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償いのはなし




「ごめんなさいイルゼさん。折角この教会の為に絵を描いてくださったのに、もう教会にも飾れないし、僕もこれを牢屋に持っていくことはできないし、したくないので、この絵は……」


ロイは、一番きれいなベンチに丁寧に立てかけてある絵を眺めた。

遥か遠くにあるものを眺めるような目だ。

見つめられたその絵はまだ布でぐるぐる巻きにされたままで、依頼主にその姿を披露することもないままである。





「あ、えっと、それでですね、ロイさんにお便りがあります」


シンと音を立てて落ちてしまった空気を、イルゼはビリリと不器用に破った。


「便り……?」


「はい」


イルゼはローブの内側をごそごそと探り、一通の手紙を取り出した。

今朝、「俺は渡したくないからお前があの男に渡せ」とルイスから押し付けられたものだ。

この手紙の詳細は、聞いている。


「山の向こうの教会の、ロイさんのお師匠さんからのお手紙です。ロイさん宛なので封を開けて確認した訳ではないですが、きっと良い便りの筈です。ミスティリオンは月の神、持続の神、良い便りの神です、もんね」



差し出された手紙を受け取り、慎重に封を開けたロイは同じく慎重に中身を取り出し、深呼吸と共に読み始めた。


暫く読み進め、ロイの両手には知らず力が籠り始める。

ロイの視線は、何度も同じところで往復する。



「大丈夫ですか?」


「あ………………はい」


「えっと、お師匠さんはなんと?」


「も、戻っても良いと……!」


顔を上げたロイは、ふり絞るような声を出した。


貧民街から抜けてボロボロになったロイのすべてを受け入れ、神官として生きることを教えてくれた彼の恩師は、ロイには帰る場所がある、と手紙を描いて寄越していた。

ルイスが今回のことを説明した後でも、全て承知して以前のように受け入れると念を押すように書かれている。




「しかしルイスさん、やっぱり貴方は僕が牢に入った方がいいと思いませんか?」


「で、でも、フロスト伯爵家お抱えの鷹匠さんに頼んでロイさんのお師匠さんの所に便りをかっ飛ばしてくれたのはこのルイスさん、です。牢に入るのを本気でお勧めしているわけではないと思うんですけれども……」


呼びかけられたルイスは冷ややかな目をしたまま何も言わなかったので、イルゼが代わりに返事をした。


先ほどは手紙の内容に救われたような表情を見せたロイだったが、それはほんの一瞬の事だった。

もう既に、ロイの顔には悔いるような自嘲するような微笑みが塗りつけられている。


「だってね、イルゼさん。僕はたくさんの牢の鍵を開け、たくさんの人の家の鍵を開け、あいつらが悪事を働くのを助けてきたのにもかかわらず、まだ牢に入って償ったことが無いんですよ?」


「えっ……」


「今回のことで思いました。やっぱり償いは、祈りではなくて罰を受けなければ成立しないのではないかと」


「あの……でも、後悔し続けるのは、償いになる気がします、うん」


「でもねイルゼさん。考えても見てください。貴方に乱暴しようとしたあいつらが、後悔して祈っているというだけで許せますか?あいつらが罰を受けて初めて少しすっきりすると思いませんか?」


「で、でも、もうこれ以上被害者を増やさないようにするなら、罰を受けるより後悔してお祈りしてくれていた方がいいような……」


懸命に言葉を紡いだイルゼは目を伏せる。

それでも納得がいかないのか、ロイの視線はルイスの方に移動した。



「………………では、ルイスさんは僕を罰してくれませんか?」


「お前が悪さをしたのはうちの領内じゃない。そんなに裁かれたいなら地元に帰ってからにしろ」


「フロスト領内にあいつらが入ってきたのは僕がここにいたからですよ?」


「だからお前が出ていけばいいだろ」


「イルゼさんが危険な目に合ったのも僕の所為ですよ?」


「………………は?お前の所為?お前の為にこいつがあんな目に合った訳じゃない、自惚れるな」


何となく、室温が下がった気がした。

確かにこの地方の夏は涼しめだが、それを抜きにしても涼しいような。

今日も長いダボダボのローブを着ているイルゼは、首を埋めるようにフードを少し整えた。


「しかし、僕がこの地に来なければ……イルゼさんが僕に出会わなければ……僕の為に絵を描いてくれる約束をしなければ……あの日だってイルゼさんが僕に会いに来なければ……」


「………………。

お前は相当罰を望んでいるらしいな。顔に似合わずマゾ野郎だったってことか」


ルイスがおもむろに手のひらを握り込んだ。


「いいだろう、今ここで償わせてやる。歯を食いしばれ」


歯を食いしばる余裕もないうちにシュンと風を切る音がしたと思ったら、もうイルゼの目の前にロイはいなかった。

もう既に殴られ、吹き飛んで、床を跳ねていた。


ルイスの拳をまともに食らったロイは床に伏しながら、目を白黒させている。

折角治療されて塞がっていた唇はぱっくり開いて血が出ていた。

息も絶え絶えだ。


「あご……折れましたよ……」


「骨は折ってない」


「ロイさん、あの悪党にやられたよりも痛そうにしてるような……」


小鹿のようにフルフルと立ち上がるロイを心配しながら、イルゼはルイスを見上げた。

ルイスはまるで凪のように平然とした顔で立っている。


(素手で人飛ばせるんだ?これで槍持たせたらどうなるんだろ……化け物じゃない?このボンボン、こんなところでのんびり貴族やってていいの?)





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