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作戦のはなし


「こちらです」


イルゼの怯えが伝わったのか、少し青い顔をしているロイは狭い廊下を先に立って素早く進みだした。

絵が心配で振り返ったエルゼだったが、今すぐにでも叩き破られそうな木の扉を見て、手を合わせることしかできなかった。


(私の絵……置いてきちゃうなんて……うう、お願いだから、無事でありますように)




イルゼは、小走りで移動するロイの後に続く。


タタタタタと忍ぶような音で駆けていたロイが、ぴたりと止まった。

一つの部屋の扉の前だ。

その半開きの扉の隙間から、部屋の中を覗く。


そして窓の外に、ゆらりと動く人影を目視した。


「外に、もう見張りがいますね……動きが速い……

よっぽど貴方を一目で気に入ったのでしょう。これでは、窓からは逃げられません」


静かに部屋を後にしたロイは、再び音を立てずに移動を始めた。イルゼもそれに続く。


暫く進み、ロイが静かに立ち止まった。

扉も何もない、壁と床だけがある何の変哲もない廊下の真ん中だ。

身をかがめたロイは、廊下の床と壁の隙間に置かれていた細長い鉄の棒を手に取った。

鉄の棒はただの鉄の棒のように見えるが、その先がフックのような形状をしていた。


ロイはその棒をすっと天井に伸ばした。

「天井?」とイルゼが鉄の棒を目で追うと、そこには小さな穴があった。

その小さな穴に、ロイはフックを差し入れる。


天井が扉のように開き、簡単な造りの折り畳み階段が床近くまで下りてきた。


「隠し屋根裏部屋です」


そう言ったロイは、早く登るようにとイルゼを急かした。

イルゼは階段に手を掛けた。

次に足を掛け、揺れる階段をできるだけ早く登る。


その後に鉄の棒を持ったロイも続き、登り終わったロイは素早く扉を閉めた。

屋根裏部屋は薄暗く、埃っぽくて黴臭かった。

そして天井が低いので、中腰で進まなくてはならない。




「大丈夫ですか」


屋根裏は薄暗いがどこからか光は入ってきていて、周りにある物や人の顔は認識できる。

小声で話すロイは、心底苦しそうにイルゼに声を掛けた。


「大丈夫です。ロイさんは?怪我してますよね」


そう小声で返したイルゼに、ロイは大丈夫だと頷いた。


それから、ロイは黙ってしまった。イルゼも黙った。

あの男たちが知り合いなのか何なのか、ロイは色々大丈夫なのかどうなのか知りたい気もしたが、ゆったりそんな話をする気分にはなれなかった。


暫く無言で、音も立てないようにとイルゼとロイは蹲っていた。

男たちの歩く振動や、汚い言葉を吐く声がどこからともなく聞こえる。

寒気がするような音がすぐそこまで迫ってきているように聞こえるが、まだ屋根裏部屋の存在は知られていないようだった。


じわじわと心臓まで登ってきた恐怖を抑えるように音を立てずに深呼吸をしたイルゼはふと、少し先に光が漏れている床を見つけた。

長いローブを引き摺りながら、イルゼはその方向にモゾモゾと進んだ。


光の中身をそっと覗いてみると、教会の祭壇が見えた。並んだベンチが見えた。汚れた絨毯が見えた。

ここ、屋根裏部屋の床にあたる部分は、教会の天井にあたる部分だった。

ボロボロの教会の天井に穴が開いていたのには気が付いていたが、まさか屋根裏から下を眺められるとは思わなかった。


もう少し身を乗り出して隙間を覗けば、男たちが数人、教会の主扉の周りにいるのが見えた。

あの髭モジャの恐ろしい大男は見当たらなかった。

きっと奴は、何人かの仲間と共に廊下に続く扉を破壊し、今は部屋を一つづつ荒らしながらイルゼとロイを探しているのだろう。


見下ろす角度を変えれば、男らのうちの一人に投げ捨てられた、イルゼの絵も確認できた。

誰かに踏まれた様子もなく、何重にも巻いてきた布は巻き付いたままだ。

イルゼは少しだけホッとした。





体をどかし、明るい穴から再び薄暗い屋根裏部屋に向き直る。

イルゼが姿勢を体育座りに直して座り込むと、ロイが少しだけイルゼの傍に寄ってきた。


「もしここがバレたら、……から……ぶって……ましょう……がありますから」


「えっ、何て言いました?」


ロイの声が小声過ぎたので、イルゼは聞き取れなかった。


しかし、これ以上大きな声を出してもらうのも大男たちに見つかりそうで怖いと思ったイルゼは、次はしっかり聞き取るためにロイに耳を寄せる。

ぐいっと近づいて来たイルゼの顔に、驚いたロイは少し身をよじった。


「こんなところを見られたら……ルイスさんに殺されそうですねぇ……」


顔を逸らしたロイは小さく苦笑いをしたが、それも聞き取れなかったイルゼは首を傾げただけだ。



「僕は、もしここがバレてあいつらが上がってくるようなことがあったら、ここから床を破って逃げましょう。幸い縄の準備はありますから、と言いました」


「床、破れるんですか?」


「やるしかありません。ボロボロの教会ですから、きっと壊れてくれるでしょう。縄はあらかじめ梁に結っておきますから、僕がぶち破ったらイルゼさんは縄を掴んで、できるだけ早く下に降りてください。それで、全力で逃げて」


空気が籠って動かない屋根裏の静かな空間で、小さな声で会話をする。

この会話が実は外にも漏れていて、あの男たちの耳にも入っているのではないかと漠然とした不安を覚えるが、それはきっと大丈夫だ、とイルゼは自身を奮い立たせる。


「あの、教会の主扉の前にも見張りが何人かいるようですけれども、どうしますか?」


「そっか、そいつらは……イルゼさん、そいつらにもう一度絵の具で目潰しできませんかね?」


「ええっ。それはちょっともう……

さっきあそこの穴から下を見たんですけれど、3人はいそうでした。3人いっぺんに目潰しを仕掛けるというのは、絶対無理です……さっき瓶を当てられたのも奇跡のようなものなので……」


「そっか……それでも、上に上がってきたあいつらに成す術なく捕まるよりは、床を蹴破って主扉を奇襲する方が、まだ逃げられる可能性があるかもしれません」


「分かりました……」


「あいつらに、ここがバレないままでいられるのが一番いいのですけどね……」


「……」


(ほんとにそうだよ、ほんとにほんとに見つかりませんように……)


ぶるり、とイルゼは身震いした。

あの黄色く濁った男の両眼も、汚い言葉を吐く乾いた口も、耳に粘りつくような笑い声も。

何もかもにゾッとした。

あの手に触られた時は、苔が水のように湧いてきて体を這いまわったかのような気持ち悪さがあった。



「そうだ。

いい事か分からないんですけど、思いついたことがあります……」


「なんでしょう?」


「何の役にも立たないかもしれないんですけど、この絵の具を使って……」


「……?」


懐から幾つかの絵の具の瓶を取り出し始めたイルゼの意図が分からないロイは首を傾げたままだった。



誤字報告ありがとうございます!助かっております!

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