道中のはなし
今回2人が目指すフィレディングの街は、コーストサイドの街から2つ3つ先の街だ。
早朝にコーストサイドを出れば、夜には帰ってこられるだろうという距離にある。
イルゼとルイスは馬車に揺られながら他愛ない会話をした。
何度か挟まれた休憩時間にはイルゼが旅の途中の絵を描き、また馬車に揺られ、予定より少し遅れて、フィレディングの街に到着した。
コーストサイドは海と山に愛された街で、小さな港と穏やかな緑に挟まれた位置にある。
繁華街には立派なレンガ造りの建物が並び、貿易港のある町ならではの異国独特の雰囲気が随所に随所に醸し出されている。歴史ある港町だ。
それに比べてフィレディングの街は山ばかりに囲まれた地域にあり、ちょっとした城塞都市のようだ。
厳めしくも美しい、落ち着いた色の建物が天を差し、道は細道に至るまできっかりと区画に分けられている。
少し人工的な印象を人に与える町だ。
そんな街にいる魔女を訪ねる為に、イルゼとルイスは馬車を下りた。
イルゼは顔を隠すようにフードの端を引く。
「こっちだ」
丁度昼時だ、と時計を確認したルイスが、有無を言わせずレストランにイルゼを引っ張っていく。
目抜き通りから一本入った地元の人が多そうな場所にあったそのレストランは、見知りの客で賑わうこじんまりとしたところだった。
ドアを押せば、カランカランと来客を告げるベルの音が鳴る。
店の奥で人の良さそうな店主が笑顔を見せる。
木の温かみが優しい店内を見渡せば、どうやらカウンターの席しか空いていないようだった。
仕方がないので、イルゼは空いている席に腰掛けようとした。
「お前はこっちだ」
ひょいとルイスに席が盗られる。そして、取られた席の隣の席がイルゼに与えられた。
ルイスが座る席は、もう1人客が来ればその誰かと隣り合う席だった。
対して、イルゼが押しやられた方にある席は隣が壁で、隣がルイスだ。
この奥の席の方が、イルゼにとって居心地は良いだろう。
「ありがとう」
とりあえずイルゼが礼を言えば、店主からメニューを受け取ったルイスから、「ん」と返事のついでにイルゼにメニューが手渡された。
「山雉の丸焼きか山豚のコンフィか、山熊のソテーは食べるべきだな」
「へえ。ところでこのお店、有名なの?」
「そうだな、地元では割と有名なんだろ。俺がここを知ってるのは、士官学校の同期にこの街出身の奴がいて、1,2回連れてきてもらったことがあるからだ」
「君、友達いたんだ」
「普通にいるだろ。……あ、お前はいないか」
「わ、私は友達を作らないだけなんですけれどもね、実は!」
絵が、女友達で男友達で悪友で親友で。
辛い時も楽しい時も、時間を共に過ごした存在を友達と呼ぶなら、イルゼにとって絵が友だった。
イルゼに人間の友達はいなかったように思う。
死んでしまった年の離れた弟は友達ではなくやっぱり弟だし、生前の両親がイルゼに引き合わせたのは、イルゼの身の丈に合わない高貴な子供ばかりだった。彼らはやっぱりイルゼと同じものは好まなくて、イルゼもやっぱり彼らとは合わなかった。
だから今更友達は作れないだろうとイルゼは諦めているし、このまま作れなければ作れないままでいいとも思っている。
(優しい女の子の友達がいたら、その子と絵の話したいとか思ったことはあるけど。結局、思ったことがあっただけだったなあ)
(このボンボンとは友達ではないだろうし、腐れ縁があるだけというか、偶々よく会うだけというか、……なんか、良く分からない関係だし)
「で。山雉の丸焼きか山豚のコンフィか、山熊のソテー、どれがいい」
「コーンスープがいいな」
「なあ、山雉の丸焼きか山豚のコンフィか、山熊のソテーだったらどれがいいって聞いたよな?」
「えっ、じゃあコーンスープがいい場合はどうすればいいの」
「諦めろ。今日は穀物ではなく肉を食べろ」
「でも……塊肉なんて完食するのに一週間とかかかりそうだよ」
「大丈夫だ。お前が残したら食べてやる」
「前はダサいのが感染るから食べ残しは食べたくないって言ってたじゃん」
「……。
か、間接……だからだろ……でも今はいいんだよ、多分それくらい大丈夫だ……だから早く肉を注文しろ!」
急に顔を赤らめたルイスは意識させるなとか何とか言っていたが、バサッとメニューの肉ページを突きつけられたので、イルゼには発言を検証している余裕はなかった。
「じゃあ百歩譲って山雉のスープとか」
「そんなものはメニューにない。俺は一歩も譲る気は無いからな。お前はもっと肉を食べろ」
「えー……」
「フフフ、お兄さんたち、仲がいいんだねぇ。山雉のスープ、お姉さんの為に特別に作ろうか?」
全然知らないガラガラ声がしたと思ったら、カウンターの向こうで店主のヒゲ男が微笑んでいた。
大鍋にザルを突っ込んで灰汁を取りながら、イルゼとルイスの会話を聞いていたらしい。
「そ、それは、ありがとうございます」
余計なことを、と言いたげなルイスは挫かれたようにブスッとしたが、イルゼが店主にスープを注文したので、観念したようだった。
「肉、たくさん入れてやってください」
いや。観念したように見せかけて、ルイスは最後の悪あがきをしたようだ。
「はいよぉ」
「お手数おかけします」
肉が少し多く入るくらいなら頑張って食べるか、と腹を括ったイルゼは、朗らかな店主に小さく頭を下げる。
店主はバチンと不器用なウインクを返してくれた。
「なあに。別嬪さんには特別さぁ」
……
「ごちそうさまでした」
「はいよぉ、お粗末様」
ルイスは細身なのに山雉の丸焼きと山熊のソテーをぺろりと平らげ、更にイルゼが残した、予想を上回るてんこ盛りの肉が入ったスープもすっかり胃に収めていた。
(よく食べるなあ。身長が高いからかなあ。いや、そう言う訳でもないのか……?)
イルゼも実はそんなに背が低い方ではなく、むしろ女性にしては高い方なのだが、全く食べられないし食べることも好きではない。
レストランを後にして、2人はボチボチと魔女のいる店へと移動することにした。




