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テレーゼのはなし



「そうね……私の立場ではそうね。イーリスはね、私の執事なの。それで私は、テレーゼ・リムリック。リムリック公爵家の長女なの。

誰かと政略結婚させられちゃう前に一度だけ好きな人と思い出を作りたいと思って、お父様とお母様が泊りがけの公務に出かけた日を狙って、イーリスとデートに来たのが今日よ。隣町の友人の家に泊まるとか言って出てきたんだけど、結局嗅ぎ付けられちゃったみたい。あの追手、先頭にいたのが家の護衛隊長のヴェンダルよ」


ちょっと大きな商家のイケてる娘が好みそうなお洒落なワンピースを着て、髪もシンプルにまとめてはいるけれど、やっぱりテレーゼはどこかの貴族の令嬢なんだろうとは気が付いていた。

だがまさか、公爵令嬢だったとは。

リムリックと言えば、この王国の宰相を務めているリムリック公爵だろう。


「政略結婚……」


イルゼは少しだけ、自分の両親のことを思い出していた。

あれは辛うじて政略結婚のように問答無用なものではなかったけれど、とにかく窮屈だった。

誰でもいい、良いところの令息であるならば。誰でもいい、小さな男爵家の後ろ盾になれるような家ならば。

誰でもいい、だがこの娘で釣れる一番大きな魚が欲しい。

(貴族の娘息子なら、運命として受け入れる外無いと言えばそれまでだけど……)


「うちのお父様は特別に厳しくて……私を絶対良いところに嫁がせないと気が済まないのよ」


テレーゼが諦めたように壁に背をついた。

自嘲気味に笑いながら、夜の空を仰ぐ。


「申し訳ありません、私が不甲斐ないばかりに……」


「そんなことは無いわ。イーリスがどれだけ頑張って法官の試験に受かったかは、私が一番良く知ってるわ。男爵家から取りたてられるというだけで、異例の大出世なのよ」


「しかし、それだけでは到底、貴方のお父様には認めてもらえない」


「……」


悔しそうにイーリスが唇を噛み、そんな彼の腕を無言のテレーゼが両手で掴んだ。

2人の間に言葉はない。

きっと、放っておいたら二人で抱き合って泣き出してしまうかもしれない。

それとも、ホロホロ崩れてしまうかも。


そんな澱のような空気の中で、耐えきれなくなったイルゼが身じろぎした。



「せ、折角のデートで、二人きりが良かったのに、私たちがいたから2人きりじゃなかったね、ごめん……」


「それは違うわ、イルゼ。私が貴方たちを誘ったのよ。今日はね、とっても楽しかったわ。私たち、家ではあんな風に恋人みたいに話したり食べたりなんて絶対できないし。私ね、ダブルデートってやつもずっとやってみたかったんだもの」


(ん?ダブルデートって何だ。別に私は誰ともデートしてないけど)

とは、流石のイルゼも言える雰囲気ではなかった。


イーリスの腕から離れたテレーゼに手をぎゅっと握られ、その何かを諦めて全てを受け入れようとしている碧色の目を見たら、人に慣れていない引き籠りでも察せる。

悲しいのに、明るく強くあろうとする女の子の勇気を。

遣る瀬無いのに、優しく健気にあろうとする女の子の意思を。


「私はみんなでワイワイ食べる夕食が好きよ。それに、二人でデートしてたら二人しか私たちが恋人だったって覚えてないけど、貴方たちがいたなら貴方たちも、私たちが恋人だったってこと覚えててくれるでしょ」


「私は、テレーゼと二人きりが良かったですけどね」


「そう?

…………そうよね。じゃあ、このまま2人で逃げましょうか」


イーリスがわざと拗ねたように言ったので、テレーゼが遠くを見るように笑った。


「私は貴方がいるなら何処へだって行きますよ。まあ、法官の職は失うでしょうから、貴方には貧相な暮らしをさせてしまうことになるかもしれないですが」


「じゃあ、小さなレストランでもやってみる?二人で、どこか遠い国で」


「そうですね。素敵です」


「前日から仕込んだシチューとか、竈焼きのパンとか、レストランの畑でとれた野菜のピクルスとか、出すの」


「ええ、では私は給仕をすれば良いですか?」


「ええ、そうね。貴方ならきっとソツなくこなせるわ。

ふふっ…………なんてね。やっぱり、私は戻った方がいいわね。イーリスが私に振り回されるのは今日でお終い。

執事の職は解雇されちゃうでしょうけど、法官の試験に受かって辞めるところだったから大丈夫よね。

貴方は、しっかり自分の夢を叶えなさい。絶対に、叶えなさい。私が戻れば、お父様が私の結婚の為に揉み消すでしょうから、今日のことは大丈夫よ」


ふわりとスカートの裾を舞わせ、テレーゼがイーリスに向き直る。

小麦のような金色の髪が、月の光を受けて太陽のように光った。



「私が法官を目指したのは……それが一番得意だったからで、私が選べる一番可能性のある出世の道だったからで、私が出世を望むのは貴方と共にある為です、テレーゼ」


「いいえ。貴方、法律が好きだって私に言ったわよね。力ある者も無い者も平等に守り対等に裁く法律で、自分なりに世の中を良くしたい、みたいなかっこいいことを言ってたじゃない」


「そんなかっこいいことは言ってませんよ……」


「私はかっこいいと思ったわ。そして、貴方にはそれができると思うわ。貴方は誰より賢いんだもの」


そしてテレーゼは優しくイーリスに笑いかける。


「私は、貴方から貴方の可能性を取り上げたくないわ」




誤字報告もありがとうございます!

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