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不細工のはなし



「はあ、これで結婚が決まったら社交界に戻って、またあの腹の探り合いをこなさなきゃいけないのね。それも嫌だわ……」


「社交界には出て無かったの?」


社交界とは存在は知っているものの、イルゼのような跡形もない男爵家の令嬢には月程遠い世界だ。

しかし、公爵令嬢であれば毎晩のようにパーティに呼ばれて出ていくものだと思っていたので、わざと明るく溜息をついたテレーゼに思わず質問してしまったイルゼだった。



「ええ、2年くらいね。結婚相手探す前に、花嫁修業を兼ねて女学院に通ってたのよ。その間パーティも舞踏会も全部お休み。ま、イーリスには何とか理由をつけて毎回会ってたけどね」


「じゃあ……テレーゼさん、結婚する相手はどう決めるの?」


イルゼの亡き両親が熱心に取り組んでいたように、パーティで出会って見初められて求婚されて結婚するのだろうと信じていたイルゼは、結婚が決まってから社交界に戻ると言ったテレーゼの言葉に少しばかり興味を持った。


「もう画家が私の姿絵を完成させたから、お父様が目ぼしい公爵家にそれを送りつけて、返事を待って、それで結婚って感じかしら」


「えっ。ということは……その人たち、実際のテレーゼさんのことは、最低でも2年は知らないってこと?」


「まあそうね。それで私の姿絵を見て気に入ってくれた人で、一番条件がいい人と結婚みたいな感じかしら……」


テレーゼは公爵家に生まれた娘としての責任を果たそうとしている。

隣に大好きな人がいるのに、その人のいない将来の話をしている。

恋とか愛とか何一つ分からないイルゼだけれど、テレーゼとイーリスがどうしようもない気持ちでいることは、やっぱり嫌でも分かる。


テレーゼと違い、結婚結婚と酷く拘わる両親の元に生まれた責任を全身で拒否して、果たすことから逃げたイルゼは、死んだ両親に申し訳ないと思っていても、親不孝者なのだと分かっていても、誰かと無理やり結婚させられなくてよかったと心の底から思っている。

心の底から。


だからもし、テレーゼの我儘がイルゼのようにまかり通ることがあるとすれば。



「……………………ちょっと思ったんだけど、例えばその姿絵、取り換えること出来たりしないかな」


「取り換える?何に?」


「例えばで、ただの思い付きで、悪あがきなんだけど……

私が描いたテレーゼさんの姿絵に取り換えるっていうのはどうかな」


「え?イルゼの絵?」


「お父さんに気づかれないように、元々の姿絵を不細工なテレーゼさんの姿絵に取り換えるの。苦情を出したくなるくらいまで不細工でもないし、本人からかけ離れた人相でもないんだけど、やっぱり不細工な姿絵に。これを送りつけて相手が悩んでる間に時間を稼げる、かも。

公爵令息だったら、結婚相手は選び放題な筈だから、いくらいい家の出身でも不細工な女性は選ばないかもしれないと思ったんだけど……」


「取り換えることはできそうだけど……

私のこと、不細工に描けるの?それって難しくない……?」


大きな目をパチパチとしばたかせたテレーゼは、色々本気で驚いていた。

イルゼの突拍子もない提案しかり、イルゼの画家としての技量しかり。


「難しいけど、不細工と美人の絵の違いって実は数ミリの違いだったりするし、できる」


テレーゼは半信半疑な様子だが、イルゼは言い切った。

この作戦が成功するかはともかく、テレーゼのような美人でも、原形を残して苦情も求婚も出て来ないような絶妙な不細工に描き上げることは、できる。

イルゼはそれ以外の事はできない自信がある分、その絵を仕上げる自信はある。



「じゃあ……もしもだけど、もしもそれが成功して、私の縁談が先延ばし先延ばしになったら、イーリスの昇進が間に合うかもしれないってこと……?」


「そんなに上手くいかないと思うけど、私ができそうなことはこれくらい」


ちょっと悪いことをしてしまったけれど、自ら描いた痣で結婚を回避できたことはイルゼが諦めずに行動した結果だ。

幸運が重なったイルゼのように上手くいくことばかりではないだろうが、非力で権力もお金もないイルゼがテレーゼにしてあげられそうな事は、悪あがきの片棒を担ぐ事くらいだった。




「イルゼ!私の素敵な友達!私なんだか、急に元気が出てきたわ!」


先ほどまで強がるように笑っていたテレーゼが、水を得た魚のようにその場で跳ねた。

くるりと踊るように半回転して、指揮をするようにイーリスに腕を伸ばす。


「イーリス!貴方、何日で昇進できる?」


「最短で180日です」


「無理やり1,2階級法官として昇進しても、お父様が私の結婚相手に求めるような地位には遥か及ばないわ。でもね、180日で本当に昇進できる法官なんているかしら。ええ、普通はいないわ。

だからイーリス、貴方がやって頂戴。私は絶対に180日間は縁談を阻止するから、貴方は180日で昇進して。身分の差をものともせず法官になった貴方ならできるはずよ」


テレーゼの指は目の前に楽団があるかのように宙に弧を描いた。

イーリスと結婚できる可能性が低いことはテレーゼも分かっているだろうが、諦めた顔より今の強い瞳の彼女の方がずっといい。


「そして貴方が昇進した時に、貴方の将来性を私がお父様に説くわ。男爵家から取りたてられた稀代の法官が異例のスピード出世したとなれば、お父様も少しは聞く耳を持つ気がするの」


テレーゼは改めてイルゼに向き直った。

とん、と胸に手を当てる。


「もともと駄目だったのよ、やってみたいわ!イルゼ、私を不細工に描いて頂戴!」


「分かった!」


テレーゼの高らかな依頼に、イルゼは力強く頷いた。



追われている身であるテレーゼとイーリスの部屋は既に追手に抑えられていたので、2人はルイスが取った宿の部屋に転がり込んだ。

宿の周りを警戒している追手の目を盗んで、こっそりと素早く。


高級な宿なので単身用の部屋でも広さは十分だと思っていたが、4人が一斉に入ると思ったより狭く感じる。

しかしイルゼの画材一式もそこにあるので、絵を仕上げるにも匿うにも、やはりその部屋が丁度良い。


イルゼは狭くても汚くても絵が描ければどんな部屋だっていいが、テレーゼとイーリスは部屋に足を踏み入れた瞬間何やら文句を爆発さていたようだった。


「狭いわね!しかもベッドが一つ!なんなのルイス、貴方そんな顔してケチなの?私のイルゼに狭い思いさせないでよね!」


「他が全部満室で取れたのがここだけだったんだ!おいイーリス、こいつを黙らせろ。勝手に人の部屋に転がり込んだ上に文句まで言うな」


「イルゼさんとの折角の宿泊なのに、こんな狭い部屋しか取れないなんて、甲斐性というものが無いのですか、貴方は」


「くそ、どいつもこいつも!」



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