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平凡な俺が転生したら、なろう小説を詰め込んだはちゃめちゃ世界でエンジョイしてる件

作者: まさとみ



3人でリレー小説!

お題: 「またまた俺何かやっちゃいましたか?」で始まり、途中で「私も失礼されたい」を入れ、最後は「僕の恋人はこの国さ」で終わる異世界転生モノ








「またまた俺何かやっちゃいましたか?」


辺りのモヤが晴れるとともに、自分が置かれている状況が明らかになる。

自分の足元には何か魔法陣らしきものがあり、周りには何人もの黒い衣装に身を包んだ人たちが自分を囲っていた。


「せ、成功したぞ!!」


誰かが大声で叫ぶと、周りの人々も喜びの声をあげる。


(ちょっと待て…今さっきあったことを思い出すんだ…)

眉間にシワを寄せながら、俺は記憶を探った。


確か俺は、海外出張でシンガポールに行っていたはずだ。会議まで時間があったため、観光地をうろうろして、たまたま店に入ったとき賊に襲われて、とっさに近くのテーブルに置いてあったトランプを相手に投げつけたら、首筋に痛みがはしって意識が…

少しづつ曖昧だった記憶が戻ってきたのだが…


「ここはシンガポールでは…ない?」



「シンガポール?ふむ、私の聞いたことの無い言葉…召喚は成功したということだな。」


黒装束の人だかりの奥から凛とした声が響く。よく目を凝らしてみれば、魔法陣を見下ろす場所に煌びやかや衣装を着た褐色の男が立っていた。

怪しい。怪しすぎる。掴んだままの残りのトランプを握る力に思わず力が篭もる。


「やはり、お前の能力は素晴らしいな!」

「有り難きお言葉に御座います。」


男が声高らかにそう告げれば、俺の目の前に立っていた黒装束の男が、そう静かに返した。


一体何度目だろう。最初は死んで目が覚めたら異世界で魔法使いになっていた。次は相手の転移の魔法で別世界にとばされ勇者となった。その次は時間転移で過去に遡らされ妖精と修正の旅をしていたのに、大妖精のおばさんから「あらゆる世界を繋げる存在になっている。このままでは異世界を繋げる危険因子として排除されかねない。」なんて言われて、全ての能力を取り上げられ普通のサラリーマンとして働いていたはずなのに。

そう、“普通”に過ごしていたはずなのに。


(あのおばさん…俺の“力”を封じ込めるの失敗してたとか…?)


普通に生活していたときにも時折感じていた違和感を思い出す。おかしいな〜おばさんが「私の命に変えても!」って言いながら全ての力を費やして俺の力を消化させてくれたはずなんだけどな〜と、首をかしげ頬を頬をぽりぽりとかいた。


「俺、普通に過ごしてたと思うんすけど…」



「何を言っている?貴方は並外れた魔力の持ち主であるはずだ!その手に持っている怪しい紙切れを持っているのも予言通りなのだ!」


黒装束が冷たい声で応えると、言葉を続けた。


「国を揺るがす危機が起きている今、精鋭の魔法使いが寿命と引き換えに召喚したのが貴方であるのだ!」


何度も異世界へ飛ばされるたびに同じようなことが繰り返されていた。何度目かのこのシチュエーションに自然と出そうになったため息を慌てて吸い込む。


「そんなこと俺には関係ないですよね?貴方たちの国を救って俺に何か見返りがあるのですか?」


大きな声でここにいるすべての人に聴こえるように言うと、煌びやかな衣装の褐色の男が返事をした。


「.......もちろん、褒美は用意してある。この国一番の美人、王である私の妹の夫となる権利をやろう。」


「....はぁ..?」


今まで提示されたことのない報酬に俺は考え込んでしまう。お金であったり、権力をくれたりはあったが、結婚することが報酬なのか....王の妹の夫なら王になれるわけでもない。


思ったような反応が得られなかったのか、王様はそばにいた家来に目配せをする。

家来がドアから出ていき、戻ってくると、綺麗に着飾った女の子を連れてきた。


「こちらが妹のメアリーだ。見惚れるくらい美しいだろう?」



メアリーは、美しく長い若草色の髪に白い肌をしていた。琥珀色の瞳は優しく俺をうつしている。この容姿なら、どんな男性も夫になりたいと名乗り出るだろう。しかし…


(いや…夫になる権利をもらってもなぁ…。)


俺にはどうしても、この子を嫁にできない理由があった。

俺がなんと返そうか考えていたとき…



ドォォン!!バキバキ…


大きな地響きと何かが壊れる音が鳴った。


「な…何事だ!?」

「王!大変です!敵がここへ攻めてきました!」

「ぐぬぅ…、何重にも結界を張り巡らせたこの場所をいとも簡単に…」

「やはり、あのお方の止めることはできないのか…!」


「『あのお方』…?」


俺は、黒装束の1人が言った言葉に違和感を持った。俺の反応に、王の肩が小さく震える。


「すみませんが、国を揺るがす危機が起きている割には敵の方を『お方』と呼ぶんですね。」

「ぐ…、それは…、」

「異世界の住人を呼ばないといけなかったのは、確かに俺の強さもあるんでしょうけど、この世界の人たちに何か知られたくないことでもあるんじゃないですか?」



核心をついた俺の指摘に一瞬動揺の色を浮かべた王だったが、ため息をひとつつき、渋々といった感じで呟く。


「どうせ時間の問題だ。話しておかねばなるまい。エース。」


王が指をパチンッ、と鳴らすと先程の黒装束の男が勢いよくフードを取り去った。そこにはメアリーには劣るが、美しい翠玉の瞳を薄いガラスで隔て、絹糸のような細い銀髪を片側だけ耳にかけたような髪型にさせた美しい男の顔が現れた。


「承知致しました。…陛下の御心の尊大さに感謝するんだな。」


まるでゴミ屑を見るような目で吐き捨てるようにそう呟くと、エースは説明を始めた。



「類稀なる強力な力により『あのお方』は古よりこの国を守護してくださっていた。しかし、ある時、魔王により操られてしまうことになった。その原因はお前だ!」


突然の話の飛躍に理解が追いつかない。俺の顔をみてそのことを察したのか、エースは言葉を続けた。


「このお顔を見たことはあるだろう?」


エースが懐から手鏡を出すと、そこには女性の顔があらわれた。


「あっ!!」


そこには俺の能力を封じ込めてくれた大妖精のおばさんの顔が写っていた。



「このお方はお前と接触してから急に力を失い、そのスキを魔王につけ込まれ、身体を乗っ取られてしまったのだ。」


(俺のせいで…あのおばさんが…!?)


今まではこの世界のことなど関係ないと思っていたが、自分の恩人に関わってくるとなると話は別だ。なんとしてでも助けたい。しかし、今の俺には何の力も備わっていないはず。そして、それが原因でこの世界は危険な目に遭っているのだ。


「呼んでもらっても…今の俺じゃそこら辺の村人と同じなんですよ。俺にできることなんて…。」


「できることなら、あります。」


声のする方を向くと、エースと目があった。相変わらず、ゴミを見るような視線であったが、何か策があるようだ。俺と王との態度の違いにこちらも口調が荒くなる。

「…俺にできることってなんだよ?」



「簡単なことだ。メアリー様と結婚し、子をつくれ。お前が次期国王陛下の父親となるのだ。」

「………はァ?!何言ってんのこの人?!」


突然の提案に頭がついて行かず、思わず声が裏がえる。そんな事はお構い無しにエースは淡々と言葉を紡ぐ。


「私の夢にこの世界を司る神が現れこうお告げを告げられたのだ。『今、世界は破滅へ向かっている。魔王の暴走を止められる力を持つものはこの世には存在しないだろう。』と。」


別の意味で驚かされ、思わずチラリと王の顔を見る。何も読み取れない無表情だった。

エースに視線を戻せば、目に己の不甲斐なさを浮かべているようだった。


「そして神はこう続けたのです。『異世界より勇者を転生し、魔王を倒しなさい。さすれば、新しい国王の元、この国に平和が訪れるだろう。』」

「新しい国王、って…」

「そうだ。」


婚約の提案、憔悴しきった下僕たち、そして一貫して冷たいエースの態度。全ての辻褄が合う。


「私はこの討伐が終了した時、死ぬだろう。」



「そんな訳ありません、お兄様!!」


黙って俯いていたメアリーが、突然大きな声を出す。


「わ、私、お兄様が死ぬなんて信じられません!そして、今日初めて会った人と結婚、ましてや子作りなんて.....」


メアリーは目から溢れんばかりの涙を溜めて震えていた。

そりゃそーだ。あちらからすれば、初めて会った男、しかも異世界のやつと結婚なんてマイナスでしかない。しかも相手は特にイケメンでも高身長でもウイットに富んだ話をできる訳でもない冴えない男だ。.....自分で言って悲しくなる。


「メアリー、私の最後の願いだ。頼む....今まで支えてくれたこの国、国民たちに恩返しがしたいのだ。私が死ぬことなど大したことではない。」


王は慌てるでもなく、泣き喚く子どもを諭すようにメアリーに言い聞かせた。



そんな話をしている間にも、なにかを破壊する大きな音がこっちへと近づいてきていた。


ドカッ!!バギイィ!!

ついにこの部屋に大きな穴が開いた。その穴からは雨風がなだれ込み、外が嵐だったことがやっとわかる。分厚い雲からは今の時刻を推測ことはできない。


そんな空の中、宙へと浮かぶ1つの影があった。

この肌を刺す魔力の感じ、不敵な笑み、感高い笑い声…。あのおばさんのものだ。しかし、その姿はまるで…



「よ…幼女!?」



若草色の長い髪と碧眼を携えた天使の様な顔立ちの幼女が、顔に似つかわぬ黒いワンピースの裾を靡かせながら空に浮かんでいた。


「あらやだァ、Little woman(幼き女性)と呼んでほしいわァ。」


黒く長い爪の手を頬に添えながら、少し傷ついた表情でそう答えたが、次の瞬間には悪魔のような笑みと爬虫類を思わせる舌を出しながら俺を指さして甲高い声で嘲笑った。


「なーんてなァ!!あんなババァの身体で俺様が満足するわけねぇだろォ!ババァの周りにいたヤツら全てを材料に、若返りの薬を作ったのさァ!!身体が軽いぜェ!!」


ヒャハハハ!!という甲高い笑い声を聞きながら、俺は呆然と立ち尽くしていた。

周りのヤツら…?あのおばさんの周りには少なくとも100人の妖精が仕えていたぞ…?

全身が怒りや恐れや悔しさで震えた。


「今日は召喚された勇者様を見に来たがァ…。んだよ、大したこと無さそうだなァ。俺様を楽しませてくれるくらいのヤツだと期待していたんだがァ…」



そう言うと幼女、もとい魔王が、杖を一振りする。

杖の先からドス黒い光が放たれると、それは勇者めがけて一直線に進む。


その瞬間、巨大な爆発音がして、王もエースも周りの者たちがすべてが、何が起こったかわからないうちに、あたりが光に包まれる。




「ヒャハハハ!!口程にもない!」


魔王の高笑いがあたりに響く。みながハッとし、先程の攻撃の先、勇者の方を一斉に見ると、そこには土煙の中で無傷の勇者が立っていた。


「な、なに!?」


驚く魔王に、やれやれと言うように勇者は肩をすくませる。


「俺は数多くの魔王や悪魔と闘ってきたが、一度も負けたことはない。なぜかって?俺が強いからじゃない。すべてのヤツの敗因は『驕り』だよ。」


「くそッ!!!」


可愛らしい容姿に似つかわしくない表情で魔王が悔しげに拳をにぎる。


そんな俺の姿を見て、メアリーが何か呟いた。


「かっこいい…!」

「メアリーさま…!?さっきまで、嫌そうにしていたのに…いや…これは喜ばしいことなのか…!?」

複雑そうなエースの顔が見えたが、幼女魔王の方が先だ。そう思い、幼女の方をもう一度見るのだが、俺はどう攻撃すればいいか悩んでいた。なぜなら…


(こっちの方が俺好みなんだよなぁ…)


俺が結婚できない理由。それは、小さい子にしか恋愛感情を持てない、所謂重度のロリコンだったからだ。


「幼女魔王は中身は男なのか…?でも、体は女の子だからありか…?しかも、魔王してるくらいだから成人済ってことだから、合法だよな…。」

ぶつぶつ呟く俺の後ろから、この場に似合わないミーハーな応援の声が聞こえる。


「勇者さまー!頑張ってぇ!!」

「メアリー様…!ほんとにこんな男でいいのでございますか!?いや、私達もそのために呼んだのではありますが…。」


黄色い歓声を他所に、思考を巡らせる。

意中の女性を目の前にして、積極的にならない男は男じゃないよな。肉食系男子の方が結局モテる。それは、どの世界線でも同じだった。

ここに召喚されたということは…もしかしたら使えるのかもしれない。


「…召喚許可(オーダー)!!」


突然空間を切り裂き光の柱が俺を包み込んだ。

細かい光の粒が少しずつ形を成していく。この感覚も久しぶりだな。


「こ、今度はなんだ?!」

「ゆ、勇者様の姿が…!」


慌てふためくエースと、目をハートにして見とれるメアリーには俺の姿がどう見えているのか容易に想像がついた。


「ふぅ、この姿も20年ぶり、くらいか?」

「な…!お前、その姿は…!」

「おや、見とれちゃいましたか?」

「伝説の勇者“エルドラド(黄金の人)”!」


全身を黄金で輝く鎧に身を包み、手には金の矛と金の盾を持った勇者を目の前に、幼女魔王は戦いた。


「最高級の女性の前でカッコつけない男は、男じゃないと育てられたんでね。」


「ヌゥッ!小癪な!!」


魔王が素早く手をかざすと、稲妻がこちらに向かってくる。

俺は片手を振るうだけで攻撃を吸収し、そのまま魔王に返す。もちろん、威力は半分程度に抑えて、気絶魔法も添える。大妖精の体だ。死なれてしまったら困る。


「うぁあああ!!!」


攻撃が魔王に見事に直撃すると、浮いていた小さな体は落下する。なんというあっけなさか。

地面に叩きつけられる前に浮遊の魔法で浮かせ、そっと地面に横たえる。魔王は狙い通り気を失ったようで、俺はすぐ魔王のもとへと瞬間移動する。

倒れた魔王をのぞき込むと、邪悪さは鳴りを潜め、あどけない幼女がただ眠っているようにしか見えない。


「失礼する」


俺は彼女を両手で横抱きにすると、お城の中から声が聞こえた。


「キャー!私も失礼されたいわっ!!」


胸の前に両手を組んで、メアリーが興奮気に叫んでいる。となりのエースがドン引きしているのが遠くからでも見てわかる。



しかし、このままでは幼女が目覚めたとしても、中身は魔王のままだ。幼女の体から魔王を追い出すか、それとも…。


「中身を入れたまま服従させるのもありかな…。」

俺は、気が強い子も好みであった。


「勇者さま、本当に素敵でしたわ!」

メアリーが俺に近づこうとするが、すかさずエースが止めに入る。

「姫さま、危険です!おい貴様、この場をおさめてくれた礼は言うが…そのお方をどうするつもりだ?」


エースの問いに、周囲の目が全て俺に集まる。


さて、状況を整理してみよう。

王は、魔王を討伐したい。

しかし、魔王の乗っ取った体は、妖精(幼女)で、お方と呼ばれるほど高貴である。

俺は、メアリーと結婚する気はなく、幼女の方が好み。

よし、取り敢えずここは…。


「魔王は、俺が責任持って封印したいと思います。」

「おぉ…!やってくれるのか!」

王が、思わず叫ぶ。俺は、そこで悔しそうに唇を噛みながら、話を続けた。


「しかし、魔王を封印するには、わたくしの力をす・べ・て使い、しかも、周りにおおーーーきな影響を与えます…。だから、人里離れた森の中で行いたいのです…。」

「な…なんと…。」

「わたくしの命の保証もできません…。だから、王の大切な妹君との結婚も…、お約束ができません…。」

「そんなことって…ゆうしゃさま…っ!」

メアリーがその場で膝から崩れ落ちた。

俺は、目に涙を浮かべながら、王に告げる。


「王、この国のために、森の中に俺と魔王の墓(という名の新居)を作ってくれませんか…?」


暫く考えを巡らせ、王が口を開いた。


「本当に、そうすれば魔王を封印できるのだな?」

「はい。俺の命に変えても封印(監禁)し続けます。」

「フッ…先ほどの力を見せつけられた所で愚問だったな。……召喚させられし勇者よ、順番がおかしくなってしまったが、お主の名を尋ねたい。名を何と申す。」

「名を、エルドラドと申します。」

「そうか、エルドラド、主に魔王封印のための土地10ラード(1000イェーカー)を譲渡する!!!!」

「ありがとうございます!!!」


周りから大きな歓声があがる。あの王の目にもほんの少しだけ安堵の色が見える。本当にこの魔王に参っていたのだろう。

メアリーが泣き崩れる姿が見えたがそれをこれまた別の安堵の笑みを浮かべたエースが宥めている。…ははーん、なるほど、そういう事だったのか。

なんてwin-winな取引なんだろうと、心弾ませながら最後の王とのやり取りを終える。


「北にある広大な土地だ。人が住めるような土地ではないが、この国で広大な土地といえばそこしかない。」

「むしろそちらの方が良いでしょう。俺と魔王のオーラや邪気にあてられると普通の人間では精力を吸い取られてしまいます。地図を見せてください。…なるほど、では、後日ここからここまで柵を付けて国民が入ってこないよう、対策をお願いします。なんなら憲法にも入れ込んどいてください。」


最後に誰も近づいてこないよう念押しするのを忘れずに。







「んむぅ…、ここはどこだ…?」


魔王が目を覚ますと、見たことがない部屋に横たわっていた。


「お!目が覚めたな。」


横たわっていたベットのすぐそばのイスに勇者は腰かけていた。


「!!!」


状況を理解すると魔王は即座に魔法を出そうとする。

腕を何度も振るが一向になにも起こらない。いつもは省略する魔法詠唱もしてみたが、あたりは沈黙したままだ。



「ははっ!もう何をしても無駄だよ。君は魔法は使えない。ずっと俺とここで二人きりさ。」


勇者がそっとぷっくりとした魔王の頬を撫でる。


「寝てる顔も素敵だったけど、目を開けると綺麗な瞳が見えてさらに魅力的だよ。君は本当に美しいね。」


至近距離で頬に手を添えられ、うっとりとした顔で目を見つめられて、魔王はゾクゾクと不快感が込み上げる。


「やめろ!」


魔王は手を全力で振り解くが、見た目は幼女なので癇癪を起こした子供のようで、全く威圧感はない。


「本当に可愛いなぁ。これから素敵な生活が始まるね。楽しみだ。」


勇者は、ニコッと笑顔を作るが、魔王にとっては恐怖でしかなく、小さく「ヒェッ…」と声が漏れる。これでは、どちらが勇者で魔王なのかわからない。そんな魔王の様子を気にもかけず、勇者は独り言のように話を続けた。


「魔王の魔力は封じ込めたけど、このままじゃ逃げちゃうよな。手枷でもつけておくか?」

「…っ!?」

「いや、それじゃあまりにも夫婦と言えないから、土地全体に防壁つくっておくのはどうだろう。誰も入ってこないし。」

「…ふぇっ…」

「魔王の体にGPS機能つけて、どこでも居場所が分かるようにもしておこう。逃げたとしても大丈夫だな。」

「…うぅぅ」

「っと…忘れてた。一番大事なのは既成事実だよな。」

「!?いや…」

「ということで、魔王、いや俺の可愛い奥さん。楽しい時間を過ごそうか(ニッコリ」

「いや…」


「いやだぁぁぁぁっっ!!!!」

いきなり魔王が大声で泣き出した。威力はないが、勇者の体をポカポカ殴り続ける。

「ちょっ…奥さん!?」

「いやだぁぁ!そんなにこの体がいいなら、僕、元の体帰る!!パパとママのとこ帰るう!!!」

「元の体!?てか、まさかの僕っ子!?」

慌てる勇者を置いてけぼりに、魔王は泣き喚きながら、どんどん爆弾を落としていく。


「最近、パパから認められて魔王の名をもらったと思ったのに…!魔力は強くて実力もあるのに、まだ10歳で幼いから、周りの家臣たちが僕のことよく思ってなくって…この体作ってのっとって見返そうとしたのに…!こんな、怖い勇者がいるんなら、王子のままがよかったー!!!」


うわぁーん!と子どものように(というか子どもだということが発覚したのだが)泣き叫ぶ魔王に対し、勇者は、


「…?これは、合法なのか…?」


鼻血を垂らしたまた心のカメラに映像を残しつつ、理性と性欲の間で勇者としての正しい行動は何か、判断がつかないでいた。


「…っく、ヒック…、ぉ、おねがぃ、っ、しまっ……ック…、ぉ、おうち…かえして…っ!」


潤んだ瞳、火照った頬、魔王と言うには相応しくない可愛らしいピンク色の唇から漏れ出るお願い。

こんなに可愛い子にお願いされて、無下にするなんて、勇者のやる事ではない。

前髪をくしゃりとかきあげ一つ溜息をつき、魔王の頭を威嚇する動物を宥めるような手つきで撫でながら、エルドラドは謝罪を口にした。


「こんな所に突然連れてきて、怖かったよな。ごめん。ちゃんと君にも事情があったんだよな。

気付けなかったよ。」

「ぁ…、わ、分かってくれれば、それで…!」

「うん、気づいてやれなくてごめん。」


魔王は瞳に光が戻り、微笑みと一緒にエルドラドを見上げた。先程まであんなに怖かった手が、なんだか心地よいものにさえ感じる。


「ぁ、ありがと…」

「そうだよな、ちゃんとしなきゃだよな…。







こういうのは、まずは両親に挨拶して始めるもんだよな。」


ピシリ、と魔王のガラスのハートにヒビが入る音がした。


「よく考えたら、それ大妖精のおばさんの身体だもんな。一応世話になった人のだから、ちゃんと返してもらうぞ。」


もっともらしい理由をつけて勇者が言うが、先ほどまでこの体を拘束しようとしていた者の言葉とは思えない。


「さあ、うちを教えてくれ。」


ニコリと微笑む勇者は市民からは好まれるものかもしれないが、その底に漂う逆らうことを許されない圧力を魔王は肌でピリリと感じていた。






「魔王よ。初仕事の結果がそれか?」


魔王に連れられ巨大なお城の中へと入ると、王座へと通された。仰々しいくらい派手なイスに座っていた先代、魔王の父親はため息をつきながら、勇者の隣の魔王に話しかける。



「....ぐすっ....ごめんなさい....」


涙を拭いながら謝る幼女は控えめに言ってもミケランジェロよりも美しく、勇者はただただ舐め回すように見ていた。


「お主が勇者とやらか?」

「はい!お父様!」

「......お主にお父様と呼ばれる筋合いはないが...すまないな、息子が迷惑をかけてしまって...」

「いえ、とんでもないです。むしろありがたいです。」

「変わったヤツだな...?それは良いとして、この王国のことなんだが、歴代の魔王はあくまで魔界と人間界との調和を保っていて、争う気持ちはないのだ。平和がいいからな。」


「そうだったんですね。」


「ワシの息子はな、幼くして能力は一人前でも、心がまだ器ではないため、あえて魔王の地位を譲ってやったのだ。成長するのを見越して。だが、家臣が従わないため、人間界で結果を残してくると言っていつのまにか出て行ってしまったのだ。お主が止めてくれて本当に助かった。人間界の者たちにも親友にも顔向け出来なくなるところだった。」


「親友....?」


「魔王の入っている体の持ち主だ。長年、大妖精とは懇意にしておる。あやつは人間界と魔界を繋ぐ重要な役目の者だ。魔王よ。その体を持ち主に返してくれるな?」


「ひっく....はい....」


パチンと父親が指を鳴らせば、目の前に少年の身体が横たわっていた。それと同時に幼女の体から力が抜け倒れかかる。慌てて勇者が支えると、幼女は目を覚ました。同じ顔なのに別の人格だと一目でわかる。


「あら...私、魔王に操られてしまっていたのね....」


そう言うと、幼女、いや大妖精は起き上がり、勇者の方を見た。

「あら、エルドラド様。お久しぶりですね。元気そうで何よりです。」

「あぁ、しかし、そっちは俺の力を封印することによって大変な目にあったな。しかも、その労力の甲斐なく俺の力は戻っているし…。」

「それは私の力不足ですもの。エルドラド様のせいではありませんわ。それに、こんな可愛らしい姿になったのだし。」

幼女は、ふわっと長い髪を揺らしながら大きく一回転した。そしてニコッと勇者に微笑む。その笑顔に勇者も心からの笑顔を向けた。


その横から、

「も…戻ったー!!!」

元気な声が聞こえた。魔王の体が元に戻ったのだ。

真っ黒なショートの髪に、ワインレッドの瞳、真っ白い肌の少年が、少し大きめの黒いコートに身を包み、勇者の近くに立っていた。


「お前が、本来の魔王の姿か…。」

「そーだ!僕はれっきとした男なんだぞ!妖精の体の時、べたべた気持ち悪く触りやがって…!」

魔王は羞恥に顔を染めながら、わなわなと震える。そして、キッと勇者を睨んで叫んだ。

「でも!そんな生活もおさらばだ!その体は返したからな!!もう僕には関係な…………え?」


魔王の体が紐のようなものでキュッと縛られている。よく見ると、勇者の手が魔王の方に向けられ、魔力が放たれていた。

「あの…ゆうしゃさん…?」

「あら、もしかして…エルドラド様…。」

「んー、どうしようかなぁ…。」

勇者は、悩んでいることを躊躇わず、口に出してしまった。



「俺、体は妖精の方が好きなんだけど、中身は魔王の方が好みなんだよね。」

「あら。」

「ひえっ…。」


「成熟された姫か、青二才の愚息か、お主はどちらをえらぶのだ?」


事の行く末を楽しそうに見守る先王から問いかけられたが、その時、俺の中でもう答えは決まっていた。


「俺が選ぶのは、」


「魔王様!!大変です!!!」


突然大きな音を立てて扉が開く。慌ただしい足音や羽音と共にゴブリンたちが玉座の間に大勢乗り込んできた。


「ど、どうしたんだ?!」

「ぬ、どうしたのだ。」

「こ、これは!先王もいらっしゃるとは思わず、ご無礼を…!!いや、しかし今は大変なのです!!大変なことが起こっているのです!!」

「外です!!外をご覧ください!!!」

「外、だと…?」


ゴブリンたちの悲痛な叫びにつられ窓の外を見た俺たちは絶句した。

なんと外には、この世界の生き物とは思えない異形のものたちが、時空の裂け目から溢れ出していたのだ。多種多様な種族の部隊が次々に魔王城を囲むようにして現れる。ソイツらは口々に勇ましく何かを叫んでいる。今にも魔王城に攻め入らんとする雰囲気なのに攻め込まないのは、お互いに牽制しあっているからなのか。周囲は異様な空気で満たされていた。


「これは、一体…」

「アレは各世界を統べし者たちだな。…お主の魔力に反応し、征服される前に討伐に来た、という所か。」

「ふふっ、どの軍隊も先鋭達ばかり。時空を越えて私の耳にも入ってきておりました、伝説の部隊が、よくもまぁこんなにもゾロゾロと。」


流石先王と妖精王、現状を冷静に分析している。現王はというと…


「…っ、」


ガタガタと震え青ざめていた。先程と違って泣き喚かないのは部下の前だからか。

可愛らしい唇を噛み締めすぎて、熟れた林檎の様な色をした血を流していた。

流れるような手つきでエルドラドは現王の顎を掬い、零れる血を己の唇で吸い上げた。


「んっ!」

「………可愛い顔が台無しだぞ」

「ふ、ふざけ…!」

「お、調子が戻ってきたな?」


顔を真っ赤にして拳を振り上げながら反論した現王だったが、エルドラドの思惑を汲み取り、先程とは違う震えに拳が包まれていることに気づくと、口を尖らせて感謝を述べた。


「………いちいち変態くさいんだよ、お前は。」

「お前の全ては俺のものにする、って決めたんだ。血の一滴だって逃してたまるかよ。」

「お、おまえ、それって……!」

「んん〜?その反応、ゴブリンたちが乗り込んでこなきゃハッピーエンドだったのか…?」

「んなわけねえだろばーーか!!!!」


地獄絵図、阿鼻叫喚、四面楚歌。どの言葉も当てはまりそうなこの中でおちゃらける事が出来るのは、やはり時空を超えて名を轟かせる勇者という事なのか。


「……おまえ、戦えるか?」

「…この戦いが終わったら、正式に結婚してれるなら戦うぞ?」


いや、違う、コイツただ単にタイミング逃して悔しがっているだけだ。

思わず笑いが込み上げてくる。


「言ったな?」


ニヤリと笑うと、現王は咳払いして拡声魔法を使い全兵に命令を下した。


「聞け!我が主が魔王、ルシフェルである!!只今複数の敵兵に囲まれている。状況は絶望的だ。しかし!我が兵には伝説の勇者エルドラドがいる!!これは千載一遇の奇跡、憎らしい神も今は我々の勝利を願っているらしい!!諸君よ!!我が命にかえても、この国を守れ!!!」

「ウオオオオオオ!!!!」


猛々しい声と共に殺気立った空気が城を包む。士気が高まり今にも戦争を始めんとするゴブリンたち。


「………と、言うわけで、勇者様。開会の儀として敵陣に一発派手なものを頼むぞ。」

「やれやれ、可愛い恋人の頼みじゃないなら断ってるとこだぞ。」


ため息一つつき、虹色に光る人差し指でくるりと円を描き窓の外を指さしたと思えば、各敵陣の中央から巨大な爆発が起こる。混沌とした戦場を見ながら、ルシフェルはすっとぼけたようなポーズをとる。


「ふむ。お前の恋人というのは何のことだ?」

「………………………は?!」


シシシッ、と小悪魔の笑みを浮かべルシフェルはこう告げた。


「だって、僕の恋人はこの国だもん!」


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