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ルイスのはなし



ルイスは、昔のことを何度だって思い出す。


ずっと幼かった頃に、両親に連れられて行った当時羽振りの良かった男爵家のパーティ。

そこにいた女の子。

可愛いと思った。

ミルクティーのように滑らかな色の髪と、凛とした大きな瞳の綺麗な女の子だった。

しかし、パーティでの彼女は終始詰まらなさそうにしていた。

ルイスが貴族の挨拶をしても、彼女は礼儀のなっていない挨拶を返してきた。



彼女はそのパーティで、主催者である彼女の両親に連れまわされて、招待客の貴族たちに紹介されて回っていた。

名のある貴族との縁が欲しいらしく、娘を飾り立てて、誰かしらに気に入られることも期待しての行動だった。

彼女の両親は彼女に少しでも興味がありそうな素振りをした貴族や、彼女に話しかけた幼い令嬢や令息達を個別に再度屋敷に招待したりもしていた。

しかし当の彼女は、誰か貴族の子供と上手くいかないだろうかと画策する両親の思惑に、酷く反抗しているようだった。


ルイスは彼女には興味があるのに、彼女の両親に「うちの娘にノコノコ釣られてやって来た良いカモ」みたいに思われるのも、彼女に「私は興味ないのに父上母上が勝手に」と嫌々相手をしてもらうのも嫌で、絶対に彼女に好意的に話しかけることはしなかった。


「その髪型可愛いね」

「そのドレス似合っているね」

なんてよく躾けられた貴族の令息らしく言えば、彼女の両親によってたちまち嫌がる彼女とお膳立てされてしまうだろう。




「そんなところに蹲って何見てるんだ、汚いな」


彼女の両親が主催する豪勢なパーティに出席した何度目かの夏、両親に連れまわされて愛想笑いを強要された反動か、パーティの最中に彼女は姿を消していた。

その日、彼女の両親は姿を消した彼女のことは探さないことにしたようで、各々で貴族とのコネクションを作ることに専念し始めたようだった。


ルイスが屋敷の庭の茂みの脇で蹲る彼女を見つけたのは、ルイスが人に気づかれないようにこっそり彼女を探したからだ。


「無視か?もう一度聞いてやる。お前、何してるんだ」


「レンゲの花見てる」


「レンゲ?そんなもの見て面白いのか」


「面白いよ、見て。この花弁とこの花弁、色が違うの。それにね、この先っぽのところ、ピンクに見えるけど、こうしてみると白なの。分かる?」


ルイスを振り返って、どんな時よりも饒舌に話す彼女の嬉しそうな顔に、驚いた。

パーティ会場で貴族に挨拶している時はこれっぽっちも嬉しくなさそうのに、その時の彼女はルイスだけの前で生き生きとしていた。


ルイスの良く知る令嬢という種類の女の子とは雰囲気が違っていた。

彼女からは、行くと決めたらまだ見ぬ海の先へ今すぐにでも行ってしまいそうな、強い風を受けたらどこまでも飛び出して行ってしまいそうな、飄々とした自由な印象を受けた。

箱に入れられて蝶よ花よと育てられて、お手本に沿ったことしかできない令嬢達に見飽きていたルイスは、そんな彼女に興味を引かれた。


「は?どう見てもピンクだろ」


小さな指先でつまんだレンゲの花弁の根元を、彼女が指さして見せてくれる。


「違う違う。よく見て。これは白なの。だから、絵の具で塗る時は白を使わないと同じ色にならない。ピンクを使うと、この色は出せないの」


「良く分からないんだけど」


「この部分だけを見て。隣に赤があるからピンクっぽく見えちゃうけど、実は白いの」


そう言った彼女は、器用に花弁の先端の白い部分だけを指で切り取った。

そしてそれをルイスの手のひらの上に載せてくれる。


「今は、白に見えるな」


「ね、切り離したら白にしか見えないでしょ。面白いよね、全然違うの。だから、しっかり観察しないといい絵は描けないんだよ」


先ほどから少し変わった子だなと思いながら彼女の話を聞いていたルイスだったが、絵を描く、と聞いてあからさまに眉をしかめた。


貴族なのに絵を描く?貴族なのに、貴族らしく税や法律の勉強をせずに絵を描く?貴族なのに、貴族らしく社交辞令を言いあったり、流行りのドレスを追い求めずに絵を描く?



「絵なんて描くのか?そんなの何の役に立つ」


「役に立つ?何の役に立つんだろ。分かんない」


笑った彼女のその瞳には、自信が溢れていた。

役に立たなくてもいい、むしろ役に立つものなどクソくらえとでも思っているのではないだろうか。

その時のルイスは、彼女を説き伏せて本物の貴族の威厳に感服させてやりたいと確かに思ったが、同時に、絶対に敵わないことを心のどこかで既に悟っていた。


「役に立たないことしてどうするんだ。絵を描くなんて地位のある人間がする事じゃないだろ。あ、そういえばお前の家は成金だったな。だからお前はそういう卑しいことをしてもいいわけだな」


「卑しい?違うんだよ、上手な絵を描ける人は凄いんだよ。君は絵を見て感動したことないの?」


「俺は、金や地位がある人間が、絵を描く方に回るっているのはどうかと思うって言ってんだよ。絵は描かせるもので、描くものじゃない」


「そうかな。貴族のボンボンはいつもそういうことを言うよね。こうするものだ、ああするものだって。昔からの伝統を守りすぎて、変わらない。だから貴族はみんな同じに見える」


「代々続いてきたものを守るのが貴族だろ。変わらないのもみんな同じなのも、それが正解なんだ」


自分自身になのか反抗的なイルゼになのか、誰かに言い聞かせるようにルイスは言葉を吐いた。


「ふーん、そっか。君が正解って言うなら、それでいいんだ。だって私には関係ないもんね」


それで私の正解は絵を描くことだと言わんばかりの彼女は、その話はもうお終いとばかりに話題を変えて、色についての講義を延々とルイスに聞かせてくれた。





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