第五章
前の続きです。
少し短いですが、どうぞ~。
放課後
さっきまで、俺は真っ直ぐ寮に帰る予定だったが、蘭子先輩から呼び出され、現金の入った袋とメモを渡された。
食材を買って置いてほしいとの事だった。
俺は、赤池に遅れると連絡を入れ、学校から少し離れたショッピングモールのある場所を目指す。
しかしその道中、後ろから嫌な人物に声を掛けられてしまった。
「ちょっと近衛くん、いいかな?」
そう後ろから俺を呼び止めて来たのは、桐生涼介だった。
もしかして、追ってきたのか?
「なんだよ…俺、今から買い出し行かなきゃいけないんだけど…」
入学して最初の頃は、取り繕って話をしていたが、度々、こうやって話をしたいと言ってくるので、いつの間にかこんな感じであしらうような口調になっていった
「買い出しって…ショッピングモールに行くの?」
「そうだけど…何でだよ?」
「丁度良かった。僕も用があるから、一緒に行かないか?」
俺は、その言葉を無視して歩き出す。
しかし、
「ちょっとちょっと、何で無視するのさ」
そう言って、後を追ってくる。
めんどくせぇ…だが今回ばかりは、逃げられそうもないな…
俺は、仕方なく桐生と一緒にショッピングモールに向かう事にする。
「はぁ~。それで、2位の俺に何を聞きたいんだ。2位の俺に」
「も~う。そんなに強調しないでよ。勝負なんて時の運でしょ」
「何言ってんだよ…時の運なんかで、何度も2位になってたら、たまったもんじゃない。それに、時の運なんかで誤魔化す奴は、大体が何も考えようとしない人間だ。勝敗をわけるものは、どんなものだろうと必然的に存在する。勝った人間には勝った理由が存在するし、負けた人間にも、負けた理由が存在する。だが、そう言ったことに目を向けないで、ただ運が悪かった、相手が悪かっただけで片付けてしまうような奴は、いつまでも経っても負けた理由がわからずに成長する事が出来ない」
「君は、違うと?」
「違う。お前に負けたのは、俺の実力不足。正確性、テンポ、雰囲気、そして曲への向き合い方。
どれも俺は、お前に負けたと思ってる。
そして、最大の敗因は、曲への向き合い方にあったと思っている」
「というと?」
「俺は、曲への向き合い方よりも、お前に勝つ事だけを考えていた」
「僕に勝つことを?コンクールに出ているんだから、優勝したいとかそう考えるもんじゃないの?」
桐生は不思議そうな表情で、質問してくる。
「それも間違いじゃないと思う。だが、そればかりが全てじゃない。結局、コンクールの結果を決めるのは第三者だろ?だから一番大事なのは、勝敗じゃなくて、自分が曲に対して、どういう向き合いかたをするかだ。あの時の俺は、それを考えられなかった。勿論、実力不足が負けた理由の大半だが、それ以前に一番大事な根本が欠落していた。その時点で、俺は負けていたんだ」
話を終えると思わずため息が出てしまう。
俺は、この答えを、音楽から距離を置いて、考えて、そして、自分なりに導き出した。桐生涼介という眩しい存在が、俺から大事なものを欠落させ、そして、気づかせた。
そう言う意味じゃ、感謝しなければならないのだが、どうもその言葉は、出そうにない。
何故なら、2位になり続けたことで、俺は、言われたくもない呼び名で呼ばれたり、期待値が減ったなどと周りから色々言われ、精神的にかなり良くない状態になってしまったからだ。そして、それこそが、俺が人前で、ピアノを引かなくなった原因だ。
それを桐生のせいにするのは、おかしいことだが
そうしないとやってられないのも事実。
今もあの時の事を思い出すたびに、気持ち悪くなってくる。
桐生の方を見ると、何故か嬉しそうな顔をしていた。
「なんで、そんなに嬉しそうなんだよ」
「いや~、何て言うか、色々勉強になったなって思って。近衛くんに声掛けて良かったよ」
「お前にとって、勉強になることなんて少なかったと思うけど?」
「いやいや、そんなことないよ。僕は今までそんなに深く考えてピアノを引いてなかったからね。だから、近衛くんの言葉は、凄く心に響いてきたよ」
そう言われ思い出すのは、甲斐谷先生の、「天才と言うよりかは天然」という言葉、これがほしいという努力で掴んだものと言うより、ピアノを引いていくうちに無意識に開花していった、能力。
深く考えずとも、感覚で出来てしまう。
そういう、誰もが羨むものだ。
「はぁ~。お前の場合、そんなこと考える必要なんかないと思うぞ。何も考えないで、思うままにピアノを引いた方が、上手くいくと思う」
そう言った後で、ハッとする。
何で俺は、こいつより下なのに、一丁前にアドバイスなんかしてるんだ!
恥ずかしくなってしまうじゃんか!
「うん。アドバイスありがとう」
「あっ、ああ」
そうして、話す内にショッピングモールに到着する
「じゃあ、俺は、一階に用があるから…」
「うん。じゃあここで…色々勉強になったよ。良かったらまた、話せると嬉しい」
「それは…まぁいいけど…クラスの中では、やめてくれ。お前に話掛けられると目立つから」
「わかった。それじゃ」
そう言って、桐生は、俺に背を向けエスカレーターに乗り込む。
俺はその背中を眺めながら、再び、あの問いかけを思い出す。
何故また、ピアノをやろうと思ったか?
今まで何も見えて来なかったが、桐生と話したことで、その答えに少し近づけた気がした。
どうも~虹太です。
いかがだったでしょうか~
良かったら感想とレビューをよろしくです。