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夕食の団らんのはなし



宿のフロント全員に聞き込みをして、一番名前が挙がったというレストランは雰囲気の良い落ち着いた通りにあるようだ。


広くはない通りで、左右の建物の間に架かる紐に橙色のランプが吊るされている。

それはまるで藍の夜空に浮かぶ火のようで、どこか別の世界に迷い込んだような夜を演出していた。



テレーゼに導かれて訪れたそこは、格式ばったゴリゴリのレストランではなく、少し背伸びしたお洒落なビストロと言った雰囲気だった。




店の奥で奏でられている軽快なバイオリンの音に包まれた店内で、イルゼたちは大きくもなく小さくもないテーブルを囲んでいる。

イルゼの隣には足を組んだルイス、正面にはニコニコ笑顔のテレーゼだ。



テレーゼはやって来た店員からメニューを受け取り、すぐさま全員に配った。


「さあ、たーんとお食べなさい!全部私のおごりよ!」


「じゃあ私、コーンスープで」


「うんうん。イルゼの前菜はコーンスープね。いいじゃない。じゃあメインは何にする?」


「ううん、コーンスープだけで」


「えっ?」


イルゼに気を使いつつ、自分の注文を吟味し、隣に座るイーリスとメニューについて忙しそうに話し合っていたテレーゼが、すべての活動を止めてイルゼを二度見した。


「私、そんなに食べられないから……」


「えっ…………イルゼ、えっ……?

ちょ、ちょっとルイス!貴方、イルゼの恋人でしょ?イルゼに普段何食べさせてるの?こんなに小食で……まさか貴方、イルゼが家で酷い目に遭ってたりしても、見て見ぬふりしてるんじゃないでしょうね?」

 

「あ、違うよ。ボンボンはただの……」

「あのな、こいつの小食っぷりには俺もほとほと手を焼いているんだ。嫌がるこいつの口に、俺が何度パンを押し込んだことか」


腕を組んで足を組み替えたルイスが、イルゼの言葉を遮って溜息をついた。

気を取り直してただの知り合いだよ、とイルゼが再度言おうとしても、何故か上手い具合に妨害されて言わせてもらえなかった。



「そうなのね、イルゼは小食なのね。

でもね、イルゼ。小食は小食なりにちゃんと食べなきゃだめよ!食べることは人にとって大事な大事な事なのよ」


「うーん、でもすぐお腹いっぱいになっちゃうし、食べないのは慣れてるし別に……」


「慣れちゃだめよ、ちゃんと食べなさい、!デザートでもいいから!ほら、ティラミスとかパンナコッタとか、トライフルとか!おすすめらしいわよ」


「うーん……」


「じゃあ、私が頼んだものをちょっとづつあげるわ!そうすればお腹いっぱいにはならないし、色々な栄養がとれるわ!」


テレーゼは、ルイスとはまた違った圧力を持っていた。

ルイスの圧力はその眼力も相まって、恐怖政治にも似たアレだったが、テレーゼの圧力は眩しくてノーと言えなくなるような、陽の圧力だった。



「分かった……」


半強制的に頷くことを余儀なくされたイルゼを見て満足そうに頷いたテレーゼは、事の成り行きを黙って見守っていたイーリスにも「私とは違ったものを頼みなさい!」と声を掛け、最終的にイルゼにたくさんの一口サイズの料理を提供してくれたのだった。





「気を使わせて、ごめんね」


丁度、デザートの後の食後のお茶が運ばれてきたタイミングだった。

数あるお茶のメニューからテレーゼが選んだ、カミツレと草苺のお茶だ。

目の前に置かれたティーカップからは、良い香りが立ち昇ってきている。


「いいのよ!イルゼも頑張って食べてくれたみたいで嬉しいわ。

ねえ、聞きそびれてたんだけど、イルゼは人を描くことが好きなの?」


「私はどちらかと言えば風景を描くのが好きかな。でも町並みとか描く時は人物も絶対描いてる。縁談に使われる姿絵とかは、今は練習してないけど一時期は頑張って描いてたなあ」


「姿絵、か……。そうなのね。じゃあ、イルゼは一日にどれくらい描くの?」


「どれくらい?うーん。多分、起きてるときはずっと描いてるんじゃないかなあ」


「イルゼって、絵を描くのが本当に好きなのね。だからこんなに上手なんだわ」


「そうだね、うん、本当に好き。じゃあテレーゼさんは何か好きなものある?」


「私?私はね、見てて分かったかもしれないけど、食べることが好きなの!だから、こうやって街に降りた時に、皆に本当に人気のレストランに来てみるのが好き。あとね、私、料理をすることも大好きなの。大好きだけど、イルゼの絵程にはうまくないんだけどね」


「あ、食べることは好きそうだなって分かった、かも」



美味しそうに料理を食べるテレーゼからは、料理が好きなことがヒシヒシと伝わってきていた。

食べることが好きではないイルゼでも、テレーゼが食べているものが美味しそうに見えてしまうほどの幸せそうな食べっぷりだった。


先ず目の前に料理の皿が置かれればその凝った盛り付けを観察し、フォークで一口差して宝物でも扱うように口に運び、咀嚼をすれば満足そうに押し殺された悲鳴を上げる。

ゆっくりと飲み下してから、隠し味にナツメグが少し入っているとか、雉から取った出汁を混ぜてるとか、複雑なことをイーリス相手に話し出す。

その顔は、本当に楽しそうに見えた。



「でも実はね。私の家少し厳しくて、特にお父様からは厨房に近づくことも許してもらってないの。でもね、こっそり練習はしてるのよ。ゆっくりでも、上手になりたいから」


「そっか、うん、ゆっくりでも良いと思う。料理の話をしているテレーゼさんは楽しそうで良い」


「ええ、料理は素敵よ!美味しいものをしっかり食べると、元気が出るでしょ。美味しいものを誰かと一緒に食べることは、人を豊かにしてくれるでしょ。それで、美味しいものを食べることは、人を明日も生かしてくれるのよ。

だから私は料理を振舞ったり、誰かとワイワイ御飯を食べるのが好きみたい。

…………ふふっ」


そう言って最後に笑ったテレーゼの顔は好きなものを語っていた筈なのに、何故か急に少しだけ寂しそうに見えた。


人の気持ちの機微には疎いイルゼの気のせいかもしれないが。





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