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姿絵のはなし




淑やかに微笑むテレーゼをモデルに、イルゼは姿絵を何枚も書き直し、何回も塗り重ねていた。


イルゼに限界まで付き合ってくれていたテレーゼは椅子の上で寝てしまい、イーリスが一つしか無いベッドに彼女を横たえた。

「ベッドは俺が使う」と言い張っていたルイスは結局イルゼの横、床の上で寝ているし、イーリスはテレーゼとの時間を惜しむようにベッドに雪崩掛かって寝ている。

床に座るイルゼは周りに絵の具を飛ばし、紙を散らし、パレットを重ねている。

部屋は結構な無法地帯であった。

こうして見ると、何人か人が倒れている締め切り明けの漫画家の部屋のような光景である。




一心不乱に筆を動かしていたイルゼがふと顔を上げれば、カーテンの隙間から薄い朝陽が漏れていた。

後一刻もすれば窓の外で、太陽が寝ている人達を叩き起こすだろう。


(よかった、できた……)


仕上げに赤を唇に少し足し、完成した絵を見てイルゼは微笑んだ。

絶妙に、不細工。

適切に、不美人。

いい塩梅に魅力がなく、いい匙加減で華やかさに欠けるテレーゼの絵が描けた。

テレーゼの魅力を全て押し殺したような力作だ。


これでイルゼは、イルゼがテレーゼとイーリスの為にできることをすべてやった。


ぐいっと頬を拭う。

絵の中のテレーゼの唇の色を塗った紅色が頬の上にギュッと伸びたが、イルゼはそれに気が付くことはなかった。

ばたりと力尽き、既にイルゼは意識を失うように目を閉じていたからだ。




それから少し経って。

カーテンを透かして入ってくる光を顔に浴びて、床で寝ていたルイスが目を開けた。

すぐ近くに、見慣れないものが規則正しく上下している。

まだぼんやりする目を擦った。


段々頭が冴えてきて、ぎょっとする。

横でスヤスヤと眠っているのは絵の具をそこら中に付けた、柔らかそうなイルゼだった。

寝ているイルゼは、ルイスのすぐ隣で猫のように丸くなっている。

無警戒で、無防備だ。

疲れ切っているだけなのだろうが、安心しきった寝顔を見たルイスの目が意図せず細くなった。

見つめて、そしてゆっくり動いた。

イルゼが徹夜で完成させた理想的な絵を見て少し誇らしく思ったのか、何か堪らなくなったのか、絵の具のついたイルゼの頬を小さく撫でる。


「バーカ」




「ルイス~……そうやって意地悪な事ばっかり言ってると、いつかイルゼに捨てられるわよ~」


「可愛い恋人の寝顔に馬鹿なんて貴方、よく言えますね……性根腐ってるんですか……」


「お、お前ら……いつから……!」



ニヤニヤ笑って頬杖をついているテレーゼとイーリスに、ベッドの上から覗き見をされていたルイスであった。







「私を私のまま、あんなに不細工に描けるなんて本当に凄いわ。あんなに凄い姿絵を貰ったんだもの、私たち、なんだか上手くできる気がするわ。ありがとう、イルゼ」


絵を大切に仕舞い、腕に抱えているテレーゼがすっと手を差し出した。

今度は、イルゼもそれを握り返す。


「うん、できるって思わないと、できないもんね」


まだ朝も早い時間、イルゼは一日の始まりの光を浴びるテレーゼに微笑みかけた。


テレーゼとイルゼは、宿で絵を描きながら色々な話をした。

女学院がどんなところなのかとか、社交界はどんなところなのかとか。

公爵令嬢の話は、引きこもりの男爵令嬢には興味深いものだった。

しかし、それらの話よりももっと盛り上がったのは、料理の作り方や美味しいレストランの話、絵の描き方の話だ。

限界が来たテレーゼが眠ってしまうまで、ずっと話し込んでいた。


ルイスとイーリスも、終始半分喧嘩のような会話をしていたが、楽しそうだった。



テレーゼはこれから、追いかけて来ていた護衛隊と一緒に屋敷に帰ることにしたらしい。

イーリスは執事はクビになるだろうということで、今からテレーゼとは別行動で実家に帰り、半年で法官としての成果を出すという。


「大丈夫、頑張れ」


「はい、頑張りますね」

「ええ、頑張るわ!私、頑張れるわ!イルゼの笑顔を見て、今もっと頑張れる気がしてきたわ!可愛い!」


頑張れ、と当たり障りのない言葉しか見つけられなかったイルゼに対し、イーリスは目を細くして力強く頷き、テレーゼは予備動作無しでガバッと抱き付いた。

この一晩で、全くの赤の他人だったテレーゼは良くイルゼに抱き付くようになった。

こんなこと、何度されてもイルゼは全く慣れない。

抱き付かれるたび固まってしまう。


しかし少しづつ、抱き付かれたら背中を撫でてあげられるようになった。

まだ、ぎこちないけれど。



「ルイス、私の大切なイルゼを泣かせたら承知しないわよ。そんな時は問答無用でイーリスが有罪判決下しちゃうんだから!」


「問答無用なら法律もクソもないな」


「ルイスは口が減りませんね。テレーゼに向かってクソとか言わないでください」


「は?言葉の綾だろ。神経質な奴だな、お前は」


「好きな女の子が、他の男にクソという言葉を聞かされているという事態だけでイライラするでしょう。これが普通ですよ」


「気持ちの悪い持論を俺に押し付けるな。不愉快だ」


「ルイス、イーリスのことあんまり虐めないで。あんまり私の機嫌を損ねると、イルゼにあーんなこととかこーんなこととか教えちゃうわよ?」


ルイス、テレーゼ、イーリスの3人も、3人なりに別れを惜しんでいるのかもしれなかった。




ここは、花が人目から4人を隠してくれる宿の庭。満遍なく朝が照らす街の片隅。


ルイスが、自然な動作でイルゼの隣に立った。

テレーゼがイルゼの方に振り向く。

そして、イーリスがテレーゼの肩を抱いた。


「じゃあ、行くわね」


そろそろ人々が家を出て活動をし始める。

仕事に行く為や、鶏や馬に餌をやる為に扉を開け、新しい空気を入れるために窓を開け始める。


人に見られる前に行動したい。

もう、テレーゼとイーリスは行かねばならない。



「もしも絵が駄目でも、別の方法が見つかるかもしれないから油断しないでね」


「分かったわ。諦めない」


横で微笑むイーリスの腕に、テレーゼは優しく触れた。

そして幸せそうに微笑んで、イルゼとルイスに手を振る。


「また会いましょう。私の可愛い画家の友達」


(友達……)

その言葉に、イルゼは眩しそうに目をパシパシ瞬かせた。

そして、くすぐったそうにふふふっと笑う。


「うん、またね。私の、料理好きの、友達」




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