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血まみれのはなし



イルゼは目を瞑り、骨が折れる音も聞きたくないので極力音も聞かないようにして、時が過ぎるのを待っていた。

じっと身を固くし、息を潜めて待っていた。



轟音の後、誰かが急いで近づいてくる足音が聞こえてきた。


(ボンボンかな?!)


何となくそう思って目を開けた瞬間、「イルゼ!おい、お前、嘘だろ!」と叫ぶルイスの切羽詰まった顔が見えた。

しかし、その顔はぐわっと捲られたローブですぐに隠れた。


「ぎ、ぎゃあああ!!!」


いきなりローブを捲られ、中を見られたイルゼは声を上げた。

一応イルゼも女の子の端くれなので、突然服を捲られれば反射的に驚いてしまう。


(ローブ、捲られたぁぁぁぁ!!中に服は着てるけど、びっくりしたぁぁ!しかも今、痣がすっかり消えて無くなっちゃってるんだから、気をつけなきゃあああ!!)


「服の中は見ちゃダメ!!!」


捲られたローブの裾をルイスの手から取り返し、赤い顔のイルゼは身を守るように丸くなる。

その隙間からルイスをキッと睨めば、我に返ったルイスの顔は真っ赤だった。


「す、す、少しでも早く止血しなきゃお前が死ぬと思っただけだろうが、この変態女!!!っていうかなんだお前、なんでピンピンしてるんだ!」


「これ、絵の具だから……」


(っていうか、変態はそっちじゃん!)

そう思ったイルゼだったが、真っ赤な絵の具で血まみれの自分にも非があるのだろうと思って、口をつぐんだのだった。


「お前っ!俺の寿命返せ!!お前の腹から血が出てると思ったら、10年は寿命が縮んだんだぞ!」


赤い顔のルイスが噛み付かんばかりに怒っている。

冗談の付け入る隙無くルイスはまくし立ててくるので、イルゼもまくし立てるように謝った。


「ごめんごめんごめんってば!」


「馬鹿野郎!謝って済んだら領主はいらん!」


ぐいっ。

乱暴に手首を取られ、前に引かれた。

イルゼの体は前に倒れていく。


イルゼの正面にはルイスがいる。

ポスンと広い胸に引き込まれたと思ったら、イルゼはルイスの腕にぎゅっと抱きしめられた。

しっかりと固く、守るように強く抱きしめられた。





暫くイルゼは動けず、温かいルイスの腕の中でじっとしていた。


じっとしたまま。

じっとして、生きている心臓の音を聞いていると、イルゼの中で改めて震えがこみ上げてきた。


姿が見えないのに確実に迫ってくる危機の気配を感じながら、暗がりの中でじっと待ったこと。

生きた心地がしないまま、ただ恐怖を待つ為だけに息をしたこと。

出口のない水の中に入れられて、死ぬ確信と恐れの中で段々と酸素が無くなっていく思いだった。


斧が木の扉に突き立てられた時も、己の肉が抉られたような恐怖があった。

あの刃物を体に突き立てられたら、いったいどれだけの血が出て、いったいどれだけの痛みに襲われるのだろうと思ったら、安全な今でも身の毛がよだつ。


(手、とか失くしてたら、絵だって……描けなくなってたかも……)


イルゼはブルリと震えそうになる体を、もう少しだけルイスの胸に寄せた。

あの暗い屋根裏部屋と違って、ここなら温かくて安心できる。

振るわれる斧もない。汚い手で触ってくる人間もいない。


(今くらいはこのまま、大目に見てもらえないかな)


イルゼがそう思ったことをルイスは承知しているのか、白い顔のイルゼを組んだ足の上に載せてくれ、そのまま寄ってきたイルゼの体を全身で包むように受け入れてくれた。


ようやく、深く息が吐けた。

やっと、たくさん息が吸えた。

もう、大丈夫。


ぎゅっと包まれていたら、おもむろにルイスの手が肩の向こうに現れて、イルゼの背中をポンポンと優しく撫ではじめた。

手はポンポンと等間隔で動き、そして徐々に上に上がってきて、イルゼの頬を心配そうに触った。

フニフニと触られる。


そして、親指がぐいっとイルゼの唇のすぐ下の肌を擦った。


「これは?」


最初は質問の意味が分からずきょとんとしたが、どうやら血のようにこびり付いている赤色の絵の具ことだということに気が付いた。


「……絵の具」


「これも?」


次にルイスの指が撫でたのはイルゼの額だった。

乾いた赤黒い絵の具が、頭から流れ落ちた格好のまま固まっている。


「絵の具……」


「ならいい。変な事されてないか」


「う、うん。されてない、されてない」


「触られたりとか」


「されてない、されてない」


(あ、そういえば腕は握られたな。でも、『握られた』だからセーフ。これでいちいちピーピー言ってたらそれこそ痴女だもんね)

イルゼの腕は大男に相当強く握られていたので跡になっているかもしれないが、極端なオーバーサイズのローブがすっぽり隠してくれている。ルイスに見つかることは無いだろう。



「殴られたりとか、掴まれたりとか、髪引っ張られたりとか、されてないか」


(うっ、鋭い!普通に次の瞬間にはバレた!掴まれたって、『握られた』と一緒だよね……)


「何かあっただろ。お前はすぐ顔に出る」


「殴られたのか?」


殺気立ったルイスを留めるように、イルゼは慌てて首を振る。


「少し、握られただけ」


「どこだ」


そう問われて、イルゼが渋々ローブの袖を捲ろうとした時、向こうの方でガタンと音がした。

急に元居た世界に引き戻されたような感覚があった。

安全な世界から、元居た煩雑とした世界に。



男たちが伸びた大男と動けなくなっているロイ、そしてルイスに殴られて死んだようになっている二人の仲間を抱えて逃げようとしていた。

ガタンと音がしたのは、そのうちの一人が抱えていた男がずり落ちてベンチに当たった音からだった。



「くそ……あいつらを縛るの忘れてたな」


ルイスは心底めんどくさそうに溜息を吐いた。



こうして立ち上がったルイスによって男たちは残らず縛り上げられ、この土地に駐留している騎士団に引き渡された。

顔面を腫らしたロイは病院に行くのを嫌がったが、見た通り怪我が酷いので、この地の領主であるフロスト伯爵家から遣わされた者によって病院に連行されていた。


そしてイルゼは最後に、「何故俺を待たずに教会に行ったんだ」と事の発端を思い出したルイスから、延々と説教を受けた。




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