第1話 壊滅のくに
ある時、一つの国を煙が襲った。
人が無差別に倒れ、あまりに急な出来事に、人々はただ死んでいくしかなかった。助けを求める声だけが国中に響き、その叫びも虚しく、人口の約7割が行方不明となった。
生き残った人々は胸に誓った。必ずいなくなった人々を救うために、全ての煙を浄化する事、これから煙に怯えた生活を無くすために、煙が何なのか突き止める事。そして、国の綺麗な空気を再び吸うこと。
その日は学校の修学旅行の日だった。海を挟んだレビオン国への観光の帰り道、船で海を渡ってたときの事だった。
「シュレ、また船酔いか? 俺の服にゲロ掛けたら承知しねえぞ!」
「お、おいそんなに背中叩くと……うっ」
周りの奴等の叫び声が響いた。もうすぐ港につくのに我慢できなかった。今思えば、この時嘔吐したのはその日が人生最悪の日になることの予兆だったのだろうか。
「船長、もうすぐ港です!」
「……なぁ、何か変じゃないか?」
その時、ピーピーと船内に大きな警告音が響いた。乗客約二十数名と船員は驚き何事かと耳をすませた。
『船内の酸素濃度が低下しております。直ちに酸素マスクを装着して下さい。繰り返します。船内の……』
女性が急いで酸素マスクを配り始めた。シュレ達クラスメイトも落ち着きを払ってマスクを着け始めた。
「船で酸素が少なくなるのか?」
「大袈裟すぎでしょ」
全く緊張感のない声もあったが、シュレは違った。ブルブルと震え、萎縮している。
「船長! 舳先から異音がします! どうしたんでしょうか!」
「いや、舳先だけじゃない! 船全体だ……」
その瞬間、船内が大きく揺れた。
「キャー!」
クラスメイト達の大きな叫び声が聞こえた。先程まで平然としていた者たちもなにが起こったのかと立ち上がっていた。
「乗客の皆さん、落ち着いてください! 席に座って待機して下さい!」
シュレはますます萎縮して、体を半分ほどに小さくさせた。しかし、その恐怖を助けるように、パリンという破裂音と共に、窓ガラスが割れたり、船がガタガタと揺れ始めたりした。
しばらくすると、その日一番の大きな揺れと共に、体が宙に浮かんだ。一瞬呼吸が止まり、体全体に寒気が走った。
酸素が段々と薄くなっていることに気がついた頃にはもう遅かった。そこに酸素はなかった。口の中に塩辛い物が飛び込んで来て、とてつもない寒気が襲った。周りの景色は地獄と化した。
「船が沈む! 全員救命胴衣を!」
たくさんの人の悲鳴が聞こえる中、シュレもまた助けを呼ぶ声を上げた。しかし助けはこない。そのうち上も下も分からなくなり、真っ暗な海底へと引きずり込まれていった。
自分の口から出る泡を見ながらシュレは情けなく沈んでいった。
「た……助っ!……けっ……」
目の前が明るくなり、見覚えのある風景が横切る。
(あぁ。これが走馬灯というのか……)
その中には大きな教会や小さな子供たち。周りにたくさんの大人がいる景色や真っ赤な血等がある。その中に一つ心に突き刺さったのは、一人の女性と子供たち。
「あぁ。まだ僕は……」
何かを思い出した彼は、力一杯体を動かし始めた。心臓を誰かに捕まれているように苦しい。酸素を求めるようにバタバタと手を動かす。何分経っただろうか。やがて明るい日差しが見えてきた。
「あと……少しだけ……」
なにが見えたのか、彼の腕は止まった。彼の目は、視界の右端に映る人間に向いていた。気が付けば本能なのか体が動き始めていた。
早く上がらないと酸素が…… しかしからだが動き続ける。自分が最優先だ。葛藤しながらも幾度も見ているその少女の手を引っ張り、何も考えずに水面へと向かっていった。
何とか力を振り絞り、自分達の国『サスベガ』の砂浜に這い上がった。命懸けで助けた同じ教会に暮らす少女『アルナ』を砂浜の上に置き、脈と呼吸を確認した。
「そうだ……国の人を呼んでこないと……」
そう言って目の前を見ると、そこにあった景色に困惑し、それから絶望に襲われた。砂浜の先にある建物は殆どが崩壊し、人間は人形のように倒れていた。人々の顔は窒息したように青ざめ、泡を吐いている。
シュレも死体と同じように青ざめた。はっと何かを思いだし、腕を振って走り出した。坂を上り、階段をかけ登り、倒木や瓦礫に躓きながらも右に左へと駆け回った。
景色が変わり、瓦礫一つ落ちていない整理された原っぱに辿り着いた。何時もなら、沢山の子供達が遊んでいるはずだ。呼吸を乱しながら、少し奥にある少し大きな白い建物に目をやった。いつもなら、祈りを捧げ優しく微笑むシスターがいるはずだ。
教会運良くガラスが割れている位の被害で済んでいた。膝をがくがくさせ、恐る恐る中に入っていった。割れたステンドグラスの上を歩き、一つ一つ部屋を見たが、誰一人居なかった。どこかに出掛けていたのだろうか。
緊張で気付いていなかったのだろうか、呼吸が苦しくなってきていることに気が付いた。考えている間にも肺が押し縮められる様な苦しさに襲われる。早く砂浜のアルナの所に戻らなければ。シスター達の顔が頭に浮かんだが、諦めて一度深く深呼吸をして砂浜に戻ることに決めた。
「アルナ!」
砂浜に戻るとアルナは意識を取り戻していた。先程沈んでいった船の方向を眺めている。
「船だ……」
恐らく幻覚が見えているのだろう。船は沈んだはずだ。
「ねぇアルナ……船は……皆は……もう……」
遠くに見えるのは船の欠片とどこまでも続く水平線ばかりだ。砂浜に流れていた船の部品を見ながら、何も考えずにただ上の空だ。
アルナは昔から目が良かった。何メートルも離れた場所にいる動物を見つけたり、恐らく視力は4以上はあっただろう。アルナが言っていた事は嘘じゃなかった。
「船だ!」
やって来たのは修学旅行先の国『レビオン』の兵士達だった。船に乗っていたのは若干名だった。その中の一人がこちらに近づいてきて、残りの兵士たちは奥に入っていった。
「生存者はお前たちだけか」
「違う! ……まだシスターや子供たち、他にも国の皆が生きているはずだ!」
「……なぜこんなことになったのか、教えよう」
ゴクリと唾をのみ、次に話される言葉を緊張して待った。
「腐敗の煙だ。お前たち……いや、俺達はこの煙に、人生を狂わされたんだ……」
「腐敗の煙? そ、それは……」
兵士は悲しそうな顔をして、憎しみを込めたような声で言った。
「あらゆる生物や物を段々と腐らせていく煙だ。俺達の国も三年前、この煙で…… お前達、煙をどう思うか?」
「三年、前? でもそんなことは……」
「それはまた話す。どう思うんだ?」
アルナとシュレは顔を見合わせ、少し考えた。そして決心したように口を開き始めた。
「僕は……シスターと子供達が無事なら、煙なんてどうでも良いと思います。」
兵士は先程とは全く表情を変えずに二人を見つめていた。その時、後ろから残りの兵士たちが戻ってきて、悔しそうに、歯をギシギシと鳴らしながら
「生存者は、誰一人見つかりませんでした。ただ、行方不明の者もいます。死体が余りにも少ないです。」
アルナは先程まで少しも開かなかった口を開け胸ぐらを掴み、教会の皆はどうだったのかと聞いた。しかし兵士は何も言わず、
「国の中心部には人一人居ません。まだ、行方不明としか……」
「シスターは……俺達を育ててくれたんだ……」
全員がシュレの方を見つめたが、シュレは目の色ひとつ変えずに続けた。
「ご飯をくれたんだ。学ばせてくれたんだ。遊んでくれたんだ。寝る場所をくれたんだ。家事を教えてくれたんだ。……頭を撫でてくれたんだ。」
そして、息を吸い、兵士と同じように憎しみを込めて叫んだ。
「シスター達を見つけて、皆で綺麗な空気を吸える日まで、僕が全ての煙を浄化する!」
まだあまり面白くないと思いますが、これからのストーリーに自信ありです!
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