらいで俺が殺せるわけないだろ!」
「いやでも……」
唸るルイスに追い詰められているイルゼは、段々と小さくなっていく。
少しでも動けばルイスに噛み付かれてしまいそうなので、体も声もしゅるるると縮んでいく。
「くそっ。
……いや、でもお前、痣あっただろ?!首に!あれは本当の病気だった……」
記憶を手繰り寄せたルイスはイルゼの髪をどけて、首筋を確認しようとする。
咄嗟にイルゼが腕を出してルイスを阻んだので、ルイスは髪の代わりにガシッとイルゼの腕をつかんだ。
「あれ、自分で描いた……」
「………………は!?お前……お前、馬鹿野郎!画力悪用するな!くそ、お前の分際で俺を騙したこと一生後悔させてやる!一生償い続けろ!」
「えっ」
両腕を捕まえられ、動けないイルゼはそのまま椅子の上から押し落とされた。
壁まで追い込まれ床に座り込んだイルゼには、イルゼの両腕を拘束したルイスが覆いかぶさっている。
「分かるよな、どう償えばいいか!散々聞かせてやったよな?仮病、使ってるお前に!」
「えっ、その、奴隷、とか……?」
「奴隷よりひどい目に合わせてやるよ!俺と一緒に王都に来い!それで俺と結婚しろ!!」
「……け……!」
「嫌がっても一生放してやらないからな!」
「い、い……………………あの、い、嫌がらないよ……」
目の前で顔を赤くしているルイスに、イルゼは小さく首を振った。
怒っているのに、イルゼに熱く愛しいと伝えてくる藍色の目。
強くて真っすぐにイルゼだけを見ている目。
そんなものを前にしたイルゼは、ハッキリ発音することすら出来なかった。
それでも、気持ちは目の前の人に伝わっただろうか。
「っ……くそ、大馬鹿野郎!」
本日何度目かの馬鹿に対して、イルゼは何も言い返すことができなかった。
唇が、塞がれたから。
そのまま放してもらえず観念して目を閉じれば、イルゼの大好きなにおいがした。
あの日のおひさまのにおい。草のにおい。夜のにおい、昼のにおい、春のにおい。それから優しいにおい。
よかった、とイルゼは思った。
もうこれからは、思い出なんて探さなくてもいい。
綺麗だったあの日の景色を描かなくてもいい。
これからは、大切な今この瞬間の絵が描ける。
これからは、共に歩む未来の絵が描ける。
明けました!おめでとうございます!
良い一年になりますように!




